26話 行きたい場所
「三代君、今週末って何か予定あったりする?」
昼休み、当然のように食堂で石田さんとご飯を食べていた俺は、いきなりのことすぎて驚き、せき込みそうになる。あわやハンバーグ定食が口から出てきて大惨事になるところだった。俺は返事をするより先にコップに入った水をつかみ、のどを潤す。
「今週末か……特に予定はないけど、何で?」
俺は感づいていた。恐らくあの扉について二人で調査しよう、そういった類のことだろう。そう思っていた。
「えっとね。もし、三代君が嫌じゃなければいいんだけど、一緒にどこか遊びに行かない?」
「それって……」
そこまで出かけたが、それより先を言うのはやめた。石田さんは教室では相変わらず周りを寄せ付けない孤高の存在なのだが、なぜか俺にだけ態度が柔和だ。それも日に日にやわらかくなってきているような気がする。何故だろうか。
「それって?」
俺がそのあとの言葉を口にしなかったから、石田さんは不思議そうに首をかしげて繰り返した。
「いや、何でもない。どこに行くとかは決まってるの?」
昨日既に石田さんの家に泊まっているのだ。いまさら二人で出掛けるなど、大したことではないのかもしれない。
「うーん。まだ決まってないかな。三代君はいきたいところどこかある?」
「行きたいところかぁ……」
普段はもちろん家で一人引きこもるか、近くのネットカフェに入り浸っている。この年齢は友達とカラオケにいったり映画に行ったりと、何かと忙しいらしいが俺には今まで無縁のことだった。昔、小学生のころ京平と親御さんと3人で映画を見に行った記憶はある。それくらい友達とどこかに行った記憶はない。
「特にないかも」
俺は素直にそう告げた。ない、というよりかは選択肢が出てこないのだ。カラオケに行くのもいいのかもしれないが、俺が恥ずかしくて何も歌えないし、そもそも曲をあまり知らない。映画に関しても何がやっていて何が面白いのかわからないので、はずれを引いてしまう可能性がある。そうなると、他に行くところはどこがあるのだろうか。
「そっか」
一瞬だけ表情が曇ったような気がしたが、すぐに何か思いついたようで笑顔でこちらを見る。
「じゃあ動物園に行こうよ!」
キラキラした瞳が、俺には眩しかった。まるでおもちゃをねだる子供のようにその瞳は輝いており、まん丸だった。
「動物園……行ったことないかも」
「今パンダが話題だから動物園デビューにはいいかもね」
「パンダが人気なの?」
「そう、双子のパンダなんだけど。あ、私もまだ実際には見たことないんだけどね、見てみたいな~って思って。どうかな?」
「まぁ、石田さんが言うなら行ってみたいな」
「よし、決まりだね」
やや押され気味で動物園に行くことが決まった。こういう物事を円滑に運ぶところは、普段教室にいる時と変わらない気がする。そこは本質的な部分だからだろう。
午後の授業はどこか上の空だった。別に誘われたことがうれしくて舞い上がっていたとか、そんな幼稚的な理由ではない。ただ、他人とどこかに遊びに行って時間を共有するという行為が俺にとっては久々で、とても新鮮であった。
昨日のお泊りこそ同じようなものかもしれないが、あれには何も目的はなかった。成り行きで石田さんの家に泊まることになったのだ。今回は初めから動物園に行く、という目的があるのはずいぶん違うように思える。
放課後、カバンに荷物を詰めて席を立とうとした際に石田さんと目線が合う。普段は教室では話すことはほとんどないのだが、この時は特別だった。
「それじゃあ、日曜日」
俺は小声で、周りの人に絶対に聞こえない声量でつぶやく。このクラスの委員長でありバスケ部のエースである石田さんと不純なうわさなどたったら迷惑をかけてしまう。なので、班活動などでどうしても話し合わないといけないとき以外はどちらも暗黙の了解で話すことはなかった。
学校を後にして自宅に向かう。いつもの足取りとはまるで別物だった。家に帰ったからと言って何かいいことがあるわけでもない。むしろその逆だ。だが、今はこの流れていく時間1秒1秒がどうにもうれしかった。早く日曜になってほしい、そう心の中では待ち望んでいるのかもしれない。
土曜日は家から一歩も出ずに宿題を終わらせることに徹した。日曜日、動物園から帰って来てからでは疲労のあまり何も手を付けずに朝を迎える予感がしていたからだ。
その日の夜はいつもより早めに寝た。といっても寝れるはずもなく、布団の中で寝返りを何度もうった。心臓の鼓動が速いわけでもない。特段緊張しているわけでもない。でも、寝れない。人間の心はなんて不思議なのだろうか。俺はそんなことを考えてしばらくすると、深い闇の中へと落ちていった。
こうして日曜日、俺は石田さんと動物園に行く朝を迎えた。




