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☆☆☆

ズーシェンがドアをノックする音で、理奈はふと我に返った。

理奈は今まで、自分はズーシェンの後ろに張り付くようにして、歩いていたのだと理解した。


そして、自分の数歩前には、真琴の背中が見えた。


真琴の姿を見て、理奈は、自分の体をピッタリと包み込む感触の正体がわかった。


真琴は、黒の長袖のレオタードにピンクのタイツを着ていた。

レオタードは背中がかなり広くオープンになったタイプで、真琴の肩甲骨のあたりから、筋肉質な背中が(あらわ)になっていた。


また、お尻のカットがかなりキツめで、かなりのハイレグ仕様であることがわかった。


その証拠に、真琴のレオタードのお尻は、ピンクのタイツに包まれたお尻の肉が、プリンとはみ出していた。


そして恐らく、理奈も、同じ格好をしているのだろうと思った。


ズーシェンに言われるがままに裸になり、ズーシェンの“ご褒美“を受けるところで意識が無くなった。


それから今までに、どれだけの時間が経ったのかは分からないが、少なくとも確実に言えるのは、自分たちが、紛れもなく「夢埜坂哥劇學院の制服であるレオタード着ている」もいうことだった。


それの意味することは、言うまでもなく理奈には分かった。


「入りなさイ」

ドアの向こうから、男性の声が聞こえてきた。


「失礼致しまス」

ズーシェンはドアを開けて、部屋の中に入ると、二人にも中に入るように促した。


理奈と真琴は、両手をぴったりと体の横につけたまま、両足だけを前へと動かし、部屋へと入った。


もちろん、それは彼女たちの意思によるものではなく、やはり勝手に体が動いてしまうのだった。


部屋の中は、先ほどまでいた応接室のような部屋と類似していたが、この部屋は、真ん中に大きな机がひとつ置かれているだけだった。


その机には、高そうなスーツを着た、初老の男性が座っていた。


その男性に向き合うように、理奈と真琴は“気を付け“の姿勢で立った。

「チェン校長。お連れしましタ」

ズーシェンが言うと、チェン校長と呼ばれた男性は、冷たい目で二人を見つめた。


「この二人ガ、例ノ?」

チェンが、恐ろしいくらい感情の無い声で、ズーシェンに聞いた。

名前からも大体想像ができたが、彼の話す言葉も、ズーシェンと同じようなイントネーションだった。


「ハイ。學内に侵入してきた少女たちでス。オマエたチ、校長先生様ニ、ご挨拶しロ」

「ハヨウゴザイマッ!チェン、コーチョーセンセッ!」

ズーシェンに命令されると、二人は即座に、甲高い声で挨拶をした。


理奈は、自分でも出したことのない大きさの声に、改めて驚いた。

先ほどは、感情が抜け落ちたように、何も感じられなかったが、今の理奈は、この異様な状況に、ハッキリとした恐怖を抱いていた。


(まるで、本物の“夢埜坂“の生徒になったみたい・・・)

この言葉だけとれば、憧れの夢埜坂に入った少女の喜びの声のように聞こえるかもしれないが、理奈にとっては、全く違う意味があった。


(つまり、夢埜坂の生徒たちって・・・)


そんな理奈の思考とは裏腹に、理奈と真琴は、ピタリと揃った動きで、上半身を90度に倒した。


ハイレグレオタードのお尻が、さらに食い込んで来るのが感じられた。


「思ったよりモ、良い仕上がりじゃないカ」

チェン校長は、声色も表情も全く変えず、ズーシェンに言った。


「ありがとうございまス。特にこちらノ、“オオキ マコト“ワ、支配(コントロール)されることに耐性が無ク、操りやすいでス」

ズーシェンの説明に、チェンはうんうん、と頷いた。

「バレーボール部カ。日本の學校や部活動などの集団教育ワ、支配さレ、操られることを美徳とすル、天性の“傀儡(クグツ)“を作り出してくれル。ありがたいことダ」

傀儡(クグツ)呼ばわりされても、真琴は直立不動を続けていた。


確かに、真琴は今の、体が操られてしまう状況に、すぐに順応していったように思えた。ズーシェンの命令に従順に従い、まるでラジオのチューニングのように、声のトーンまで変えられてしまった。


