29話 動物園
ようやくパンダの順番がやってきた。1グループ20人ほどでまとまっており、観覧時間は2分間のみ。時間がたったら強制的に部屋の外に出されると事前に説明を受けた。
「ようやくだね」
二人ずつ列に並ぶようになったため、真横から石田さんが話しかけてくる。白いシャツの隙間から見える首筋にはうっすらと汗をかいており、きらりと光っている。改めてみても容姿端麗、才色兼備といった四字熟語がぴったり当てはまる、そんな存在だ。
「しっかり目に焼き付けないとね」
スマホで写真を撮るのはもちろんだが、やはり肉眼でしっかりと焼き付けていたいものだ。生きているモノを有機物のスマホを通して眺めるのはなんだか違う気がする。もちろん、それしか後日思い出を振り返るときに方法がないのはわかっている。だけど、しっかりと生きている証をこの目に刻みたいのだ。それは何も動物に限った話ではない。電話で「ありがとう」と言われるのと、直接会って目を見て「ありがとう」と言われるのでは全然違うだろう。つまるところそんなところだ。
「それでは今から案内します。時間は2分間になります」
係員の人がそう告げると、列の先頭のチェーンが外され、部屋の中へつながる扉が開いた。
同じグループの人たちの波にのまれて、俺たちも部屋の中へと入っていった。
そこは薄暗く、ガラス越しにパンダの住んでいる場所が映し出されていた。
最初のうちにスマホで写真を撮ってしまおうと、カメラを起動してシャッターを切る。生憎パンダも生き物なのでこちらのほうを向いてくれない。背中の部分しか映らなかった。もう1頭は端っこで丸まっている。昼寝でもしているのだろう。
「かわいいね。パンダって」
隣にいた石田さんが声を潜めてそう言った。石田さんも既にスマホをしまっており、しっかりとその眼に焼き付けているようだった。
「何か癒されるよな」
普段動物を見るといったら動画サイトで出てくるおススメの動物動画くらいだ。だが、ああいうのは時間を切り抜いて、いいショットが撮れた時だけを投稿している。
しかし、こうして目の前にいるパンダは1頭はこちらに背中を向けており顔が見えないし、もう1頭は遠くで丸まっている。こんな何気ない日常の一コマのほうが俺は好きだったりする。
「時間になりましたので右側の出口から退出をお願いします」
辺りにタイマーの音が鳴り響き、右の扉が開く。すると、光が一斉に入ってきて眩しくなる。
そのまま歩いて、俺たちは園内のベンチに腰掛ける。流石に立ち疲れたというのもあり、ここでひと休憩することになった。
俺は目の前にあった自動販売機でペットボトルのお茶を買い、ふたを開けて飲む。温かくなった身体全体に染みわたるような水の冷たさが、心地よかった。
「それで、これからどうする?」
石田さんもペットボトルを取り出して水分を口に含んでいた。
「三代君はお腹空いてる?」
「あー、結構空いてるかも。朝早かったから」
「さっきスマホで調べてたんだけど、この近くに美味しそうなスイーツのカフェがあったんだけど、行ってみない?」
何とも俺には縁のない単語が飛び交う。スイーツもカフェも今まで一度も言ったことがないのではないのだろうか。流石にスイーツを食べたことくらいはあるが、お店で頼んだような記憶はない。流石は女子。昼ごはんといえばファミレスしか候補がなかった俺とは大違いだ。
「いいよ。行ってみようか」
もちろん断る理由もないし、俺は頷いた。ただ、そんなおしゃれな場所に不釣り合いな俺が立ち入って浮いたりしないだろうかという不安は少々あるが。
こうして動物園を後にして、石田さんの見つけてくれたカフェまで歩いて向かうことにした。
「パンダ可愛かったね」
道中、歩きながらスマホをこちらに見せてくる。そこには俺よりも上手く、パンダの正面からの写真が撮られていた。
「石田さん写真撮るの上手いな。俺なんか後姿しか撮れなかった」
「中々こっち向いてくれなかったもんね」
左右に揺れる髪が、彼女の感情を表していた。俺も同じ気分だった。もっとこんな時間が長く、続けばいい。そんな風に思っていた。
「あ、あそこだ」
足を止める。目の前に建っているのはこじんまりとした茶色の三角屋根が印象的で、入口の看板には”open”と書かれていた。
扉を開き、チリンチリンと鈴の音が店内に鳴り響く。店内は薄暗く、落ち着いた雰囲気だった。店員さんが出てきて、石田さんが2人であることを告げると、「こちらへどうぞ」と席まで案内された。
「ご注文がお決まりになりましたら、ベルでお呼びください」
それだけ言うと、お冷を2つ置いて店員さんは下がっていった。
「今リンゴフェアやってるって書いてあったから気になったんだ」
そう言って指さした先を見ると、テーブルに貼り付けられた紙に”リンゴフェア開催中!”と大きく書かれていた。その下には大量のリンゴを使ったリンゴパフェや、リンゴを温めたスイーツなど、普段口にすることはないものがたくさんそろっていた。




