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27話 電車に揺られ

 前日に集合場所の打ち合わせは済ませておいた。俺の家の近くにある駅に集合するということだ。駅までは歩いてそんなに時間はかからない。幸い気温も上がっておらず、過ごしやすい気候だった。なので俺は駅まで歩いて向かうことにした。


 駅に着くと、人だかりが見えた。土曜日にもかかわらずスーツを身にまとって出勤する人。はたまた、家族3人で仲良く手をつないでどこかに出かけようとする人。それを見ると、俺の心はなんだか苦しくなった。何故だろう。


 ほどなくして向こうから、人影がこちらに向かってゆっくりと歩いてくるのが見えた。石田さんだ。今日の服装はいつもとは違い、上は白のビッグシャツ、肩からは黒のショルダーバッグを抱えていた。下はショートパンツを履いており、なんともメリハリの利いた恰好であった。そんな彼女を見た瞬間、俺は身体ごと、勢いよく吸い込まれそうになる。正直驚いた、というか破壊力が強すぎた。女子と会うときはブレザーの制服が当たり前だった俺の固定観念が破壊された瞬間でもあった。休日の女子はすごくおしゃれだ。言葉では言い尽くせないほど、おしゃれだ。自分が適当な服装なのが今になって恥ずかしくなる。もっとファッションセンスを磨くべきだろうか。


「お待たせ。待った?」

「ん、いや。ちょうど今来たところ」

「そっか。じゃあ早速行こうか」


 それだけ会話を済ませると、石田さんはトコトコと駅の改札のほうに歩いていった。俺も後ろを追うようにしてついていく。その間、頭の中で後悔の念が押し寄せる。

 きっと石田さんも普段からこんなおしゃれな服を着ているわけではなく、今日のために考えて来てくれたのかもしれない。だとしたら、一言ほめたりするのが礼儀なのではないだろうか。でも、そんなことを言って変に気を使わせてしまったらどうしようか。なんて押し問答が脳内で続いていたが、俺は勇気を振り絞って前に進んだ。


「その、石田さん!」


 腹の底から、絞り出すようにして声をかける。前を歩いていた石田さんは歩みを止め、ゆっくりとこちらを振り返る。そして不思議そうに首を傾げた。


「ん? どうかした?」


 長い黒の髪が、ゆらゆらと重力に従って揺れる。


「今日の服装……すごく似合っていると思う」


 すごく恥ずかしかった。何でこんなことを言ったのだろうと、すぐに後悔した。


「……うん、ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいな」


 そう言った石田さんの頬は、少しだけ赤らんでいたような気がした。


 それから電車に揺られること30分弱。ようやく次の駅が動物園の最寄り駅になる。車内は相変わらず混雑しており、俺たちはようやく座れたのだが別々の場所になってしまった。

 俺の右斜め前に石田さんが座っているという形だ。流石にここでずっと立ちっぱなしでは動物園で支障が出ると思い、空いている席にそれぞれ座ることにしたのだ。

 車内のアナウンスが鳴り、電車は徐々にスピードを落としていく。それにつれて周りの人たちも立ち上がり、出口の近くに移動を始める。俺も石田さんに視線を合わせてゆっくりと立ち上がった。


 電車を降りて駅の改札を抜けると、そこには人混みが出来ていた。普段は完全インドアなので、こんな光景を見るのは初めてだ。動物園の入園ゲートまではまだまだ距離があるはずなのだが、すでに列が出来上がっており、最後尾で係の人がプラカードを掲げていた。


「すごい人だね。並ぼっか」

「そうだな」


 石田さんはこれくらい何ともないといったような表情で、列に並び始めた。俺も後をついていき、列に並ぶ。1分ほどの間で既に後ろにも列が出来上がっていた。これは入園まで何時間かかるのだろうか。


「三代君は動物園初めてって言ってたけど、休日は何してることが多い?」


 しばらくの間沈黙が続いたからだろうか、石田さんの方から話題を振ってきてくれた。


「そうだなぁ。特にこれといった趣味はないからな。基本家にいる」

「そうなんだ。家の中では何かやってたりするの?」

「いや、宿題やったりスマホ触ったりとかかな。特に何か夢中になれるものはないな」


 今振り返っても、よくこんな趣味もなくて生きてこれたな、と自分でも思う。


「そうなんだね。じゃあ、今日の動物園が三代君にとって忘れられない時間になればいいな」


 石田さんはまるで自分に言い聞かせるかのようにして言った。


 30分ほど並んだだろうか。意外にも列はスムーズに流れていき、数時間要するということはなかった。その間、俺たちは他愛もないことを話していた。いや、正確には一般的に言えば他愛のないことなのだが、俺にとってはどれも新鮮で興味深いものだった。


 今まで人とかかわることを避けてきた。関わろうと思えばいくらでも関われた。だけど、俺はそれを拒んだ。たった一人の友人を除いて周りから人は消えていった。

 だけど、それでよかったのだと最近は思うようになっていた。

 他人と関わることがなければ何も問題は起きない。意見の食い違いもないし、裏切られることだってない。初めから関係を持たなければ崩れることだってない。それがどんなに楽だっただろうか。

 だが、その楽さと引き換えに俺は大事なものも失っていた。人と交わることでしか手に入れることができない、温かさ。そして高揚感。石田さんと出会って、どれも今までに体験したことのない感情ばかりだった。その感情に一つ一つ名前を付けるようなことはしない。


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