真琴も、理奈のように意識を取り戻しているのだろうか?それとも・・・。


「でワ、こちらの少女ワ、そうでもないト?」

チェンが、理奈の方に目線を移した。

「ハイ。“オオキ マコト“と比べれバ、こちらの“キンジョウリナ“ワ、支配(コントロール)までに時間を要しましタ。ですガ、今は完全に操作下にありまス」

ズーシェンは、理奈の後ろに回り、理奈の両肩を抱いた。


「返事モ、良くなったナ?」

「ハイッ!ズーシェンセンセッ!ゴシドーッ!アリガトウゴザイマッ!」

理奈の口は勝手に動き、支配(コントロール)されることへのお礼を述べた。


ズーシェンは嬉しそうに、後ろから理奈の胸に手をやった。

理奈の脳裏に、色々な(なまめ)かしい感覚が、フラッシュバックする。


「あっ」

理奈が少し吐息を漏らすと、

「ん?」

ズーシェンは少し怪訝な顔を見せた。


「こラ、ズーシェン。今はよさないカ」

チェンに言われ、ズーシェンは両手を理奈から放した。

「申し訳ありませン」


チェンは、改めて二人に視線を移した。

「問題ワ、この二人ガ、我が哥劇團に相応しい人材かどうかダ」

チェンはそう言うと、手元の資料に目をやった。


「“キンジョウ リナ“ワ、バレエ経験者カ」

チェンが言うと、ズーシェンはニヤリと笑って頷いた。

「えエ。しかも、“くらら“と同じスタジオで学んでいまス」

ズーシェンに、言われ、チェンは「“くらら“、“くらら“・・・」と呟きながら、手元の冊子をパラパラとめくった。


そして、当該ページを見つけたのか、手を止めて、おお、と唸った。


「彼女もなかなかに対応力があったナ。この娘モ、期待できるということカ」

どうやら、ズーシェンは理奈と真琴の素性を全て知っており、それは、チェンの持つ冊子に全て書かれているらしかった。


だが、先ほどズーシェンが言った“くらら“という人物については、理奈にも記憶がなかった。

だが、ズーシェンとチェンの話と照らし合わせると、“くらら“とはもしかして・・・。


そこまで考えたところで、理奈の頭は、また真っ白になる。

理奈の体に、ズーシェンが再び触ったのだ。


ズーシェンが、舐めるように、レオタードに包まれた理奈の体に触れると、理奈はスッと姿勢を正した。


「バレエを踊ってみロ」

ズーシェンが短く命令すると、理奈の頭の中で、何かがガチャンと、スイッチが入るように切り替わった気がした。


バレエを踊らなければならない。


今ここで。


それ以外に、何も考えてはならない。


「ハイッ!ズーシェン、センセッ!」

甲高く返事をすると、理奈はサッと脚をクロスし、バレエの“5番“というポジションになった。


両手をレオタードのVラインに添え、目線が斜め上になるように、顔を上げる。


クラシックバレエの“準備のポジション“だ。


理奈が“準備のポジション“を取ったのを確認すると、ズーシェンは手拍子を始めた。


「5(ゴッ)!6(ロッ)!7(シッ)!8(ハッ)!」

ズーシェンの手拍子とカウントに合わせ、理奈の体は踊り始めた。


腕をしなやかに動かし、脚は力強く床を踏み、そして、表情は常に穏やかな笑顔を浮かべている。


跳び、回り、脚を上げ、最後には片膝を着いて、両腕の肘を軽く曲げた、優雅なポーズで、理奈は踊り終えた。


自分の意思で踊っていたわけではないが、理奈は我ながら、なかなか良い踊りだと思った。


しかし、


「ハハハ!やはリ、全然ダメだナ!」

ズーシェンが手を叩きながら嘲笑した。

「“くらら“もそうだっタ!オマエラの踊りワ、我が“哥劇團“ニ、まったく相応しくなイ!」

ズーシェンに、自分の踊りを侮辱され、理奈は悔しさや悲しさが込み上げてきたが、笑顔でポーズを取ったまはま、動くことができない。


そうするうち、ズーシェンが理奈の額のヘアバンドに触れた。

「いいカ、オマエワ、“傀儡(クグツ)“なのダ。傀儡は、表情などなイ。ただ、口をパクパクとさせるのみダ」


ヘアバンドを通して、ズーシェンの言葉が理奈の頭に響くと、理奈はそれを“思い出した“。


そうだ、自分は“傀儡(クグツ)“なのだ。

傀儡が、こんな笑顔で踊るはずがない。


たちまち、理奈の顔から表情が抜け落ち、目は生気のない虚ろなものとなった。


「その調子ダ。“傀儡(クグツ)“ワ、糸に操られて動くだけの人形ダ。こんなにしなやかな動きはしなイ」

ズーシェンが言うと、優雅に曲げられポーズを取っていた理奈の腕は、まるで一本の棒切れで出来ているかのように、指の先までピン、と伸ばされた。


「良くなっタ。そのまマ、もう一度、最初のポーズになってみロ」

ズーシェンが言うと、理奈は言われた通り、口をパクパクと開閉し、さながら腹話術の人形のように返事をした。

「ハイッ、ズーシェン、センセ」


そのまま、見えない糸に引っ張られるかのような(いびつ)な動きで、理奈は立ち上がり、また“準備のポジション“になった。


しかし、両腕はピンと伸ばされ、無表情な顔は不自然に上を向き、虚ろな目は、見開かれているが何も映してはおらず、さきほどと同じポーズとは思えないほどだった。


「ゴッ!ロッ!シッ!ハッ!」

再びズーシェンのカウントが始まると、理奈はまた踊り始めた。


やはり、同じ踊りとは思えないくらい、ギクシャクとした動きで、しなやかさや優雅さなど全くない踊りで、最後のポーズも、崩れ落ちるように乱暴に座り、無表情な顔だけがグリンと上に向けられた、なんとも無様なものだったが、


