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100話 時間を超えて①

 家に帰ってきた。

 道中の足取りも重く、いつかのように公園で朝を迎えるのもよかったが、疲労感で体が重く、ベッドで眠りたい。あの時は家に帰りたくない理由があったが、今はない。


 玄関の扉を開くとリビングからテレビの音が聞こえてきた。親父が帰ってきているのだろう。親父には申し訳ないが、今は話す気力がない。俺はそのままリビングを素通りして、階段を上っていき、部屋に入る。


 そのままカバンをどさっと地面に落とし、ベッドに顔から飛び込む。

 いつの日かもこうして帰ってきて、そのままベッドに飛び込んだことがあったが、その時とは比にならないほど全身が重かった。おもりを背負って歩いているかのように体が重い。


「はぁ……」


 吐きたくもないため息が口から漏れる。

 しばらくの間、うつ伏せでベッドに顔を沈めこんでいた。

 10年後の未来で起こった出来事を追体験していくかのように頭の中で呼び起こす。というか、嫌でもあの景色が浮かんでくるのだった。


 俺は何を見せられていたのだろうか。

 本当に後味の悪い夢を見た時のような気分だ。ただ、それが夢ならばよかったと思うのみだ。


 俺が人を殺すということはこの前の未来でも理解していた。

 ただ、相手が美月だとは思ってすらいなかった。

 なんで俺が世界で一番大切な人を殺さなければいけないのか。


 ついさっきまでは2人で歩いてきたのだから、何か二人の間にあったというのは考えられない。ならば、俺たちが警察を呼んであの場所から離れている間に、何かあったと考えるのが妥当だろう。

 “俺が美月を殺さないといけなくなる”ような、何か大きな出来事が。


 そんなことを考えていると、階段を上ってくる足音が聞こえてきた。

 一段、一段とゆっくりながらも確実に近づいてくる足音。

 おそらくは親父なのだろうが、あんな体験をした後だ。その足音が妙に不気味で、恐ろしく感じた。


 ガチャ


 ノックされずに部屋の扉は開かれた。

 予想通りそこにいたのは親父だった。右手には何か大きな本を抱えていた。

 その本を無言で俺の目の前に差し出す。


「これは……?」


 表紙はしっかりとした素材でできており、卒業アルバムのように頑丈そうだった。


「ふと、思い出してな。昔、母さんが撮ってくれた写真だ。お前の結婚式で使ってくれと言っていた。あの感じだと、そう遠くはないだろう……」


 それだけをぼそりと吐き捨てるようにして呟き、俺に手渡すと、踵を返してその場を後にしていった。

 それを受け取った俺は、しばらく何もデザインのない表紙をじっと見つめていた。というよりも、その分厚さに驚いていた。

 何百ページあるのだろうか。手でつかんだだけで相当な写真が中に入っているというのが、厚さでも重さでも分かった。


 しばらくの間、開かずに手の中で重量感をひっそりと味わう。

 なんだか時間が経つにつれて、開くのが怖くなってきているような気がした。

 一体どんな写真があるのだろうか。

 恐る恐る、得体のしれない物体を見るようにして、表紙を開いた。


 そこには3人の写真が写っていた。


 生まれて1~2年くらいだろうか。小さなベッドの上で赤ちゃんが眠っていた。それを優しく見守るかのように、檻から大人二人が見つめていた。


 一人はすぐにわかった。親父だ。

 当たり前だが今よりずいぶん若く、何より活気にあふれていた。

 どちらかというと、俺を10年ほど歳をとらせた姿と言った方が近いのかもしれない。


 問題はもう一人の女性だ。俺と親父、ということはおそらく母さんなのだろうが。こんな顔だったのか、全然想像できない。

 母さんの記憶をもっと深くまで呼び起こそうとしたとき、ズキッと脳に痛みが走った。


 俺はこの痛みを知っていた。

 扉から出てきた時と同じ痛みだった。あの時よりかははるかに軽いが、痛み方というのだろうか、瞬間的な痛さは同じだった。


「うっ……」


 突如、全身を蝕むような吐き気に襲われる。耐えられなくなって、俺はその場で両肘を地面につき、必死に酸素をとらえようと呼吸をする。


 ゆっくり顔を上げると、歪な空間に見えた。普段何度も見ている自分の部屋が、まるで別の人の家の部屋に見えた。

 俺はさらに込み上げてくる吐き気を、歯を食いしばって抑えながら、勢いよく部屋を飛び出した。


 俺は何か目的があるわけでもないのに必死に夜の道を走って、走って走りまくった。

 それはまるで、家から逃げているようにも思えて、俺の心が痛んだ。


 スマホ確認し、急いで美月にメッセージを送る。


 ちょっと話したいことがあるから来てほしい。ここにいる 三代勇也

 20:14


 返事はすぐには来なかった。


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