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4/5

☆☆☆

理奈が、下駄箱で靴を履きかえていると、後ろから、トン、と肩を叩かれた。

「おはよう、理奈!」

元気よく挨拶してきたのは、隣のクラスの、田村 優紀(ゆうき)だった。


「優紀、おはよ」

上履きに履き替えながら、理奈は返した。


優紀は、理奈や奈央と同じ町内の、別のバレエスクールに通っている。

住んでいる地域は同じなため、小学校の頃からの幼なじみだった。


小さい頃から、よくお互いの発表会を見に行ったものだった。


優紀は小柄だが、その踊りは大きく品がよく、周りとの協調性もあるため、動きを揃えるのが得意だ。


本人も一番好き、優紀のスタジオの公演の「白鳥の湖」では、実力を買われ、ソリストの大事な役である“四羽(しわ)の白鳥“を踊っていた。


その見事な揃いっぷりに感動したのを、理奈はよく覚えている。


「変わったカチューシャだね」

優紀が、理奈に切り出した。

理奈はここ最近、見慣れない銀色のカチューシャを身につけていた。


「そう?似合ってる?」

理奈が聞いた。

「んー」

優紀は少し考えたあと、

「地味すぎるけど、理奈はなんで似合うよっ」

優紀が言うと、理奈は「なにそれ」と言って二人で笑った。


「ところで、最近はずっとバレエの髪型なんだね」

優紀が話を切り替えた。

最近の理奈は、学校に登校するときから、髪をピタリときつめにアップにし、お団子に結んでいた。


そういえば、このカチューシャを身に着けだしたのもそのあたりからだ。

「そうかな?」

「そだよ。なんでー?」


「なんでって」

理奈は、少し黙ると、

「キソクだから」

冷たい声でそう答えた。

表情は無くなり、目は、どこか虚ろになっていた。


「キソク?スタジオの?」

優紀が返しても、

「こうしないといけないから」

とだけ答え、理奈は黙り込んでしまった。

「ふぅん」

と、優紀はどこか府に落ちていないようだった。


☆☆☆

武田 諒花(りょうか)は、朝練を終えて、部室で着替えていた。

バレーボール部の二年の諒花は、ここ最近、アタッカーとして、チームの主力となりつつあった。


しかし、諒花自身は、そのことに不満だった。


なぜなら、彼女がチームの主力となったのは・・・、


「ねぇねぇ、来たよ来たよ!」

数人の女子部員たちが、小声で笑いながら言うと、部室のドアが開き、一人の女子部員が入ってきた。


3年の、大木真琴だった。


「お疲れ様です!」

後輩の女子部員たちが、並んで挨拶すると、

「お疲れ様〜」

と、真琴はにこやかに笑って、自分のロッカーに向かった。


しかし、真琴が通り過ぎたあと、女子部員たちはそれぞれに顔を見合わせて、クスクスと笑っている。


その理由は、真琴の“髪型“だった。


数日前、真琴は急に、髪を短く切り込んできた。

ウチのバレーボール部は、その辺の、いわゆる強豪校とは違い、「女子であっても短髪」という決まりはなく、自由だ。


よって、ほとんどの部員が長めに伸ばした髪を、練習役割試合の時にはポニーテールに結んでいた。


もちろん、ショートカットでも良いには良いが、真琴の場合は、少し違う。


真琴は、前髪も後ろ髪も真っ直ぐに切り揃えたおかっぱ頭になり、さらにストレートパーマまで当てられ、まるで日本人形のような髪型になっていたのだ。


そのうえ、真琴は髪の上から、銀色の地味なカチューシャを身につけて髪を押さえつけていたため、よりおかっぱ頭が際立つこととなっている。


「なにあれ〜」

「だっさ」


真琴の髪型に、たちまち女子部員たちは、陰で彼女を笑い者にし始めた。


今も、後ろから真琴を指差し笑っている同級生たちに、諒花は不快な気持ちになった。

(みんな、あんなに真琴先輩のことを慕っていたのに)


