22話 雨宿り
「三代君も反抗期とかあったりした?」
「いや、俺の家は少し特殊だからなぁ。なんていうか家族がバラバラというか」
「あ……ごめん。何か言いたくないこと聞いちゃったよね」
石田さんは慌てて話題を変えようとする。
「別に大丈夫だよ。なんなら石田さんに聞いてもらいたいくらい」
「私でいいなら、全然話し聞くけど……。さっきは私の話聞いてもらったしね」
何故だろう。普段ならあまりプライベートなことはホイホイと話したりしないのだが、石田さんになら話してもいいかな、そう思ってしまった。
「そもそも俺が9歳の時に、母さんが交通事故で亡くなったんだ。それからは親父と兄貴と俺とで3人で暮らしてた。まぁ、兄貴はもう出ていって実際は親父と二人で暮らしているんだけどな」
「うん」
「それで、親父とはちょっと仲が悪くてさ。馬が合わないというか、すぐに喧嘩になっちゃうんだ。昨日も少しあって。それと今日、10年後の未来で親父に会ってさ、それもあって家に帰りたくないんだ」
胸の底に溜まっていた感情をすべて吐き出す。なんて気が楽になるんだろう。言葉に乗せて、泥が一緒に流れ出ているみたいだ。
「10年後のお父さんは、三代君を見て何か言ってた?」
「それがさ、俺のことがわからなくなってたんだよ。隣のおばちゃんが言うにはさ、認知症だってさ。全然分かってもらえなかった」
初めて家族のことを他人に話したかもしれない。自然と、感情が昂ってくる。
「それは、辛いよね。私が言っても説得力がないかもだけど」
「いや、大丈夫。ある程度心の整理はついたから」
嘘だ。なら、なんでこんな場所にいるのだろうか。答えは簡単だ。
「それならいいんだけど。私にできることがあったら何時でも話しかけてね。こう見えて委員長だから」
胸に手を当てて、威張るような格好をする。俺はそれがおかしくて「ふっ」と吹き出してしまう。
「確かそれ、昨日会った時も言ってたよな」
「そうだっけ?」
自覚はなかったらしい。だとしたら、自然と、本心として出てきた言葉なのだろう。
「そうだ、三代君はこれからどうするの? もしかしてこのまま公園で寝泊まりするの?」
「いや、流石にそれはきついかな。最初はネカフェに行こうと思ってたんだけど、この時間だとどうしても年齢制限で入れないんだよな」
「……もしよかったら、私の家に空いてる部屋が一つあるから。どうかな」
「へ?」
突然の勧誘に俺の脳は追いついていなかった。部屋が一つ空いている。そこに俺が泊まる。ということは、石田さんの家に泊まらないか誘われているということなのでは⁉
「あ、いや、別に変な意味じゃなくてね。三代君もお父さんとそんなことがあったらやっぱり帰りづらいだろうなって思って。私にできることと言ったらそれくらいしかないから」
石田さんは両手をブンブンと振って必死で否定しようとする。俺も一瞬驚いたが、石田さんがそのような人でないことはわかっていたし、頭では理解しているつもりだ。だが、どうしても家に泊まらせてもらうのは、何というかハードルが高い気がする。
「いや、流石にそこまで世話になるのはなんていうか申し訳ないから……」
俺はどうやって断ればいいだろうかと頭の中で模索した。ストレートに断っては失礼だろうから、下手に出ることにした。
「そうだよね。じゃあまた明日学校で……」
そう言って別れようとした瞬間、空からポツン・ポツンと雨粒が落ちてきた。その雨粒は初めこそ小粒だったが、モノの数秒で大粒の土砂降りに変わった。
生憎この公園には屋根がついている建物はない。とにかくここから離れて、どこか雨宿りできる場所へと行く必要があった。
「うわぁ、急に雨降ってきたね」
「取り敢えずどこか雨宿りできる場所に行こう」
俺と石田さんどちらも折り畳み傘は持ち合わせていないみたいだった。それもそうだ、今日の天気は降水確率0%だったのだから。
俺は走り出した石田さんの後を追うように、必死で走る。
しばらく走ると、シャッターが下りた商店街までやってきた。ちょうどアーケードがあり、雨をしのぐことができた。
「まさか急に降り出すとは思わなかったね」
石田さんは濡れた髪を絞り、水分を落とす。俺も手持ちのハンカチで肩の部分や頭部など、濡れたところを拭く。だが、その程度で乾くはずがなかった。
「これはやばいな。ここから家に帰ろうにも駅まで歩かなきゃだから相当濡れそうだ」
それを考えるだけで憂鬱になった。家に帰る足取りがさらに重くなる。
「三代君、やっぱり私の家で今日は泊まっていったらどうかな。実はここから2・3分歩いたすぐそこなんだよね」
明かりが見える住宅街のほうを指さす。確かにこれ以上濡れて帰ると風邪をひいてしまいそうだ。
「……そうだな。石田さんがもしよかったら、泊まらせてもらえると助かる」
背に腹は代えられない。俺は恐る恐る口にした。
「うん、お母さんも今日は帰ってきてお父さんもいるはずだから大丈夫だよ」
「……いや、たぶんそっちのほうが大丈夫じゃない気がするんだが」
俺の言ったことに対して石田さんは頭の上でクエスチョンマークを浮かべる。普通、異性を連れてきたら、しかも泊まりたいなどと言ってきたらそういう関係だと思われるのは致し方ないだろう。俺はどうやって誤解を解けばいいだろうか。
「じゃあ、行こうか」
石田さんの後姿をじっと見つめる。そうだ、今までありきたりな日常に嫌気がさしていたじゃないか。こんな非日常を味わえる機会なんてめったにない。
そんな風に自分を鼓舞していないと、足が前に進んでいかなかった。




