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13話 姉と弟②

 結局そのプリントは白紙のまま、夜が訪れた。

 お風呂から上がり、ベッドに腰かけ濡れた髪をヘアブラシで梳かす。長い黒髪はこのころから変わらない。お風呂上りはセットするのに時間がかかるのだが、この髪型が私は気に入っていた。


「姉ちゃん~」


 ガチャリと部屋の扉が開く。そこにはいろんな種類の車が描かれたパジャマを着た友貴が立っていた。胸には1冊の本を抱きかかえていた。


「ん、本読む?」

「うん」


 扉を閉めて、私の隣に座る。友貴はこうして寝る前に私に本を読み聞かせしてほしいと、部屋にやってくるのだ。

 今日持ってきた本は「まおうとおんなのこ」というタイトル。友貴のクラスでは1週間に1冊は図書室で本を借りて読むことになっているそうだ。だからと言って、毎回私に読み聞かせをさせるのはどうかとは思うのだが、一度も嫌だと思ったことはなかった。


「むかし、魔王という人間から恐れられる人物がいました」


 私は最初のページを開き、友貴にも見えるようにして読み聞かせを始める。


「だけどこの魔王は人間のことが大好きでした。そこで魔王は人間の住む町にある日遊びに行ったのでした」


 横目でちらりと表情を伺う。友貴は真っすぐな視線で絵本に描かれている魔王のイラストを眺めていた。


「けれど魔王は人間から意地悪をされてしまいました。しかし、目の前に女の子が現れます。その女の子は手を差し伸べて『こっち!』と言って、人の少ないところに行きました」


 私は少しだけ、役になりきるようにして感情を込めて読み上げる。少々気恥ずかしいが、友貴もそっちのほうが物語に没入できるはず。


「魔王は女の子に聞きました。『どうして僕を助けたんだい』すると女の子はこう答えました。『困っている人がいたら助けてあげなさいって、お母さんに言われたから!』」


 部屋の中では時計の針の進む音と、私の声だけが共鳴している。


「その後、女の子は危険な魔王を助けたとして、町の牢屋に入れられました。それを聞いた魔王は再び人間の町に行きます。周りの人間を気にせず、牢屋まで必死に走っていきました。無事に女の子を救出した魔王は……」


 そこで私は隣に座っていた友貴の頭が、腕に寄りかかってきていることに気付いた。すぅ、すぅ、と寝息を立てている。昼間の宿題で疲れてしまったのかもしれない。私は本を閉じ、そのままベッドに寝かせる。上から薄いかけ布団をそっとかける。そこで友貴の肩に手が触れてしまい、目を覚ました。


「ん……あれ、話の続きは……?」


 重い瞼をゆっくりと開こうとするが、うつろうつろと再び閉じようとしていた。


「今日はもう遅いから、また明日ね」

「え~、続きが気になる! 魔王と女の子はそのあとどうなったの?」


 今度は目をパチッと開かせて、勢いよく上半身を起こした。


「そうだね、友貴はどうなったと思う?」

「う~ん、きっと魔王は無事に女の子のことを助けて、自分の城に戻って二人で仲良く過ごしたんじゃないかな。そのほうがみんな幸せになれると思うから」

「みんな幸せに……」


 私は噛みしめるようにしてその言葉を繰り返した。そこで私は一つのことを思いついた。


「そうだ、友貴。昼間言ってた将来の夢を書くって宿題、もう終わった?」

「あっ、まだ終わってないや! やばい!」


 血相を変えて、慌ててベッドから飛び降りようとする。


「なら、それでいいんじゃないかな?」

「それって?」

「小説家、になるのかな。今話してくれた友貴の物語、すっごく良かった。私はもっと友貴の考えた世界を見てみたいな」

「え~、小説家なんて絶対無理だよ」

「そんなことはないよ。友貴なら絶対にいい物語が書ける」

「……」


 そんな私の強引な押しに後ずさりしたのか、しばらくの間黙り込む。そして、ふり絞るようにしてこう言った。


「じゃあさ、俺がストーリーを考えるから、姉ちゃん、イラスト描いてよ!」

「え?」


 全くもって予想外の反応だった。てっきりこのまま断られるかと思われていたのだが、どうやら友貴は小説家になること自体は良いらしい。


「いくらいい物語が書けてもさ、この本みたいにイラストがないと物語には引き込まれないと思う。だって俺、このイラストの魔王を見た時から絶対に悪い奴じゃないって思ったもん!」


 そう言って、目を輝かせながらこちらを見てきた。ゆるぎない瞳、きっちりと揃った睫毛。いつの間にか私はその無限の世界に引きづりこまれそうになっていた。


「うん、分かった。お姉ちゃんも頑張ってみる」

「頑張ってみるじゃなくて、絶対だよ!」

「分かった、分かったよ」


 これがすべての始まりだったのだろう。この日から私はスケッチブックでデッサンの練習を始めた。まずは身近な筆記用具や時計などを描いた。けど、まだこの時は本気でイラストレーターを目指そうなんて思ってもいなかったのだろう。

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