だが、真琴がそうやって、後輩たちから笑われるようになってしまったのは、髪型のせいではなかった。


同級生たちがクスクス笑っているのが、我慢できず、諒花は真琴に近づいた。


「真琴先輩、お疲れ様です」

「あ、諒花、お疲れ様」

諒花が挨拶すると、真琴は他の後輩たちにした時と同じように笑いかけた。


「真琴先輩、なんでそんな髪型にしたんですか?」

諒花は単刀直入に切り込んだ。

同級生たちが驚いて顔を見合わせる。

「え?」

真琴も着替えながら、驚いたように聞き返した。

「なんか、前の方が良かったっていうか」


ストレートに言う諒花に、真琴は下着姿のまま振り返った。

その顔には、先ほどまでの笑顔はなかった。


しかし、怒っている、というわけでもない。


なんというか、表情そのものが消え去り、真琴の感情が全く読めなくなっていた。


諒花は、真琴のこんな表情は見たことがなかった。

「あ、あの、すみません、気に触ったなら・・・」

「キソクだから」

諒花が謝るのを遮り、真琴花火冷たい声で言った。

「えっ、キソク?」

「そうしないといけないから」

真琴はそう答えると、またロッカーに向き直り、着替えを続けた。


☆☆☆

理奈は、下駄箱で急いで靴を履き替えていた。

登校時とは打って変わり、理奈は焦っていた。

ホームルームで、担任の話が、いやに長くかかって、いつもより少し遅い時間だった。

それでも、バレエのレッスンにも、余裕で間に合う時間ではあるが、理奈は心臓が早鐘を打つほどに急いでいた。


(はやく、はやく学校から出ないと・・・)

そう思い、スマホを見ると、まもなく15:59と表示されている。


(はやくしないと!“アレ“を誰かに見られたら・・・)

「やっほー、理奈!今からレッスン?アタシもだよ〜」

優紀が、朝と同じように後ろから話しかけてきた。

「ずいぶん急いでるみたいだけど、理奈のスタジオって、そんなに時間、早かったっけ」

「優紀、ゴメン、私、いまちょっと」


そこまで言った時、理奈の頭にビリリと電流が(ほとばし)った。

「あ」

と、(かす)かな声を上げたきり、 理奈は完全に停止した。


「り、理奈・・・?」

優紀の声に反応してなのか、理奈はスッと背筋を伸ばした。


理奈は針金のように直立し、両足をピッタリと揃え、両腕は体の横に張り付くように添えられ、お手本のような“気を付け“の姿勢になった。


斜め45度上に向けられた顔は、能面のように無表情で、虚ろな目は、真っ直ぐ前を見つめていながらも、何も映していなかった。


このとき、理奈の思考は一切停止し、頭の中は空っぽになっていた。


その空っぽの頭に、銀色のヘアバンドを通して、司令が出される。


----16:30 登校

16:40着替え、掃除

17:30 授業開始----


「り、理奈、だいじょう・・・」

動かなくなった理奈を心配し、優紀が声をかけると、

「ジューロクジ、ハン、トーコー」

理奈が、機械のような声で何かを読み始めた。

「へ?」

戸惑う優紀を尻目に、理奈は喋り続ける。


「ジューロクジ、ヨンジュップン、キガエ、ソージ」

「理奈?ねえ、理奈!?」

「ジューシチジ、ハン、ジュギョー、カイシ」

「授業?授業って、なんの授業よ?バレエのレッスンに行くんじゃないの?」


必死に話しかける優紀を全く無視して、理奈はクルリと方向を変えると、スタスタと歩きだした。


両腕を体の横に添え、“気を付け“の姿勢のまま、脚だけを動かして。


「り、理奈っ!」

優紀が呼び掛けるのも聞かず、理奈はズンズンと歩いて行ってしまった。

優紀が追いかけようとしたとき、何かが優紀の足に当たり、カラカラと転がった。


それは、理奈が持っていたスマホだった。


☆☆☆

「真琴先輩!」

廊下で真琴を後ろから呼び止めたのは、諒花だった。

「真琴先輩、今日は、放課後練、来ますよね?」

諒花は、真剣な顔で真琴に聞いた。


真琴は、ここ数日、バレーボール部の放課後練習を無断で欠席していた。


三年生にとっては、最後の試合となる夏の大会を目前に控えたこの時期、当然、チームからも監督からも、練習に参加するよう、散々にわたって注意がありながらも、無断欠席は続いた。


