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40話 石田さんという存在⑦

 簡単に夕ごはん兼朝ごはん兼昼ごはんを作り、一人誰もいない空間で食事をする。平日の昼間に家にいる感覚というのはどうにも特別感がある。昔、風邪を引いて休んだことがあったが、その時平日なのに家で寝ていられるという事実にワクワクしたものだ。


 食器を洗った後は、お風呂に入るためにお湯を沸かす。単純に昨日入っていないからというのもあるし、後で石田さんがやってくるのだ。そんな不潔な格好で出迎えられては嫌になるだろう。


 湯船にのんびりとつかり、十数時間の睡眠で凝り固まった体をほぐす。我ながらよくそんなに寝れたものだ。普段は寝ても8時間、少なければ6時間というような生活をしていたので、こんなに寝たのは久しぶりだ。もしかしたら人生で一番長い眠りだったかもしれない。

 お風呂から上がるとベッドに腰を掛けて、天井を仰ぐようにぼうっとする。お湯のぬくもりがまだ身体中に残っていて、ポカポカと身体全体を包み込んでくれる。

 寝すぎたせいか、逆にまだ眠い。頭が重くて、目が冴えきっていないような状況だ。だが、次第にその重さはなくなっていった。


 夕方までは普段はあまり読まない小説を読んでいた。以前買ったが、結局今日まで読んでいなかった小説が本棚に飾られていたのでそれでも読んで時間を過ごすことにした。

 中学生のころまでは休み時間も、昼休みも放課後までも本を読んで過ごしていたのに、高校生になってからはぱったりと離れてしまった。スマホが手に入ったからというのも大きいだろう。


 もちろん誰かが買ってくれたわけでもない。高校に入学して初日からクラスの人たちは連絡先を交換し合っていた。だが、その時俺はまだスマホを持っていなかった。そんな状況は、同じクラスにいるのにも関わらず、一人別の島に隔離されているかのような感覚に陥った。

 俺はその孤独感が嫌で、高校1年の夏をバイトに費やした。自宅から近い、スーパーのバイトに応募した。特に書類審査などもなく、当日に顔合わせが1回あったのみですぐにレジに立って接客を始めた。


 1年の夏はそれですべてが消えていった。その代償として俺はスマホを手に入れた。

 皮肉にもそんな大事なスマホが俺の読書時間を奪ってしまった。まぁ、スマホの誘惑に負ける、俺の芯の弱さが原因ではあるのだが。

 と、小説を読みながらそんなことを考えていたため、本の内容は半分くらいしか入ってきていなかった。ミステリー小説ということもあって、普通の読書以上に脳のメモリを使う。俺は再び本の内容に集中すべく、意識を向けた。


 だいぶ日が傾いてきた。時計を見ると時刻は16時半。現在は7時間目の授業が行われており、もうすぐ終了するはずだ。

 もうすぐ石田さんが家にやってくる。そんなことを考えていると、自然と胸の鼓動が早くなっていった。というか、石田さん俺の家の場所知らないと思うのだが、どうやってくるのだろうか。京平あたりに聞いてくるのだろうか。


 さらに時間は流れ17時半前。そろそろいつ来てもおかしくない時間になってきた。さっきまで読んでいた小説を読もうにも、どうにも落ち着かず、俺は床に置かれた机の周りをぐるぐると歩き回っていた。


 ピンポーン


 1階からこの家全体に響き渡るようなインターホンが鳴った。俺は一瞬ドキッとしたが、急いで部屋から出て階段を下りていく。そしてスリッパを履いて玄関の扉を開いた。


「あ、三代君体調はどう?」


 そこには制服姿の石田さんがいた。なんというか、自宅でこの姿を見るというのはさっきも感じた平日に家で寝ているのと同じような特別感で満たされる。


「悪いな。心配かけちゃって。実はその……」


 そこまで言葉が出てきたのだが、詰まってしまう。今の流れは完全にスラスラと会話をつなげるような流れだったにも関わらず。


「体調不良ってのは実は嘘なんだ。親父と……色々あってな」


 真実を話すか話さないか、頭の中ではもの凄く迷ったが、結果的に俺は話した。嘘をついていたことで怒られるかもしれないといった感情よりも、もっと優先すべき感情が俺には出てきていたのだ。


「うん。そんな気はしてた」

「え?」


 予想外の返事に対して俺の思考回路が一瞬ショートする。


「藤田君に聞いたんだけどね。三代君が風邪ひいたのって小学校低学年の時が最後って言ってたんだ」

「もしかして、京平も気づいているのか?」

「たぶん」


 なんてことだろうか。いや、逆に察しがよくてありがたいのかもしれない。


「でもね。私も藤田君も、三代君が無断で学校を休んだ時は心配したのは事実だからね。もし、何か悩み事とかあったら私でよければ相談に乗るから、話してほしい」


 その瞳は真っすぐとこちらを見つめていた。時折、ゆらゆらと揺らめいており、俺はなんてバカなことをしてしまったんだと自責の念に駆られる。


「そうだよな。すまなかった。今度からは相談させてもらうよ」

「うん」


 にっこりと、笑顔を作って笑ってくれた。


「じゃあ、その相談に乗りながら宿題でもしようか」

「あぁ、玄関で立ち話も申し訳ないからどうぞ」

「おじゃましまーす」


 軽い、小気味の良い挨拶が誰もいない家に響き渡る。


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