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11話 ホントの目的

「石田さんこそ……買い物の帰りか何か?」

「……うんうん」


 石田さんは首を横に振った。視線を俺の足元に向け、目を合わせようとしない。辺りは街灯で明るく照らされており、表情まではっきり見て取れる。


「そっか」


 俺はただ、相槌を返すだけしかできなかった。


「三代君、少し、話しいいかな」


 相変わらず視線は下を向いたまま、スカートの裾をぎゅっと握りしめていた。


「うん、いいよ。あのベンチに座ろう」


 さっきまで俺が座っていたベンチに誘う。俺もこのまま家に帰るのはなんだか心残りがある。「扉」という存在を共有できる唯一の人間である石田さんなら、俺の心に空いた穴も少しは満たしてくれるのではないだろうか、そんな淡い期待を持っていた。


 俺たちはゆっくりと夜の公園のベンチに腰掛ける。さっきまで二人きりだったのだが、夜空の下で二人きりとなるとまた違った雰囲気が醸し出される。


「それで、話しっていうのは?」


 石田さんが中々話始めようとしなかったので俺の方から切り出した。お互い視線は合わせずに正面を向いたまま会話のキャッチボールが始まる。


「そのね、私、三代君に謝らないといけないことがあるんだ」


 石田さんは身体中から声を集めてきて、それを絞り出すようにしてそう言った。

 “謝りたいこと”とは一体何のことであろうか。俺は不快な気持ちになったことなどあるはずもなく、皆目見当もつかない。


「私、悪い人間なの。ずっと三代君のことをだましてた。まるで駒のようにして扱っていた。本当にごめんなさい」


 石田さんは勢いよく立ち上がり、俺に向かって頭を下げてきた。


「ちょ、いきなりどうした。申し訳ないけど、状況が全く分からないから、順を追って説明してもらえると助かる」


 この状況を察しろというのは流石に無理がある。そもそも俺は一体何を騙されていたのだろうか。


「そうだよね、ごめんね」


 すうっと、深く深呼吸をして息を整える。そのあと、ゆっくりとこう切り出した。


「今日のことも含めてなんだけど、三代君は自分の犯罪を阻止するために未来に行ったよね」

「うん、そうだな」

「だけど私の目的は違ったの。別々で行動しようって言ったのもそれが原因。私はあの未来で一つ、確かめたいことがあったんだ」


 石田さんは再びベンチに座り、足をパタパタとぶらつかせながら夜空を眺める。その横顔が月明かりに照らされて、神秘的だった。


「あぁ、だからか。流石に俺も何か急だなとは思ってたんだよ。けど、そっちのほうが効率がいいかなって。石田さん頭よさそうだから」

「……そんなことない」


 それまでバタつかせていた足をいったん止め、ぎゅっとこぶしを握る。


「私は全然賢くないんだよ。三代君は気づいているよね? クラスでの私と今こうして話している私がまるで別人だって」


 ゆらりと揺れる髪。視線は俺のほうを向いた。一瞬その双眸の光に圧倒されて、視線をずらす。確かに思い当たる節はあった。そもそも言葉遣いが違ったのは感じていた。単純に大衆の面前だから丁寧な話し方をしているのかと思っていたが、どうやら違うらしい。


「そうしないと自分を保てない。優等生な私と、素の私と二人の人物を作らないと世渡りできない。本当に不器用だよね」

「……」


 俺はそれに対して首肯することも、否定することもできなかった。

 ”二重人格”とは言いえて妙だと思っている。大概がネガティブな意味でつかわれる使われることが多いが、広義的な意味でとらえるならば人間だれしも”二重人格”なのである。

 学校にいる時、家族といる時、一人でいる時、全部違う自分が生活している。ましてや学校の中といっても仲の良い友人と話すとき、普段話さない人と話す時でも違う。これはいたって普通のことだ。

 逆にどんな時でも仮面をかぶらず、素顔で演じることができる人間ほど怖いものはない。

 俺はそう思っている。


「三代君はどうして私が学級委員長に立候補したか分かる?」

「……推薦を取りたいからとか?」

「……正解、かな。やっぱり周りから見てもそう思われちゃうよね」

「まぁ、推薦でもなければやる価値のない仕事だからな。推薦で行きたい大学でもあるの?」


 その問いに対して、一拍間が空いて


「私ね、美大に行こうと思ってるんだ」

「美大……」


 思わずその単語を反芻してしまった。美大、俺とはまったくもって縁がなさそうな場所だ。


「石田さんはすごいな、目標があって」


 その言葉は、本当に俺の口から出た素直な気持ちであった。俺には目標も、ましてや生きる意味も見失っている。そんな人間と違ってしっかりこの先の未来について真剣に考えているのだ。


「うんうん、自分のためじゃないんだ。友貴(ともき)の、弟のためなんだ」

「石田さん、弟がいたのか。何歳なんだ?」

「今12歳だね」

「ってことは中学1年生か」

「……本当ならそうなんだけどね」


 その一言は、これまでの言葉とは重厚感も圧力も何もかもが違った。


「今、入院していて学校に行けていないんだ」

「そう、なんだ」


 俺はいわゆる地雷というモノを踏み抜いてしまったらしい。人間、誰しも人に言いたくない、言わなくていいことの一つや二つを抱えながら生きている。俺だって家族関係のことは誰にも話したくない。それと同じように、石田さんの弟についての話もしたくなかっただろう。


「私の目標は、弟の友貴のためにあるんだ」


 だが、石田さんはそこで話しを区切ろうとはしなかった。続けるようにして話していく。


「ちょっと長い話になるけどいいかな」


 すっとこちらを見てそう言った。俺はもちろん問題ない。


「うん、ゆっくり聞くよ。友貴君のことについて、話して欲しい」

「ありがとう」


 その”ありがとう”は一体何に対しての感謝だったのだろうか。


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