真琴は主力メンバーとしての活躍に疑問を持たれ、監督は、同じポジションの二年生である諒花をレギュラーに置いたチーム作りを進めていた。


そんな折、真琴は突然、例の“日本人形“のような髪型になって現れた。


さすがにその奇行に、真琴をかばう者もいなくなり、真琴はすっかり部内の日陰者となり、陰でその独特な髪型を笑われるようになった。


チームからの信頼も、ポジションも失い、サブメンバーとなっても、真琴は朝練には顔を出し続けた。


「どうせ試合にも出られないし、やる気ないなら、さっさと辞めちゃえばいいのに」

「引退まで待てば、内申点が上がるから、それ狙ってるんじゃない?」

そんな風に陰口を叩く者もいたが、諒花はそうは思わなかった。


練習中の彼女の姿を見れば、諒花には、真琴が、やはり誰よりもバレーボールに全力を注ぐプレイヤーにしか見えなかった。


だからこそ、諒花はなんとか、真琴にレギュラーに戻って来てほしいのだ。


そして、本当に実力で、真琴のポジションを受け継ぎたいのだった。


「お願いします!放課後練、来て下さい!」

諒花は真琴に思いを伝え、頭を下げた。


「真琴先輩なら、すぐレギュラーに戻れます!あたし、真琴先輩の最後の試合が見たいんです!」

言いながら、諒花の目が涙ぐんでくる。


「諒花・・・」

真琴も、そんな諒花の言葉に、胸打たれたようだった。

「諒花、あのね、アタシ」

そこまで言ったところで、時計の針が16:00を指した。


「ああっ!」

真琴は急に、頭を押さえ、ガクリと項垂(うなだ)れた。


「ま、真琴先輩!?」

諒花が駆け寄ると、真琴は頭を押さえたまま、何かを呟いていた。


「アタシ、バレーボール、練習・・・」

真琴は、まるで何かに抗うように、頭を振っている。

「真琴先輩っ!大丈夫ですか?」

「アタシ、バレーボール、練習、した、いいいいいイイイィィィィィィ!!」


そう叫ぶと、真琴は沈黙し、スッと背筋を伸ばした。


その表情は、先ほどまで苦しんでいたとは思えないほど、一切の感情が抜け落ちたようだった。


「ま、真琴先輩・・・?」

諒花が喋りかけても、真琴は反応せず、沈黙したままだ。


そして、やがて真琴は口を開いた。

「ジューロクジ、ハン、トーコー。ジューロクジ、ヨンジュップン、キガエ、ソージ」

それは、恐ろしく機械的な声だった。


「真琴先輩、なに言ってるの?」

諒花の声に反応を示さず、真琴は喋り続ける。

「ジューシチジ、ハン、ジュギョー、カイシ」

そこまで言うと、真琴はクルリと方向を変えた。


真琴は、長い両腕を体にピッタリと付けた“気を付け“よ姿勢のまま、校門に向かって歩き出した。


「真琴先輩!どこ行くんですか?練習に来て下さい!真琴先輩っ!」

しかし、真琴はもう諒花には一切の反応は示さず、虚ろな目をまっすぐに前に向けたまま、立ち去ってしまった


「真琴先輩・・・」


遠ざかっていく真琴の背中を見つめながら呟く諒花の目には、大粒の涙が溜まっていた。


★★★

夢埜坂哥劇團付属(ゆめのざかかげきだんふぞく)夢埜坂哥劇學院(ゆめのざかかげきがくいん)“。


その年季の入った、古びた建物の校門は、その日二度目の開門の時間を迎えた。


髪をキツいお団子に結び、黒いレオタードにピンクのタイツ姿の二人の少女が、校舎から出てくると、錆び付いた観音開きの巨大な門を開いた。


少女たちは、門を開ききると、そこで直立不動になり、虚ろな目で立ち尽くした。


程なくして、幾人もの女性たちがやって来て、門をくぐってきた。

校舎の頂点に見える、大きな時計塔は、きっかり16:30を指していた。


女性たちは、私服を着た、大学生くらいの者もいたし、制服姿の女子高生や、女子中学生もいた。


制服姿の少女たちは、実に様々な制服の者がおり、市内全土の学校から集まってきているようだった。


ただ、全員に共通するのは、彼女らの全てが、門を開けたレオタードの少女たちと同じように虚ろな目で、感情を失くしているかのような無表情であることだった。


加えて、あるものは、少女たちと同じようなキツいお団子髪で、ある者は、真琴のように、日本人形のような、おかっぱ頭をしており、全員同じ銀色のカチューシャを頭に着けていた。


