20話 姉と弟⑨
「こちらが石田友貴さんになります。今は起きられないように、意図的に眠ってもらっています」
案内されたベッドまで向かった。
そこには落ち着いた表情で眠っている友貴がいた。それはまるで肩をポンポンとたたけば、起きてしまうかもしれない、それほど自然な表情であった。
「酸素濃度も呼吸も心音も現在は安定しています。このままいけば問題なく意識は回復すると思われます」
女性スタッフは淡々と説明をする。難しいことは高校生の私には分からないが、友貴の命に別状はないということだけは分かった。
「良かった。ありがとう……ございます……」
お母さんは両手で顔を覆いながら、涙を流す。私もつられて涙がこぼれてきた。この涙は一体何の涙なのだろうか。
「詳しい状態と、今後については主治医の方から説明がありますので、もうしばらくここでお待ちください。時間になりましたらお呼びしますね」
それだけ伝えると、女性スタッフはスタスタと隣のベッドに眠っている患者のところに行ってしまった。
私とお母さんは、友貴の枕元まで近づく。私はそっと、頬を手のひらで触る。ぬくもりが伝わってきた。それだけで安心する。
「友貴、お母さんとお姉ちゃんが来たからね。夜にはお父さんも来るから、安心してね」
お母さんは眠っている友貴の耳元で話しかけていた。この声は友貴に聞こえているのだろうか。眠っていると言っていたから、聞こえていないのかもしれない。
病院の服の袖や首元からは無数の管が流れ込んでいた。一つ一つにきっと意味があるのだろう。それが重なり合って、友貴の命をつないでいるのだ。
しばらくは友貴の顔をじっと眺めていた。本人にこのことを言ったらきっと恥ずかしがるだろうな、そんなことを考えていた。目を覚ましたらなんて声をかけようか、今はそれが楽しみで仕方がなかった。
その時、遠くからカツンカツンと足音を立ててやってくる男性の姿があった。髪は白髪交じりで、目尻もしわが目立つ男性が恐らく主治医だろう。
「石田友貴さんの、ご家族でしょうか?」
優しい声で、そう呼びかけてきた。
「はい、そうです」
お母さんが答える。
「お話したいことがありますので、ついてきてください」
くるりと向きを変えて歩き出し始めた。揺れる白衣を見ながら私とお母さんもそのあとをついていった。友貴に「また後でね」と一言添えてから。
呼ばれたのは小さな会議室のような場所であった。テーブルとイス、そしてパソコンとモニターが置かれた場所だ。椅子にゆっくりと腰かける。主治医の先生はパソコンを立ち上げ、カチャカチャとファイルを漁っている。
写真がモニターに映った。真っ黒で、丸の形をした画像だ。
「こちらが脳内のスキャン画像になります。見てもらったら分かると思うのですが、特に異常はありません」
そう告げられて、私は一瞬固まった。え、悪いところがないとはどういうこと?
だが、これはもっと深い意味を表していた。
「それじゃぁ、もしかして……」
お母さんは引きつったような表情をしていた。いつもの綺麗な顔はぐちゃぐちゃになっており、目は真っ赤に充血していた。
「こちらが上半身のスキャン画像です」
モニターに映る写真が切り替わる。
「こちらも見てもらって分かる通り、現在はどこにも異常がありません」
異常がある場合は何か腫瘍のような塊があるのだろう。それはこの写真を見る限り見当たらない。
「それじゃあ、友貴は一体どこが悪いのですか……?」
そう質問するお母さんに対して、先生は俯く。しばらくの沈黙の後、こう切り出した。
「落ち着いて聞いてもらえると助かるんですが、友貴さんは─────」
告げられた言葉は私と、そしてお母さんの胸を貫くほどに重いものだった。なんで、友貴がそんなことにならなければいけないのだろうか。
それで先生からの話は終わった。今後に関しての詳しいことは意識が回復してからまた後日、話し合いたいとのことだった。
私とお母さんは肩を落としながら病院を後にする。車の中に戻ると、それまで我慢していた感情の波がグッと押し寄せてくる。
「なんで……友貴……あんなにいい子で、優しいのに……」
お母さんはハンカチを目元に当て、嗚咽する。
私もその姿を見ると我慢できなくなってきた。
「本当に、なんでこんなことになったんだろう……。なんで……」
この日は二人でずっと、ずっと泣き続けていた。家に帰り、お父さんもいつもより早めに帰宅してきた。
お母さんはお父さんに先生から言われた事実を告げなければいけなかった。
私には到底そんなことはできない。何故ならそれを言ってしまえば、まるで認めてしまっているようであるからだ。
「それで、友貴の状態はどんな感じだ?」
お父さんの質問に対して、お母さんも私も黙り込む。しかし、お母さんが椅子からゆっくり立ち上がり、震える手をぎゅっと握りしめて言った。
「友貴は……」
そこで間が空く。お父さんもこの状態を気付いたのか、覚悟を決めたような目つきになる。
「長くて半年しか……生きられないみたい」
それを言い終わると、お母さんはその場に膝から崩れ落ちた。




