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17話 姉と弟⑥

「それで、トラブルの現状はどんな感じに?」

「中野さん一人が孤立している状態だね。言ってること自体はわからなくもないんだけど、言い方がね。どうしてもああいういい方しちゃうと敵を作っちゃうよね」

「そっか……」


 中野さん一人だと、心細いだろう。いや、中野さんの性格的にはそんなこと気にならないのだろうか。分からない。ただ、部長としてその問題は解決しなければいけない。


「美月は今日部活来れる?」

「うん、今日は行くつもり。早めに行って中野さんと小玉さんに話を聞いてみよう。その時、ユメも立ち会ってもらえるかな」

「うん、分かった。無事に解決できるといいんだけど」


 昨日とは心の余裕が全然違った。恐らく昨日この話を持ち出されていても、私は何も力になれず、それどころか最悪の方向へ進んでいた可能性すらある。友貴の病気はまだ完全に安心しきっていいものではない。だが、少なくとも1分1秒を急ぐような時ではないのだ。そう思うと自然と心に余裕ができた。


 今日の授業は昨日と打って変わって、先生の話している内容がそのまま脳内に吸収されるかのように理解できた。問題を解くシャーペンの先も、スラスラと動いていた。


 そして授業が終わり放課後になった。私とユメは体育館の隣にある更衣室まで歩いていった。

 更衣室の重い鉄のドアを開くと、そこには既に一人影があった。


「お疲れ様です、先輩方」


 そこには2年の中野千咲さんがちょうど着替えが終わって、荷物をカバンにまとめているところだった。


「お疲れ、中野さん」


 私とユメは軽くあいさつを交わす。それに続けるように私はこう言った。


「中野さん、部活の前にちょっといいかな」


 その言葉を耳にした中野さんは一瞬固まったような表情になる。だが、その表情はすぐに緩み、にっこりと笑みを見せる。


「はい、大丈夫ですよ。外で待ってますね」


 それだけ言うと、スタスタとバスケットシューズと水筒、それにハンドタオルを抱えて更衣室から出ていってしまった。


「ねぇ、大丈夫かな。中野さん。ちょっと様子が変じゃない?」


 ユメが耳打ちするように小さい声で語りかけてきた。


「大丈夫。私に任せて。着替え済ませたら少し話してくるから、ユメはやっぱり来た人に今日のメニューの説明しといて」


 私は足早に着替えを済ませ、その場を立ち去る。更衣室から出て、中野さんはどこにいるのだろうと辺りを見回したところ「こっちです」と背後から声をかけられた。

 更衣室の裏の大きな木の下におり、ちょうど木陰ができていた。中野さんは後ろの壁にもたれかかるようにしていた。


「それで先輩、話しっていうのは?」


 私はゆっくりと近づき、同じように木陰の下で背中を壁に預けた。


「昨日のことなんだけど」


 と、そこまで私が言った瞬間、中野さんは「はぁ」とため息を吐いた。


「やっぱりそのことですか。石田先輩も私のことを怒りに来たんですね」


 視線は遠く、空のほうを向いていた。面倒くさい、という言葉をまるで体現したかのような態度であった。


「私は別に中野さんを怒りに来たわけじゃないよ」

「じゃあ話しっていうのは何のことですか?」

「単純に昨日何があったのかなって。私昨日、ちょっと家の都合で休んじゃったからさ。話してくれると嬉しいな」

「そういえば先輩、昨日来てませんでしたね。分かりました。話は単純です。私が1年の小玉さんにもっと真剣に練習してくださいと頼んだだけです」

「そうだったんだ」


 ユメから聞いていた内容とは大体あっている。恐らくそれを言った後に真面目に練習しないなら帰れといったのだろう。


「中野さんはどんな気持ちでその言葉を言ったの?」


 私は視線を中野さんの顔に向ける。中野さんは一向に視線を合わせようとはしない。


「小玉さんが練習試合の途中で他の人とお喋りしてたんですよ。だからそれは良くないなって思って注意しました」


 淡々と答える。


「なるほどね。中野さん的には喋っているのを見かけたから注意した、っていう感じなんだね」

「そうです。先輩も私のほうが悪いと思っているんでしょ」


 その質問に対して私は一拍あけて答える。


「うんうん、そんなことないよ。中野さんのしていることは正しいと思う」

「……」


 その答えに対して、中野さんはこちらを振り返る。予想外の反応だったからだろう。


「まだ小玉さんの意見も聞いてからじゃないと最終的な判断はできないけど、中野さんの言っていることが事実だとしたら正しいと思うよ」

「先輩……」


 じっと私のほうを見つめてくる。その視線が離れることは最後までなかった。


「ただね、ちょっと言い方が厳しすぎるのかなって思う。それは中野さんも少し反省しなきゃだよ」

「確かに、ちょっと厳しく言い過ぎたのかもしれません……」


 自分の非を認め、しっかりと反省できる人間は成長できる。そう、お母さんが小さいころに何度も言っていた言葉だ。


「よし、じゃあ私は今から小玉さんに話を聞きに行くから。後で小玉さんには言い方が厳しかったこと、しっかり謝っておくんだよ」


 念を押してそう言った。すると、コクコクと頷く。


「分かりました」


 そのまま荷物を抱えて体育館の方に走り去っていった。これでようやく一件落着、そう思って歩き始めたところ、物陰からちょうどユメが現れた。


「流石部長~。まとめるのがうまいね」

「これくらい普通。さっ、早く練習しよ」


 この頃は素直に褒められるのがどうしても苦手だった。褒められると照れ隠しのようにしてそれは当たり前のことだと、平静を装う。だが、心の中では嬉しかった。

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