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10話 夜の寂しさ

 結局何も手掛かりはつかめないまま、こちらの世界に戻ってきてしまった。一体何のために俺はあの時代に行ったのだろうか。

 そして頭を鈍器で殴られたような痛みを覚える。確か、1度目の時も同じような感覚に陥った。未来に行ったことによって、脳にダメージでもあるのだろうか。だが、痛みはすぐに和らいできた。ゆっくりと顔を上げると、そこには石田さんが立っていた。じっと扉のほうを見つめて動かない。


「石田さん、すまない。何もできなかった……」


 別れる前の自信はどこにいってしまったのだろうか。

 教室の窓から吹き込んでくる暖かい風が、身体中にまとわりつく。10年後の世界よりも日がさらに傾いている気がした。

 石田さんは先ほどから俺の言葉に反応もなく、もぬけの殻のようになっている。


「石田さん?」

「あっ、うん。どうかした?」

「俺、あの世界で何もできなかったんだ。一緒に行ってくれたのに申し訳ない」


 拳を強く握る。何も関係ない石田さんを巻き込んでおいて、申し訳なさでいっぱいだ。


「あ、そうだったんだ。分かった。じゃあ、また明日色々考えようか。それじゃあ」


 それだけ言うと、石田さんは机の上に置いてあったカバンを肩にかけ、足早に教室から飛び出していってしまった。


 やってしまった。


 身体中に重くのしかかる後悔の念は、俺をまるでこの場所に引き留めようと圧力をかけてきた。

 ふと見上げた夕日が眩しい。こんなに夕日とは眩しかったのだろうか。ゆっくりと窓際まで歩いていき、外の景色を眺める。普段過ごしている校舎が見えた。廊下には楽しそうに談笑しながら歩いている生徒や、ユニフォームを着て走っている生徒など様々であった。

 それを見ていると、一人だけ別の世界にいるような錯覚に陥る。

 例えるなら俺は観客で、校舎にいる生徒たちがキャストの舞台のようなものだ。

 観客は席から動くことはできず、ただじっとキャストの動きを見ているだけしかできない。逆にキャストは観客に干渉することはできないが、その舞台の中では役割をそれぞれが持ち、動き回ることができる。


「なんで、こんなことになるんだろうなぁ」


 ふと、弱音が漏れてしまう。いつもならある程度の理不尽は我慢できるのだが、昨日今日は何か大事なものがかみ合っていない。数学の問題のように手順通り計算をしていけば正しい答えにたどり着けるほど人生は甘くない。そんなの人一倍分かっているつもりだった。

 このままぼうっとしていても駄目だと思い、俺もカバンを拾い、扉に背を向けて教室から離れていった。

 だが、もちろん今日は家に帰りたい気分ではない。というか、親父に顔を合わせたくないのだ。夜は最悪ネットカフェに泊まるとして、それまではどこかで時間をつぶさなければいけない。どこに行くのがいいのだろう。そんなことを考えながらも、俺の足はある場所へと自然と向かって行っていた。


 足を止める。そこには小さな公園があった。学校から30分ほど歩いただろうか。電車だと3駅分くらいは歩いている。

 公園にある遊具はブランコだけで、あとは水道とベンチが置いてあるだけの殺風景だった。

 それを見ていると、なぜか心が暖かくなる。なんだか懐かしい気持ちになる。何故だろうか、子供のころに来た記憶もない。俺は吸い込まれるようにして公園の砂利を踏みしめて歩いていった。

 先ほどまで眩しいくらいに輝いていた夕日はもうどこにもいない。辺りは薄暗く、自分の影も見えないくらい黒色に包み込まれている。辺りに人の気配はない。俺はそれもあってかベンチにカバンを置いて、ブランコに腰かけた。両脇のチェーンを軽く握る。鉄のザラザラ感と冷たさが手に伝わってくる。そのまま空を見上げた。

 風がずいぶん心地よい冷たさになってきた。明日は少し冷えるのだろうか。もしくは雨が降るのか。雨が降る前の日は何とかって雲が出てくると聞いたことがある。雲にだって何一つとして同じ形なんてない。

 そんな至極どうでもいいことを考えていると、あっという間に時間が過ぎ去っていくのを辺りの暗さで実感した。

 流石にこの時間に制服を着て公園で一人遊んでいるところを見つかれば、補導されて学校と保護者に連絡がいってしまう。


「しまった、ネットカフェも制服だとは入れないか……」


 ふと、思い出した。駅の近くにあるネットカフェには昼間の時間帯によく行くことがある。幸い、身分証の提示などもなく外見のみで判断しているお店なので入れると思っていたが、現在の姿が制服なのを完全に忘れていた。流石に制服でこの時間通してくれるネットカフェはそうそうないだろう。

 となると、やはり家に帰るしか選択肢はなくなる。


「はぁ~」


 重いため息が口から零れ落ちる。今までの計画がすべて白紙になってしまった。親父がすでに寝ていればいいのだが、そうとも限らないだろう。今から気が重くなる。

 俺はぶらぶらと揺れていたブランコから降り、ベンチにカバンを取りに行く。

 そしてその場から離れようとしたとき、公園の入り口に人影が見えた。


「石田さん!」


 思わず声を上げてしまった。普段であれば、もし人違いだったらどうしようなど不安のほうが先行してしまうが、今はそんなことどうでもよかった。


「み……三代君⁉ どうしてここに……」


 石田さんは学校で別れた時と変わらず制服姿であった。


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