23話 他人の家
本当に歩いて2・3分の場所に、石田さんの家はあった。2階建てで、玄関のすぐそばには大きな庭もついていた。同じ家でも俺の家とは大違いだ。
連れられてゆっくりと敷地内に入る。他人の家、それも女子の家に行くなんて以前の俺では考えられなかった。石田さんと出会ってから、俺の中で何か確実に変わってきているものがある。
「お邪魔します」
玄関からはふわりと、いい匂いがした。恐らく夕食だろう。それと同時に他人の家特有の、独特な匂いも混じってくる。不思議と嫌な匂いではなかった。
遠くから足音がする。その足音はだんだんと近づいてきて、こちらに顔を見せた。
「美月お帰り……。ってその子は?」
石田さんのお母さんがやってきた。目元がそっくりだ。黒くて艶のある髪は母親ゆずりなのだろう。
「うん、同じクラスの三代勇也くん。さっき公園で会ってさ。今夜泊めてあげてもいいかな」
「三代といいます。よろしくお願いします」
紹介された俺は慌てて自己紹介をする。
「え、あ、こちらこそよろしくお願いします。その、つかぬことをお聞きするのだけれど、美月とはどういったご関係で……?」
怪訝な目つきで俺のことを見てくる。それもそうだ。いきなり知らない男が泊めてくださいと言っても、簡単に許可が下りるわけがない。
「石田さんとは今年から同じクラスになりました。それで……」
あれ、俺と石田さんってどんな関係なんだ? 昨日初めてしゃべったばかりで、過ごした時間こそ長いものの友達と呼んでいいのかわからない。
「それで?」
石田さんのお母さんは更に眉を顰める。このままでは見るからに怪しい男だ。どうすればよいだろうか。
「三代君は席も隣で友達になったの。家で親と喧嘩しちゃったみたいで、だから空いている部屋でいいから泊めてもいいよね」
隣から石田さんが助け船を出してくれた。横目で俺に合図を送る。
「あら、同じクラスの。えっ、もしかして……彼氏?」
ニヤッと口の端を上げて笑う。俺はあははと愛想笑いでごまかした。
「もう、そんなんじゃないよ。さ、荷物置いたら先にお風呂入っちゃっていいよ。着いてきて」
石田さんはお母さんの言葉を一蹴するようにして、否定した。俺はもう一度お母さんに頭を軽く下げた後、背中を見つめるようにして階段を上がっていった。
「この先の部屋だね」
2階に上がると、扉が二つあった。一つは木のプレートで”美月”と書かれているから、石田さんの部屋なのだろう。俺が今紹介された部屋のプレートには”友貴”と書かれていた。
「いいのか。友貴君の部屋じゃないのか?」
「ここはそうだけど、友貴の部屋の横にもう一つ物置部屋があるから」
扉をガチャッと開ける。そこには勉強机とベッド、そして本棚があった。だが、どれも綺麗に整頓されており生活感は全くなかった。それもそうだ、数カ月前からずっと入院しているのだから。
「友貴君、一時退院とかはできないのか?」
「……本当はできるんだけどね。何でだか帰りたがらないんだ」
そう言った目は、憂いで満ちていた。普通なら病院よりも住み慣れた自宅のほうがいいような気もするのだが、何か理由があるのだろう。
「ここが普段物置で使ってる部屋。お風呂行ってる間に荷物どかしておくね」
友貴君の部屋の隣にある扉を開くと、そこには無数の段ボールが積みあがっていたり、何も掛かっていないポールハンガーなどが置かれていた。
明かりが灯ると、ずいぶん狭く感じてしまった。荷物が多いせいで圧迫感があるのだろう。だが、泊めてまでもらっているのだから、文句は言えない。
「何から何までありがとうな」
感謝の気持ちを述べる。
「あ、服はお父さんが昔着ていたのがあったと思うから、脱衣所に置いておくね。遠慮なく使って。ちなみにお風呂場階段降りて右の廊下の一番奥ね」
丁寧に説明してくれた。あまり他人の家の中でウロウロしたくないから、迷わないようにしなければいけない。
「分かった。じゃあ行ってくる」
カバンを床に置き、そのまま部屋を出て階段を下りる。いわれた通り右手に廊下が見えたので、そのまま真っすぐ進む。すると奥に風呂場が見えた。お湯はすでに沸いており、辺りはポカポカと暖かい空気でおおわれていた。雨で濡れ、冷え切った体にはこの温度が気持ちいい。脱いだ洋服を洗濯かごの中に綺麗にたたんで入れ、扉を開く。
中は白を基調とした作りで、天井が高かった。目の前には鏡もついており、俺の家とは全然違った。
先に体を洗ってしまい、その後ゆっくりと湯船に浸かった。
すごい。足を伸ばせる浴槽だ。こんなの子供のころに泊まったホテルくらいでしか見たことがなかった。
他人の家ということを忘れて満喫していると。コンコンと扉がノックされた。
「今入っても大丈夫?」
石田さんの声だ。
「うん、大丈夫だよ」
ガチャ
扉が開かれ、足音が聞こえる。
「ここに着替え置いておくから。あと、今日の制服は洗濯しておくね」
「あ……あぁ。ありがとう」
なんだか石田さんはお母さんみたいだ。手取り足取り何でもしてくれる。将来結婚する人は幸せ者だろうな。そんなことを思いながら湯船から出ていった。




