41話 石田さんという存在⑧
流石に家まで来てもらって何も出さないのは悪いと思い、棚に入っていたクッキーと麦茶を出す。クッキーは念のため賞味期限を確認したが、今年の12月までだったのでセーフだった。それにしても、こんな缶に入ったクッキーなんていつ買ったのだろうか。
「わざわざありがとうね」
石田さんは真ん中に置いてあるテーブルの横にカバンを置き、ゆっくりと地面に座る。俺も対面に座った。
「これ今日の配布物」
そう言って差しだしてきたのはクリアファイルにパンパンに詰められたプリントの山だった。
「改めてみるとすごい量だな」
俺は受け取って、ありがとうと感謝を述べる。
「そういえば三代君って苦手な教科とかある?」
「苦手な教科か……強いて言えば全部かな」
「それは私が頑張って教えないとだね」
そんな風に冗談めかした会話が続く。楽しい。人と会話をするのが、こんなにも楽しいと思えるのはいつぶりだろうか。他人を避けてきた俺にとって、この時間はとても貴重で大切にしなければいけないものであった。
「それで、本題に入ろうっか。話せる範囲でいいから、どんなことがあったのか教えてほしいな」
そうだ。楽しい会話もいいが、わざわざ心配して来てくれたのだ。いまさら隠すことは何もない。
「親父が、急に遊びに行ってしまったんだよ」
口からこぼれる単語が、それまで実態を持っていないものから空気に触れて形を成していく。
「遊びにっていうのは、日帰りでってことじゃなくて?」
「あぁ。1ヶ月くらいって言ってたかな」
「1ヶ月……それは長いね。それで、その時三代君はどう思ったの?」
「どう……」
あの時の感情をうまく言葉で表現できない。
「子供を置いてそんなに長い期間遊びに行くなんてありえないと思った、かな」
「そうだね。わたしも同じ立場だったらそう思うかな」
俺と石田さんの意見は合致した。まぁ、普通に考えてそうだろう。何も考えず、家を空ける親が普通とは到底言い難い。
「じゃあこの1か月間、三代君はご飯とかは一人?」
「まぁ、今までも基本的には一人で食べてたからな。それはあんまり変わらないかな」
「そうなんだ」
何でそんなことを聞いてきたのかはわからない。だが、石田さんは俺のことを否定せず、親身になって話を聞いてくれる。そんな時間が非常に居心地がよかった。
「そういえば、昨日話してたことなんだけど。連休にどっか行くって話」
俺はふと思い出して、話題を変える。
「あぁ、どこか行きたいところは見つかった?」
石田さんは俺が差し出した麦茶をゆっくりと飲みながら言った。
「それが、やっぱり行きたいところが見つからないんだ。ネットで出てきたおススメの喫茶店もなんだかパッとしないし……」
せっかく誘ってもらったのに、申し訳なさで一杯だ。
「うんうん、いいんだよ。それじゃあ、宿題が終わったら一緒にどこに行くか考えようか」
それだけ言うと、カバンの中から筆記用具を取り出し、宿題のプリントを机の上に並べ始める。
「あぁ、そうしてもらえるとありがたい。宿題やろっか」
俺も渡されたクリアファイルの中から数学のプリントを取り出す。
今日の宿題も計算問題がほとんどだ。というか、計算問題しかない。この学校の宿題は基礎中心になっており、さらにレベルの高い問題を解きたい場合には自分で参考書を買うか、先生に頼んで問題をもらうしかない。まぁ、そんな高望みな目標がない俺にとっては無縁な話しではあるのだが。
「石田さんって勉強得意なイメージあるんだけど、どんな感じなんだ?」
容姿端麗、スポーツ万能とくれば、恐らく学業においても優秀な成績を収めていると思うのだが、実際のところどうなのだろうか。
「うーん、基本的な問題はある程度解けるけどやっぱり応用問題になると躓くことが多いかな」
「俺は基本問題も中々だな。部活もしながらでやっぱり石田さんはすごいや」
「……ありがとう」
一呼吸置いて、そう答えた。
その後、30分くらいかけて数学の宿題を解き終わった。一緒に答え合わせをしてみたところ、所々異なる箇所があった。
「あっ、三代君そこ、共通因数のくくり方ミスってるよ」
「あー、ほんとだ。だからここから先の計算がおかしなことになってたのか」
など、全て俺の計算ミスが原因であった。今まで人に勉強を教えてもらう機会などあっただろうか。少なくともここ数年はそんな記憶はない。もしかして、こうして教えあいながら勉強をしたほうが効率が良いのでは、とそんなことを考えてしまう。
「いったん休憩しよっか。パソコン持ってる?」
「あぁ、ちょっと待っててな」
俺は机の上からノートパソコンを持ってくる。小学生のころから使っているもので、かなり古いこともあって起動に時間がかかる。それにページを読み込むのにもかなり時間を要する。




