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35話 石田さんという存在②

 ハンバーグを箸で一口サイズにカットして口の中まで運ぶ。味付けこそ薄味だが、しっかり歯ごたえがあっておいしい。豚汁も出汁がしっかりきいていて、胃の奥深くまで染みわたる。


「三代君、昨日はいろいろあったけど、ありがとうね。楽しかったよ」


 両手でお椀を抱え、ゆっくりとやわらかそうな唇を縁につけて豚汁を飲んでいた。


「こちらこそ。楽しんでもらえて何より」


 昨日の石田さんとの休日デート……ではなく、何といえばよいのだろうか。休日外出、とかいう固い言い方になってしまう。それは非常に楽しいものであった。最後に少しアクシデントこそあったものの、純粋に二人での時間を楽しむことができていた。


「友貴はまた私が近いうちにお見舞いに行って、話しを聞いてみるよ」

「そうだな。やっぱり部外者の俺が行くのもあんまりよくないと思うから」

「うんうん。友貴も本当はたくさん人がお見舞いに来てくれて嬉しいと思うんだ。まだ時間はたくさん残されていると思っているから、ゆっくり打ち解けられたらいいかな」


 それもそうだ。余命半年と言われ、それを告げられたのはつい2か月も前のこと。何も絶対に半年しか生きられないわけではない。テレビで余命半年の人が3年近くも生きたというニュースも見たことがある。だが、大儀的な意味での終わりというのは間違いなく近づいてきているのかもしれない。


「友貴君が元気なうちに、たくさん会話をするといいよ。俺の場合は母さん、本当に急だったからさ。最後に何話したかも覚えてないや」


 昔の記憶を掘り起こしていく。あの時から時間がたったからか、母さんの記憶は歪であいまいなものになっている気がする。


「そっか……。三代君の場合は突然だったもんね。私だったら耐えられないな……。三代君は強いね」


 その言葉を聞いて、ハッとする。他人から見れば人間の形に見えているのかもしれないが、心はもうボロボロだ。


「母さんが死んだとき。俺も受け入れられなくてさ、隣のおばさんに『お母さんはいつか戻ってくるから』って言われてずっと信じていたんだよ。けど、母さんは戻ってくることはなかった。それからかな、どんどん人のことが信用できなくなっていった」


 俺にとっては過去をなぞっているだけなので、合間合間に口の中にご飯を含む。だが、石田さんは箸をおいて、じっと俺のほうを双眸で見つめていた。


「私なんかが言うのも説得力がないかもなんだけど、三代君は素敵な人間だと思うよ」


 突然告げられたその言葉に、俺は動揺する。


「私が三代君のこと騙してた時だって何一つ文句も言わずに許してくれた。その時思ったんだ。三代君って私と住んでる世界が違うのかなって」


 追い打ちをかけるようにその言葉は俺に突き刺さった。石田さんが俺のことをそんな風に見てくれていたのはちょっと意外だ。俺の方こそ石田さんみたいな何でもそつなくこなせる人とは住んでいる世界が違うと思っていたのだが、向こうも同じことを思っているとは驚きだ。俺なんて人に評価されるに値する人間なんかじゃない。むしろ平凡に生きて周りに迷惑をかけないよう陰で生きていくようなタイプだ。


「それはたぶん俺のことを買いかぶりすぎかな」


 自嘲気味につぶやいた。


「そんなことはないと思うよ。あ、あれは……」


 話しの途中で石田さんは俺の後方に視線を移す。誰か友達でもいたのだろうか。だとしたら俺と石田さんが一緒に昼食を食べているというのはマズいので、他人のフリでもしなければいけない。


 そして、ほどなくして背後からスリッパの音がこちらに近づいてくる。同じクラスの誰なんだろうか。それとも、先輩? などと候補をいくつか挙げていたのだが、どれもハズレだった。


「あっ、美月先輩!」


 少し低めの、だけど響き渡るような声が聞こえてきた。その人物は石田さんの隣まで歩いてきて、立ち止まった。


「中野さん。今からお昼?」


 身長は石田さんよりも少し低いくらいで、肩にかかるくらいのボブカットが印象的だった。くるりと光る瞳は透き通るほど輝いており、口角が上がっていた。


「はい。ちょっと教室で頼まれごとをしてて遅くなってました。先輩は……あれ、もしかして目の前の方と一緒にご飯ですか?」


 ギクリ


 先ほどからあまり視線を向けないようにしていたのだが、どうやらばれていたらしい。どうしよう、なんて言い訳すればいいだろうか。


「うん。同じクラスの三代君。良かったら隣空いてるから、中野さんも一緒に食べない?」


 え、普通に自己紹介されたんだけど、それは大丈夫なのだろうか。


「そうですね。分かりました。ちょっと先輩に聞きたいこともあるので、ご一緒させてもらいますね」


 それだけ言うと、恐らく昼ご飯を買いに行ったのだろう、スタスタとこの場から走り去ってしまった。


「ごめんね、話しの途中で。あ、あの子がこの前話した後輩の中野千咲さん。バスケ部の後輩ね」

「あぁ、あの子が」


 先週公園で石田さんの話しを聞いた時に出てきた子だ。中学の時の話だったから、てっきり高校は別かと思っていたが、一緒だったのか。


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