21話 未来に行くということ
「これが友貴についての話し。少し話しすぎちゃったね」
石田さんは夜の公園で静かに空を見上げながらそう言った。俺は今、しばらくの間石田さんの昔話を聞いていた。石田さんの小・中・高校1年のころの話し。そして弟、友貴君が病気になったこと。その話を聞いている中で、思ったことがあった。当たり前のことかもしれないが、俺と石田さんは全く違う環境で生まれ育って、そしてここで一緒にいるということだ。それは偶然ともいえるし、必然なのかもしれない。
「話を聞かせてくれてありがとう。ってことはもしかして今、病院の帰りだったり?」
「うん。そうなんだ。ただ、ちょっと色々あってね」
「そう……なんだ」
そこに関してはあまり詳しく触れないほうがいいだろうと思い、そこまでにした。家族間の問題に部外者の俺が立ち入るのはあまりに図々しすぎるからだ。
「それで、俺に謝りたいってことは?」
最初、石田さんは俺に謝りたいことがあるといって話しかけてきたのだ。それは一体何だったのか。話しの中では読み取れなかった。
「怒らないで聞いてほしいんだけど……」
チラリと俺の方に視線を向ける。教室で見せるような威厳は、今の彼女のどこにもなかった。
「大丈夫だよ。怒らないし、ゆっくりでいいから話してほしい」
「ありがとう」
右手で垂れて顔にかかっていた髪を耳にかける。綺麗な指は細いが、長く、男の俺の指とは似ても似つかなかった。
「私が今日扉を使って10年後に行った本当の目的は、友貴の病気を治すための薬を探していたんだ」
「……それで一人で行動するって言い出したんだ」
ようやくかみ合った。そういうことだったのか。
「一人であの扉をくぐるのが怖いから、三代君を利用して一緒に行ってもらおうとしていた。ほんと、情けないなぁ……」
石田さんは両手で顔を覆い、そのまま俯く。
「それで、友貴君の病気を治す薬は見つかったの?」
「……」
黙り込んでしまった。
「三代君は優しいんだね。私がこんな性格だって知っても、何も言わないんだ。たぶん私、相当性格悪いと思うんだよね」
「……そんなことないと思う。さっきの話を聞く限りでも友達や後輩から慕われてたし、俺を利用してでも成し遂げたいことがあるって、すごい芯が強いなって思う」
「……」
不思議そうな表情でこちらを見つめる。そしてその表情から笑みが少しだけ零れ落ちた。
「ふふっ、三代君って意外と変わり者?」
「意外とじゃなくて相当変わり者だと自負している」
「そうなんだ。教室じゃあんまりそんな雰囲気じゃなかったけど」
「それは石田さんだって同じじゃないか」
「確かに」
俺も石田さんとこうして会話をしていると、自然と表情が柔らかくなっていく。いつぶりだろうか、こうして気兼ねなく話すことができたのは。人と会話するってこんなにも楽しくて、エネルギッシュなんだと改めて実感した。
「結論から言うと、特効薬はまだできていなかった。10年後の世界でも難病指定されていて、1年後の生存率は10%以下なんだって」
そこまで言い終えると、「ふうっ」と息を吐いて、椅子から足を伸ばした。それに合わせてスカートが揺れる。
「そう、だったのか。それは残念だったな。じゃあ更に未来に行ってみるとかは……?」
「うんうん、もういいかな」
「え、どうして」
「なんだかね。ズルしている気分になったの。この世界にも友貴と同じ病気で苦しんでいる人は何人もいる。それを私だけが未来から特効薬を持ってきて治すのはなんだかズルいなって」
「……」
俺はその意見を聞いて唖然とした。俺だったら絶対に何百年先の未来に行ってでも特効薬を探してくる。自分の大切な人だけが、助かればいいと思っているから。
「石田さんは優しいんだな」
俺は感心するようにして言った。
「そう、なのかな。でも三代君にそう言ってもらえると嬉しいかも。ありがとう」
今の「ありがとう」の意味はさっきと違ってしっかり分かった。
辺りは静まり返っており、街灯の明かりだけが足元を照らしていた。
「そうだ。結局美大に行くっていうのは友貴君が小説を書いて、石田さんがイラストを描くっていうあの夢をかなえるためなのか?」
いまさらながら思い出した。話しの流れ的にはそうなるのだろう。だが、しばらく練習できていないとも言っていた。
「そうだね。私、実は部活をやめてイラストの勉強に専念しようかなって思っているんだ」
「えっ、バスケ辞めちゃうのか」
「うん。バスケも大好きだけど、やっぱり今は後悔したくないから。バスケはいつでもできるけど、美大受験は1回しかできないから」
石田さんの瞳は宝石のようにキラキラと輝いていた。この目は何か目標を持っている人の目だ。
「きっと友貴君も喜んでいるよ」
「……そう、だといいんだけどね」
言葉の端に、何かつっかえるものがある言い方だ。病院帰りと言っていたが、そこで何かあったのだろうか。
「友貴、なんだか最近、私がお見舞いに行くとあんまり喋ってくれないんだよね。反抗期なのかな……」
石田さんは手の甲で額を押さえる。中学生だから反抗期でもおかしくはない。俺は反抗する相手がいなかったからそんな時期はなかったと思うのだが、普通の家族ならあるのだろう。




