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4話 あの日の幻想

 目を覚ました。

 何故だろう、頭の中に溜まった泥が全て水で洗い流されたかのようにスッキリとしていた。

 ゆっくりと体を起こし、スマホがどこにあるのだろうと右左と探し回る。それは足元にあった。画面をタップして浮かび上がってきた文字は”20:50”

 そこで俺は頭蓋骨をハンマーで横から殴られたかのような衝撃を覚えた。そうだ、19時に親父と飯を食べに行くと約束していたのだ。完全に寝過ごしていた。

 俺はクローゼットに向かい、扉を勢いよく開いて適当な服装に着替える。季節的に夜でも寒くはないので、薄着でいいだろう。身支度を終え、スマホと財布だけをポケットに入れて俺は部屋を出た。


 階段を勢いよく降りる。1階のリビングからは帰ってきたときに漏れ出していた光が、今は失われていた。もしかして俺が遅かったから既に寝てしまったのではないのか。そんなことを考えながら最後の1段を降り、襖に手を添える。ゆっくりと物音を立てないように襖を開けると、そこには机に突っ伏したまま眠っている親父の姿があった。

 テレビも電気も消されており、辺り一帯は2人の呼吸の音だけになる。

 起こすかどうか悩んだが、せっかく誘ってくれたのだ。遅くなってしまったことはしっかりと謝ればいい。

 なぜか足音を立てないよう、静かに隣まで歩いていき、右手でポンポンと2回、軽く肩をたたいた。

 それだけで「ん……」と目を覚まし、眠気眼で俺の顔をじっと見つめてきた。


「親父、遅くなってすまなかった。ちょっと疲れて寝てしまってた。それで、飯なんだが」


 そこまで言いかけたとき、俺の肩に衝撃が走った。


「あぁ? 時間も守れねぇくせになにいっちょ前に口聞いてんだよ、テメェはよ!」


 そのまま肩を勢いよく押されて、俺は後ろに倒れこむ。何とか片手で受け身をとったものの、畳にぶつけた腕はジンジンと痛みを訴えてきた。


「その……寝すごしたことは悪かった……」


 俺は、今にも消えそうな声で俯きながらそうつぶやいた。だが、そんなことを言っても怒りを逆撫でするだけに過ぎなかった。


「大体テメェはいいよなぁ! 毎日学校にだけ行ってれば誰からも文句言われなくてよ。人は毎日汗水流して働いてんのに、クソッ」


 先ほどまでの静寂がまるで夢のように、ヒリついた空気がびりびりと肌を刺激する。

 俺はそのまま何も言うことができずに、静かにその場から逃げていった。


 再び部屋に戻ってきて、ベッドに沈み込むようにして寝転がる。

 真っ先に頭の中に浮かんできたのは後悔であった。

 なんで信じてしまったのだろう。


 ”きっと大丈夫”


 そんな甘い考えが、またも裏目に出てしまった。そんなはずないのだ。あの日から何もかも変わってしまったのだ。そう、頭では理解しようとしても、どうしても不可解な行動を取ってしまう。これが人間というものなのだろうか。

 ぎゅっと目を瞑る。すると辺り一帯は黒色に染め上がった。モノが何か落ちていたとしても、同じ黒色に包まれてしまって判断できないだろう。そんな世界がなんだか心地よかった。周りに溶け込んで、同じ色に染まる。人間もそんなことができるならば、どれだけ生きるのが楽なのだろうか。

 そのまま身を委ねるようにして、俺の身体は深く、水底へと沈んでいった。



 翌朝 

 昨日の出来事が全て夢だったかのような頭の重さを引き連れて、俺は登校していた。

 昇降口でローファーからスリッパに履き替え、教室のある3階へと向かう。その道中、俺は前を歩く京平の姿を見つけた。いつも声をかけることはない。だが、今日は声をかけるのが怖かった。階段で前を歩く京平の背中が少しずつ遠くなっていった。どうやら俺は自然と歩く速度を落としているようだ。階段を登り切ったときに、既にその背中は教室に入ろうとしていた。俺はそれを確認するかのようにして、再び歩みを早めた。


 最初の授業は数学だった。黒板に数式が並べられ、問題を解いていく。普段から授業はあまり真剣に聞くことはないが、今日はいつも以上に上の空だった。

 教室の沈黙が更に俺の思考を奥へ、奥へと導いていく。それに気づいて俺は数式に向き合うことにした。これで少しは気がまぎれるだろう。

 だが、そんな簡単なことではなかった。黒い思考のツタが俺の手足を縛り付けるようにして自由を奪おうとしてくる。苦しい。だが、この現状から救ってくれる都合の良い人物などどこにもいないことは、最初から分かりきっていた。


 授業後、前川先生に名前を呼ばれ教壇に上がる。恐らく昨日持ってきた培養土とプランターのことについてだろう。


「三代、昨日はありがとな。けど、お前、大事なこと忘れてたぞ」

「えっ、何か他にも持ってくるものってありましたっけ?」


 俺は記憶をたどる、この二つ以外に頼まれた記憶はないのだが。


「そういうことじゃない。先生言っただろ。必ず鍵をかけて職員室に戻しておけって」

「鍵ですか……。確かにまだ人がいたんでかけてはいないですけど、職員室には返しました」


 そう、まだ石田さんがいたから鍵はかけずに、そのまま職員室に鍵だけ返したのだ。


「本当か? 旧校舎のカギは2つあってそのうち1個がないんだよな。もしかしたらどこかで落としたりしたんじゃないか。昼休みでいいからもう一度旧校舎に行って探してきてみてくれ」

「……はい」


 俺は煮え切らない返事をした。


 そしてそのまま時間は流れていき、昼休みになった。


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