15話 姉と弟④
「現状、命に別状はないそうだ。そうお医者さんが言っていた。意識もはっきりしている」
夜の月明かりに照らされるお父さんの横顔を見て、私はほっと胸を撫でおろす。
よかった。本当によかった。
そう思っていると、ポロポロと雫が零れ落ちてきた。
「学校が終わって帰ろうとしたときに倒れたみたいなんだ。だけど、周りの友達がすぐに先生を呼びに行ってくれたみたいでな、もう少し処置が遅かったら大変だったらしい」
お父さんは私の涙に気付いていながらも、話しを進める。きっと、自分も胸の中では泣いているのだろう。だけど、家族の前ではそれを表に出さないようにしている。すごいな、と素直に思った。
「良かった。じゃあ、しばらく入院すればよくなるの?」
「そうだな。2,3日このまま入院して精密検査を受けて異常がなければ退院できると言っていたよ」
そこまで聞いてようやく今まで私の身体にのしかかっていた、重りのようなものから解放される。
窓の外を流れる景色はいつもとは違った。まるで別の町に来てしまったかのように、私は錯覚する。家までの時間が長く感じられた。こんなにも長かっただろうか。
通り過ぎる家、一軒一軒に家族がいる。他の家も私の家と同じで家族の仲が良いのだろうか。学校でも家族関係に悩んでいるなど、たまに聞くことがある。私はこの時強く願った。もっと家族が仲良くいられますように、と。
その日は家に帰ってお風呂に入り、ご飯を食べたら強烈な眠気に襲われた。無理もない。部活をした上にこんなことまで起きたのだ。思っている以上に精神的なダメージが大きいのかもしれない。眠気眼をこすりながら何とか机に足を向け、カバンの中から今日の宿題を取り出す。一瞬、全て投げ出してしまおうか、なんてことを思い出したがそんな選択肢はすぐに消えた。私はシャーペンのキャップを2回押して、芯を出す。
数学の問題を解いている間も、ずっと頭の片隅では友貴のことを考えていた。倒れたとき、苦しかったのではないだろうか、今はもう痛みはないのだろうか、など、考え始めたらきりがないほど頭の中が不安で埋め尽くされていた。
宿題は1時間ほどで終わった。私はそのまま歯だけを磨き、ベッドに沈み込むようにして眠りについた。
翌朝、目覚ましで起きる。起きた瞬間、一斉に昨日の出来事が走馬灯のようにして脳内を駆け巡る。
「うっ……」
気持ちが悪かった。けど、気合で布団の中から抜け出し、洗面台に向かう。
「あ、おはよう、美月」
廊下を歩いているとお母さんが声をかけてきた。お母さんは昨日は結局何時に帰ってきたのだろうか。少なくとも私が起きている間には帰ってきていなかったのだから、日付は超えているはずだ。
「おはよう、お母さん。友貴の体調は大丈夫?」
食いつくようにして質問をした。少しでも、話しておかないと、自分の中のもやもやが破裂してしまいそうだった。
「安定しているわよ。今日、学校終わりに病院に行くから、校門で待っててね」
「……うん! 分かった」
友貴に会える。嬉しかった。早く顔を見たい。話をしたい。そんな欲望が頭の中で渦巻いていた。
私は朝食を食べ、足早に着替えを済ませる。今日の授業の教科を確認し、家を後にする。
昨日に比べて足取りは軽かった。謎の痛みも引いていた。世界が明るく見える。昨夜通った場所と同じ場所だとは到底思えない。漫画やアニメでよくあるパラレルワールドのように思えてしまう。
「美月! 昨日はその、大丈夫だった……?」
教室に入るなり、夢がこちらに向かって駆け寄ってくる。
「うん、大丈夫だった。心配かけてごめんね。それと、今日はちょっと部活に行けないから、ユメ、頼んでいいかな」
「うん。任せて」
その瞳は揺るぎないものであった。私はそれを見てはっとした。何か、胸につっかえるものがある。この違和感の正体は何なのだろう。
今日は友貴に会いに行ける。それだけで心は満たされているはずなのに、何なのだろうか。
その日の授業はずっと上の空だった。
放課後になり、私はもう一度夢に挨拶をして教室を後にする。階段を駆け下り、昇降口で靴に履き替えた。少し歩くと、駐車場にお母さんの車が止まっているのを見つけた。私は助手席に回り込んで扉を開く。
「おかえり」
「ただいま。友貴のところに行くんだよね」
もちろんわかっていたのだが、あえてそう口にした。
「うん。昼間も少し顔を出してきたんだけど元気そうだったわよ」
「そうだったんだ」
その報告を聞いただけで、心に突っかかっていたものが剥がれ落ちていく。
車で20分ほど進んだだろうか。目の前には病院が見えてきた。確かこの病院はここら辺では一番大きかったはずだ。
駐車場に車を止め、受付まで歩く。私がお母さんの前を歩いた。どうしても歩く速さは、いつもより少し速くなってしまった。




