31話 揺れる瞳
昼食を食べ終わった俺たちは、そのあとすぐに友貴君の病院に行くことにした。
石田さんこそお見舞いに行くことを了承してくれたが、友貴君はどうだろうか。知らない人が来て不安になるかもしれない。もし断られたら素直に出ていこう。そう思っていた。
「病院はここからどれくらいかかる?」
「えっとね、電車で……30分くらいかな」
石田さんは手元のスマホで道順を検索しながらそう言った。
「オッケー。じゃあ行こうか」
カフェの前にいつまでも突っ立っているのも迷惑だと思うので、駅に向かって歩みを進めていく。
ちょうど太陽が真上まで上がってくるような時間であった。じりじりと肌に照り付ける日差しが鬱陶しい。真夏のような暑さはないが、この季節にしてはかなり暑いほうだ。途中でしっかりと水分補給をしながら進んでいく。
駅にたどり着いて改札を抜ける。4番ホームにあと1分で電車が到着するところだった。
そのままホームに立って電車を待っていると、右のほうから地面を伝う振動が聞こえてきた。今まで存在していた音をすべてかき消すかのような轟音とともに電車が到着する。
「乗ろっか」
石田さんは先ほどから俯いたままどこか上の空だ。それもそうだろう。なので、俺が少しでもエスコートしてあげなければいけない。
朝とは打って変わって、電車の中は座れる程度には混んでいなかった。俺たちは真ん中らへんに2人分の席が空いていることを確認して座る。冷たい空気が気持ちいい。照り付けるような日差しは電車の屋根で邪魔をされ、俺たちには届かずにいる。
ほどなくして電車が動き始めた。隣にいる石田さんと少しだけ肩がぶつかる。こうして隣に座ると、ほんのりと甘い香りが鼻腔をくすぐる。汗のにおいなど一つもしない。そんなことを考えていると少し緊張してきた。本当に俺みたいな人間が石田さんの貴重な休日の時間を奪ってしまっていいのだろうかと、罪悪感を感じ始める。その罪悪感は電車が到着するまで消えては湧き出して、消えては湧き出しての繰り返しであった。
アナウンスとともに電車が止まる。俺たちはゆっくりと席を立ち上がり、扉のほうへと向かう。扉が開くと生ぬるい空気が全身にまとわりつくような感覚になる。
病院までは駅から徒歩5分ほどだということで、歩くことにした。もちろんバスも通っているということだが、この程度の距離なら徒歩でも問題ないだろう。
「友貴君、病気の方は最近どうなんだ?」
「先生が言うには良くも悪くもって感じらしい。でも、どんどん体力はなくなっている。先月までは普通に歩けていたみたいなんだけど、今月になってからそれも難しくなってきたみたい」
綺麗な睫毛の中にある瞳がゆっくりと揺れる。俺は「そっか」と返すことしかできなかった。
「でもね、私が来るといつもこういうの『もうすぐ良くなるから姉ちゃんは心配しないでって』。私も最初は単に強がっているだけだと思っていたんだけど、それは今でも変わらないの。自由が利かなくなった今でも、大丈夫だって」
「……」
その悲痛な叫びに対して俺は何も返事をすることはできなかった。ただ、じっと隣にいるだけしかできない自分が情けなかった。
会話をしていたらあっという間に病院が見えてきた。何階建てなのだろうか、棟が分かれているのか大きな建物が3つほど並んでいる。
石田さんは迷いなく、一番手前の棟に歩いていく。俺も半歩遅れる形で着いていった。
中に入るとそこは吹き抜けのエントランスがあった。車椅子に乗っている人やスーツを着て恐らく家族であろう人と会話をしている人。病院に来るなんていつあの時以来だろう。
「受付済ませてくるから、三代君はここで待ってて」
それだけ言うと、受付の方に石田さんは歩いていってしまった。手持ちぶさたになった俺は、ゆっくりとソファに腰かける。鼻で息をすると、病院特有の鼻を刺激するようなにおいがした。この匂いは嫌いだ。普段と違う場所にいることを嫌でも認識させられるから。
目の前には水槽が置いてあった。中には見たことない魚がたくさん泳いでいる。水草が大量に入っており、魚たちはなんだか居心地が悪そうにしていた。
「行こっか」
じっと水槽を眺めていると、いつの間にか隣に石田さんが戻ってきていた。俺は腰を上げ、彼女の隣を歩く。エレベータまで向かった。
エレベーターの中に入ると4階のボタンを押した。扉が閉まり、そこは二人だけの空間が出来上がっていた。
なんだか息苦しい。そんな感情を抱きながらも特に会話はなく、4階についたエレベーターは電子音を鳴らして扉を開いた。
光の入ってこなかった世界に一気に光が差し込んできた。目の前には看護師さんが慌ただしく仕事をしている部屋があり、透明のガラスで中が見えていた。
「こっち」
足が止まっていた俺を見かねてか、石田さんが左手に向かって歩き始める。そこには病室が並んでいた。401号室から始まっており、402・403……とどんどん数字が増えていく。




