14話 姉と弟③
その証拠として、私は中学に入学してバスケ部に入った。入学式の日に仲良くなった子たちが入るといったから、私も連れて入った。そんな簡単な動機であった。
人数が多かったため、1年生のころは雑用が多かった。試合に出る先輩たちの水筒にスポーツドリンクを入れたり、氷水で冷やしたタオルを渡したり、そんなことばかりだった。だけど、フリースローや1on1など毎日の基礎練は欠かさずに行った。
2年生になるとようやく試合に出れるようになった。私は能力が評価されて4番の番号をつけて試合に出た。当時の私はその番号の重みなど一切考えていなかった。ただ、毎日の練習を消化するかのようにこなしていくだけだった。
バスケにかける時間が増えると、相対的にイラストの練習をする時間は減ってきた。それ以外にも宿題は増え、一杯いっぱいだったのだ。だけど、私はどの分野においても一切手を抜かなかった。ただ”完璧でありたかった”。それはなぜだろうか。弱い自分を見せるのが嫌だった? それは半分正解かもしれない。恐らく友貴のお姉ちゃんでありたい、という気持ちが強かったのだろう。その中には弱い姿を見せたくないというのもあるし、常に質問に答えられるような姉になりたいと私の中での理想像はどんどん高くなっていった。友貴に宿題を聞かれてそれに答えられた時はうれしかった。少しでも役に立てたのだと、自分をほめちぎりたくなった。
3年生になった。この年に、私は絶対に忘れることのできない出来事を体験することになる。私たちのチームは47-45というギリギリのスコアで県大会進出を果たした。県大会は8月初旬に行われる。そこに向けて、最後の追い込みをしていた時のことだった。
「ユメ!」
私は副キャプテンの岡崎夢に対して、パスを求める合図を送る。力強いパスが飛んできた。私はシュートしようと構えるが、敵チームのディフェンダーが目の前に大きく手を広げてそれを阻止する。そうなることは予想できていたので、そのまま脇道を通るように素早くドリブルをし、ゴール下まで近づいたところでレイアップシュートを決める。
そこで試合終了のホイッスルが鳴り響いた。「ふうっ」と一呼吸、息を整えると。目の前から、ユメが歩いてきた。
「流石美月、冷静だったね」
「そんなことない。あれくらい普通」
また、強がりを言ってしまった。本当は素直にありがとうと言いたい。だけど、それはなんだか恥ずかしくて言えない。頭では分かっているのに。このころにはすでにもう一人の自分が何人もできていた。勉強をする自分、部活をする自分、家に帰って友貴と会話する自分、そして一人の時の自分、全部別人だった。そして、次第にどれが本当の自分なのか分からなくなってくる。
そんな時、体育館の入り口から担任の先生が走ってきた。
「石田! 来てくれ!」
先生は息が上がっており、顔からは血の気が引いているようだった。
私は一体何の事だろうと、最初は全く予想もつかなかった。何か怒られるようなことをしてしまったのだろうか、まずそれが第一に出てきた疑問だった。
私は顧問の先生に目配せして少しだけ頭を下げる。バスケットシューズを履いたまま体育館を出ると、他にも数学の先生がいた。
「石田、今保護者の方から連絡があったんだが、弟の友貴君が倒れたらしい」
先生はゆっくりと、私に現実を突きつけるようにしてそう告げた。
「え?」
もちろん一瞬で理解が追いつくはずはなかった。
頭の中が真っ白になる。一体どういうことなのだろうか。
先生から言われた言葉は、簡単だったけど私にとっては難しかった。
「ご両親が病院に行ってるみたいだから、石田は学校で待機しておいてという連絡も来た。お父さんがしばらくしたら迎えに来てくれるらしい」
先生は、私に事実を淡々と告げる。だけど、その言葉は本当に耳を風のように通り過ぎていった。
私はそのまま職員室で椅子に座り、お父さんの迎えを待ち続けていた。隣にはまだ学校に残っていた先生たちが何人かおり、時折私に話しかけてくれたけど、私は愛想笑いをすることしかできなかった。
外はいつの間にか闇でおおわれており、先ほどまでは火照っていた身体も、冷たくなってきた。着替えは済ませたものの、妙に痛む右足がなんだか恐ろしかった。
そして車のヘッドライトが職員室の中にも入ってきた。あれからどれだけ時間が流れただろう。職員室には既に担任の先生しか姿がなかった。いつの間にほかの先生たちは帰ってしまったのだろうか。
「すみません、遅くまで」
お父さんは先生に何度も頭を下げて、私は車の助手席に乗り込んだ。
「ねぇ、お父さん。友貴は、大丈夫なの?」
開口一番、今までずっと聞きたかった質問を投げかける。
心臓はバクバクしていた。この後に何と返されるのだろうか。不吉な予感が私の脳全体を覆っていた。