「ブラボー!それこソ、“傀儡(クグツ)“の踊りダ!」

ズーシェンは笑って拍手をした。

チェンも、表情こそ変えないが、うんうん、と頷いている。


無様なポーズを取りながら、ズーシェンに褒められて

理奈の胸はポッと熱くなる。


ズーシェンが理奈に今一度命令し、直立姿勢に戻すと、チェンが口を開いた。


「この娘モ、対応力はまずまずだナ。外見(ルックス)もなかなかだシ、美少女路線の(おんな)役になる素養はあるナ」

そう言って、チェンは今一度、真琴に目線を移す。


「問題ワ、こっちの“デクの棒“だナ」

チェンが言うと、ズーシェンが苦笑した。

「そのような言い方ワ、お控えくださいナ。忠誠心ワ、人一倍なのでス」

ズーシェンの返しを聞いてか聞かずか、チェンは手元の冊子に目を落とす。


「ダンスの経験モ、芝居の経験もなイ。使い物になるのカ?」

チェンが眉をひそめて言う。

「体格も大きいですシ、スポーツ選手ですのデ、育てれバ、(おとこ)役に鳴り得まス」


チェンはもう一度、手元の冊子と真琴を見比べた。

「うム、確かに身体能力は高そうダ。お前の“この技術“が完成すれバ、事実上、ダンスも芝居モ、練習など不要になるからナ」

チェンが言うと、ズーシェンは不敵に笑った。


「そうなるト、この娘の問題ワ、“太い“というところだけでしょうカ」

ズーシェンに合わせ、チェンはまた、うむ、と頷く。


「完璧な体型ワ、“ユメノザカ“の命。なんとかなりそうカ?」

チェンが言うと、ズーシェンは自信たっぷりに頷いた。

「もちろんでス。すぐニ、こんな醜い体型からは卒業させてやりましょウ」

二人のこの言葉を、理奈は心底酷いと思った。


真琴は太っているわけでもなんでもない。バレーボール選手として、相応の体格と筋肉をつけているだけだ。


それを“太い“と称して、散々な言い様をされても、真琴は虚ろな目でまっすぐ前を見つめたまま、直立不動だった。


「結局はオマエ次第ダ。さっさと痩せるようニ」

ズーシェンの理不尽な言葉に、真琴はサッと背筋を伸ばす。

「ハイッ!モシワケ、アリマセッ!ズーシェン、センセッ!」

真琴は90度体を倒した。


「わかっタ。とりあえズ、次の“入学期“まで、訓練を続けて見よウ。無理そうなラ、そのあとの処遇ワ、それから考えてル」

チェンが言った。


「ありがとうございまス。オマエラ、良かったナ。校長先生のご慈悲に感謝シ、お礼申し上げロ」

ズーシェンが言った。


彼らの話の内容の細かいところまでは理解できないが、理奈にはなんとなく話が読めた。

それは、理奈たちにとっては、絶望的な未来が決定付けられたということだった。


理奈たちは、“夢埜坂哥劇學院“に、入学させられるのだ。


しかも、ズーシェンたちの意のままに操られる“傀儡(クグツ)“として。


そんな最悪な事実を突きつけられても、理奈と真琴は素早く90度体を倒す。

「アリガトウゴザイマッ!チェン、コーチョー、センセッ!」


再び直立姿勢に戻った二人に、チェンは鋭い眼光を飛ばす。


「オマエタチにワ、まずは“ユメノザカ生“としての心構えヲ、胆に銘じてもらウ」

そう言って、チェンはスーツのジャケットから、何かを取り出した。

それは、白い、丸い板だった。


「これの形ワ?」

チェンが聞くや否や、真琴と理奈の口が同時に開く。

「マルデッ!チェン、コーチョーセンセッ!」

完璧に揃った声で、理奈と真琴は答えた。

「これの色ワ?」

「シロデッ!チェン、コーチョーセンセッ!」

同じように二人が答えると、チェンは首を振った。


「間違いダ」

チェンは短く言う。

理奈には、どういうことか理解できない。


「例え丸いものでモ、ワタシが四角と言えバ、それが正解ダ。例え白いものでモ、ワタシが黒と言えバ、それが正解ダ」

チェンが厳しい声色で言う。

「“先生“と名のつくもの。先輩、パトロン。これらの存在の示すことだけガ、オマエタチにとっての真実ダ。オマエタチ自身の常識や認識なド、全くもって必要なイ。これは四角デ、色は黒。もう一度、答えてみロ」


「ハイッ!チェン、コーチョーセンセッ!コレワッ!シカクデッ!」

「イロワッ!クロデッ!」

理奈と真琴は、言われた通りに答えた。


自分たちの常識さえも剥奪されてしまった理奈たちだが、すでに理奈は、チェンの意向に背くことができない。


(これは、四角で、色は黒・・・)

理奈は、どうしても、チェンの持つ図形を、それ以外に認識できなくなっていた。

(これは、四角で、色は黒・・・)


その瞳に、白い丸を映しながら、理奈は頭の中で何度もそう唱えた。

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