おかっぱ頭の少女たちは、お団子髪の少女たちより、幾分背が高いように思えた。


門をくぐると、少女たちはそれぞれ、レオタードの少女に向き直り、

「ハヨウゴザイマッ!」

と甲高い声で挨拶すると、90度に上半身を曲げて挨拶した。


一組目の少女たちが通りすぎると、また後ろの少女が、レオタードの少女たちに向き直り、

「ハヨウゴザイマッ!」

と挨拶した。

が、やはりレオタードの少女たちは全く反応を示さない。


そんなことがしばらく繰り返されていると、同じように校門をくぐってきた少女の中に、理奈と真琴の姿があった。


理奈と真琴も、虚ろな目をまっすぐに向けたまま、両腕をピッタリと体の横にくっつけ、脚だけを動かして歩いていた。


そして、レオタードの少女たちの前に来ると、クルリと体の向きを変え、やはり上半身を90度倒した。


「ハヨウゴザイマッ!」

甲高い声を揃えて挨拶をすると、また直立姿勢に戻り、体の向きを変えると、二人は校舎に入って行った。


時計が16:40を指す頃、レオタードの少女たちは、校門を再び固く閉ざした。


もう、この時間以降に入ってくる者はいない。


レオタードの少女たちは、先ほどの少女たちと同じように、両腕を体の横にピッタリと付け、脚だけを動かして、校舎の中へと戻って行った。


★★★

(むすめ)役“更衣室の端に、制服やカバンを無造作に積み上げると、お団子髪の少女たちは裸になり、ピンクのタイツと、黒いレオタードに身を包んだ。


レオタードは少しサイズが小さく、彼女たちの胸やお尻の形をしっかりと浮き立たせ、タイツは普通のバレエのタイツよりも不自然なほどのピンク色で、黒いレオタードと相まって奇妙なコントラストを生み出していた。


少女たちのレオタードの胸元には、手書きの数字の書かれた紙が貼られていて、理奈の数字は“2118“だった。


着替えを済ませると、理奈たちはザッと列を作った。

先頭の、女子高生の数字が“2101“と最も小さく、最後尾に立つ理奈の数字が最も大きかった。


列を作ったまま、“雌役“更衣室から出ていくと、隣の“(おとこ)役“更衣室から、時を同じくして、レオタード姿の少女たちが、列を成して出てきた。


こちらの少女たちは、髪がツヤツヤになるほどに、オールバックにガッチリと固められ、まるで昭和のトレンディドラマやVシネマに出てくる二枚目男優のような出で立ちになっていた。


