16話 姉と弟⑤
お母さんが受付をしている間、私は椅子に座って待っていた。平日にもかかわらず、たくさんの人が行き来している。ベッドで運ばれる人や点滴スタンドを持って歩いている人、はたまたスーツ姿で時間を気にしている人など、ほんとうに多種多様であった。先ほどまで過ごしていた学校とは全く違う空間にいることを、改めて認識させられる。
「さぁ、行きましょうか」
そんなことを考えているうちに、受付を終えたお母さんがやってきた。部屋は345号室らしい。ということは3階なのだろう。
エレベーターに向かう。搬送用と一般用で分かれており、私たちは一般用のエレベーターが到着するまでの間、しばらく待った。
ポーン
扉が開く。3階についた。目の前には看護師の人たちが忙しなく部屋の中で走ったり、指示を出したりしているのが聞こえた。
エレベーターを出て左の角を曲がったところに「←340~」と書かれた標識が壁に掛けてあった。私は足早に1つ1つの部屋に書かれている番号を見ていく。
「342、343、344……あった!」
345号室 石田友貴 と書かれた部屋を見つけた。だが、その名札を見たらなんだか胸が苦しくなってきた。
「開けても大丈夫よ」
遅れてやってきたお母さんが優しいまなざしでこちらを見つめてそう言った。
私はゆっくりとステンレスの取っ手を握る。深呼吸を1回して、呼吸を整える。そして、ゆっくりと、ゆっくりとまるで覗き見るようにして扉を開いていった。
病室はベッドが中央に一つ置かれており、その横には点滴の管やよくわからない機械がたくさん置かれていた。
「あ、姉ちゃん!」
布団の中からごそごそと友貴がこちらに顔を出してきた。
私はその表情を見た瞬間に心の中で何かか崩れ落ちた。ばっと涙があふれ出る。あふれだした涙は、とどまることを知らずにひたすら流れ続けていた。
「姉ちゃん、心配かけてごめん」
友貴が小さい声でそうつぶやいた。
「何で……友貴が謝るの。誰も……悪くないじゃん」
私は涙を制服の袖でふき取る。その間にお母さんが椅子を用意してくれて、私はそれに座った。
「友貴、体調は……どんな感じ? どこか痛いところはない?」
「うん。大丈夫だよ。倒れたときはびっくりしたけど、それからはどこも異常なし!」
ニッと、白い歯を見せて笑う。私はその表情を見て少しだけ、笑顔が戻ってきた。
「あ、そうだ、お母さん。さっき先生が来たんだけど、来週初めには退院できるんだって」
「そうなのね。良かった」
お母さんもホッと胸をなでおろす。改めて友貴が無事で本当に良かった、そう思わされる瞬間であった。
「そういえば姉ちゃん、今日部活は?」
友貴は何気なく、私に話しかけてきた。
「友貴が心配だから休んできたよ」
「……」
そう答えると、友貴の表情が一瞬停止した。それはまるで時が止まったかのようだった。
「そう……なんだ」
一拍あけた後、絞り出すようにしてそう言った。
私はこの時、不思議だった。何故私の部活のことが気になっているのか。謎だらけだった。というよりは、自分のことがあまりわかっていなかったのかもしれない。
その日は少し話しをした後、そのままお母さんと家に帰った。
窓から入ってくる西日が眩しい。私は手で庇を作って影を作る。だが、指の隙間から漏れ出た光が私の肌を貫くようにして照らし続ける。
友貴に会えて心の靄は晴れた、そう思っていたのだが、まだ何か泥のようにねっとりと付きまとっているものがあった。その正体がわからないまま、私は帰宅し、いつものように食事をとり、お風呂に入って宿題を終わらせる。
布団に入ると、それまで一切感じていなかった眠気が襲ってきた。友貴も今頃寝れているだろうか。そんなことを考えながら、深い深い夢の中へと落ちていった。
翌朝、夢が登校してきたのを見計らって私は席まで近づく。
「ユメ、昨日はありがとう。何か問題とかなかった?」
いきなり私が話しかけてきたことに驚いたのか、こちらのほうをちらりと見た後に続けた。
「あ、おはよう。う~ん、それがね、2年生の間でちょっとトラブルがあったみたいで」
「2年生? どの子?」
「中野さん。中野千咲さんね」
「中野さん……」
中野千咲さん。一つ下の後輩で2年生をまとめる、いわゆるリーダー的な存在だ。彼女の技術は2年生の中ではとびぬけており、3年生にも匹敵するほどだ。小柄な体にも関わらず、その両手から繰り出されるシュートは弧を描くように正確で、試合で外したところをほとんど見たことがない。間違いなく、私たち3年生が引退したらキャプテンになるだろう。そんな中野さんに一体何のトラブルがあったのだろうか。
「それがね、1年生の小玉さんに対して『やる気がないならさっさと帰ってください』って言っちゃってね、かなり険悪なムードになっちゃったの」
「そうなんだ……」
確か少し前にも似たようなことがあったと聞いた。中野さんは思ったことを何でも口にしてしまうタイプだ。それ故に敵が多い。私は嫌悪感を抱いたことはないが、3年生の中でも苦手意識を持つ子はいると聞く。