この學院では、“雌役“はお団子髪、(おとこ)役のはこの髪型と決められており、この髪型を作るのに最も効率が良いのが、日本人形のようなおかっぱ頭なのだ。


髪を固めるのにも、昔ながらのポマードが大量に使われているらしく、雄役たちの髪には、独特な臭いと、光沢感が漂っていた。


真琴自身も、すっかり昭和男優の出で立ちになっており、“2119“と書かれたレオタードの胸元を、どこか誇らしげに突き出して、歩いていた。


手書きの数字の、レオタードの一団は、しばらく列を成して廊下を歩き、やがて散り散りに分かれていった。


★★★

数分後、理奈は、とある場所のトイレを掃除していた。


レオタードにタイツで、手袋なども一切着けず、タワシやブラシで、便器や床はもちろん、個室の扉の隙間に至るまで、一心不乱に磨いていた。


やがて、トイレのドアがガチャリと開き、一人のレオタードの少女が入ってきた。お団子髪を見ると、雌役のようだ。


胸元には、手書きではなく、印刷された文字で“2095“と書かれている。


“2095“の少女が入ってくるや否や、理奈は弾けるように直立姿勢になった。


「セーソー、シューリョーノッ、ジカンデッ☆」

“2095“の少女は、理奈たちと同じような、しかし、語尾に明らかなイントネーションの違いを含ませた口調で言った。


「“ニセン、ヒャク、ジュー、ハチバン“!セーソーノッ、セーカヲッ、ミセナサッ☆」

「ハイッ!センパッ!」

“清掃の成果を見せろ“。そう指示された理奈は返事をすると、個室に入り、便器の前に(ひざまず)くと、あろうことか、その顔を便器の中へと突っ込んだ。


便器は、理奈の手で綺麗に磨かれていたため、不潔なところは無かったが、それでも躊躇われそうな行為を、理奈は命令に従い、全ての個室の便器にやってみせた。


再び、理奈が“2095“の少女の前に直立すると、“2095“は、理奈の“清掃の成果“には何も触れず、

「シューゴー、シナサッ☆」

と指示を出した。


「ハイッ!センパッ!」

先ほどと同じように甲高く返事をすると、理奈は掃除道具を片付け、トイレを出ていった。


★★★

預科(よか)及」と書かれた教室に、理奈たちは集合し、扉の前に整列していた。


その中には、顔やレオタードが誇りまみれになった者もいた。


少女たちは、それぞれ別の場所で清掃をしており、理奈がされたのと同じように、「清掃の成果」を見せるよう命令を出された。


それに従い、彼女たちは、床に寝そべったりなど、わざと汚れる行為を繰り返させられた。


もしも、清掃が行き届いていなければ、自らが汚れてしまうというわけだ。


理奈の横に立つ“2119“、真琴も、顔や手やタイツに、黒い(すす)のようなものを付けていたが、そんなことは全く気にせず、直立不動を保っていた。


教室の扉が開くと、黒いレオタードの集団がゾロゾロと入ってきた。


お団子髪の者の雌役もいれば、オールバックの雄役もいる。


そして全員が、頭に銀色のヘアバンドを着けていた。


理奈たちと違うのは、胸元の数字が、印刷されたものであることと、理奈たち以上に、どんよりとした、生気のない目をしていることだった。


中には、先ほど、理奈に顔を便器へ突っ込ませた少女もいた。


彼女たちは、夢埜坂哥劇學院の“預科及生“。つまり正式な学院の、いわゆる一年生の生徒だった。


預科及生たちが入ってくると、


「ハヨウゴザイマッ!」

理奈たちは甲高い声で挨拶し、上半身を90度に倒した。


預科及生の一人ひとりに対し、その挨拶をするので、

「ハヨウゴザイマッ!ハヨウゴザイマッ!ハヨウゴザイマッ!」

と、直立姿勢に戻っては、またすぐに挨拶をして、という具合に、数分間、上半身をブンブンと振り回すようになった。


預科及生たちは、理奈たちの挨拶を完全に無視すると、理奈たちの後ろに同じように整列した。


程なくして、また扉が開き、今度はジャージ姿の一人の女性が入ってきた。


「ハヨウゴザイマッ☆リンリンセンセッ☆」

預科及生の一人が、独特なイントネーションで挨拶すると、

「ハヨウゴザイマッ☆リンリンセンセッ☆」

他の預科及生たち。

そして、

「ハヨウゴザイマッ!リンリンセンセッ!」

と、理奈たち手書き数字の生徒が続いた。


リンリンと呼ばれた女性は挨拶を無視して、教室の中央に立つと、レオタードの生徒たち全員が、素早くその前もって並んだ。


「は〜イ、それでワ、午後の授業(クラス)を始めま〜ス」

リンリンは、ズーシェンやチェンと同じようなイントネーションで、気のない声で言った。


「ネガイシマッ☆」

「ネガイシマッ!」

預科及の生徒たち、そして、手書き数字の生徒たちが、声を揃えて挨拶し、また90度に上半身を倒した。


「え〜ト、そうだワ、午後の授業(クラス)ワ、“体験入学“のコを使うんだっケ」

リンリンは何やら一人言を呟きながら、首に着けている、銀色のペンダントをいじった。


「いまいちまダ、使い方がわからないのよネ〜」

そう言って、リンリンはペンダントのボタンをピッ、と押した。


理奈の隣に立っていた真琴が、グン、と背筋を伸ばすと、まるでゼンマイ仕掛けのようにギクシャクと歩いて、リンリンの前に立つと、生徒の方へ振り返った。


「今日のリーダーはアナタヨ。よろしク♪」

リンリンがそう言った瞬間、その言葉に反応するかのように、真琴の目がグルリと裏返り、白目を剥いた。


白目を剥いた真琴は、サッと右手を挙げた。


「ワッハッハタイソウ、ジュンビッ!」

真琴が大きな声で言うと、他の生徒たちはサッと広がり、半円の隊形になった。


生徒たちは、タイツに包まれたピンクの脚を肩幅に開き、両手を、乳房の形がクッキリ浮き出た、レオタードの胸元に添えた。


「ワッハッハッ!」

真琴がまた大きな声で言うと、

「ワッハッハッ!」

他の生徒たちも負けじと繰り返した。

「ワッハッハッ!」

「ワッハッハッ!」

「ワッハッハッハッハッハッハッ!」

「ワッハッハッハッハッハッハッ!」


声を張り上げる度、レオタード姿の四肢の肉が、プルンプルンと揺れた。

いつの間にか、生徒たちは全員、白目を剥いて、満面の笑みで声を張り上げている。


「ワッハッハッ!」

「ワッハッハッ!」

「ワッハッハッハッハッハッハッ!」


「アタシ、この体操、うるさいから嫌いなのよネ」

リンリンはそう言うと、さっさと教室から出ていった。


リンリンがいなくなっても、白目を剥いた、黒いレオタードの一団は、しばらく体操を続けた。

「ワッハッハッ!」

「ワッハッハッ!」

「ワッハッハッハッハッハッハッ!」


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