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アナの決断は早かった。
というよりは元よりそのつもりだったのだ。
王弟殿下の覚えもめでたく、その武を認められ仲間たちにも信頼されるロビンは貴族社会に上手く溶け込めさえすれば、もっと良い縁があったのかもしれない。
見目だって悪くない。
貴族的な優美さはまだ足りないと思うが精悍であるし、それがきっと多くの令嬢たちの心を奪うに違いない。
対するアナは自身が傷物と呼ばれ、突出した才もなく、実家はそれなりに裕福ではあるがそれだけだ。
それなのに『そんなアナを』彼は求めてくれている。
まだ貴族として外に出ていないから何も知らないだけと言えばその通りだ、それに甘えてしまっては後に傷つくのはまたもや自分かもしれない。
それでもアナは、ロビンが良かった。
常に彼女の隣に立って、共に何かしようと言葉も、態度も尽くしてくれる。
前を行き過ぎるでもなく、引っ張るだけでもなく、そうして一緒にいようとしてくれる姿勢の彼がアナには何より尊く、愛しい。
「私を貴方の妻にしてください、ロビン様」
「アナ嬢……!」
そうして二人は内々に、婚姻した。
平民と貴族女性の婚姻は、まあそれなりに手続きが必要だ。
アナはベイア子爵家に籍を残しつつ、叙爵予定の平民に嫁ぐため一旦は平民という扱いになった。
その件でヴァンダ書記官と共に王都へ足を運ばねばならなくなったベイア子爵には大変迷惑をかけてしまったとロビンもアナも恐縮したが、叙爵すると言って音沙汰のない上が悪いのだと笑って二人を祝福してくれた。
当面はこの件が漏れてあれこれ言ってくる人間が現れては敵わないので、二人は新婚ながらにベイア邸で暮らすこととなった。
元より恋人期間からいずれは結婚するものとしてみていたので、ロビンはすでにベイア家の一員であったため、特に使用人たちも含めあまり変化はなかった。
ただお世話になっている王弟殿下にはそっと手紙を出し、いつか結婚式を改めて行うこと、叙爵が待ちきれなくてとった行動を恥じていること、祝福してくれたら嬉しいことを伝えた。
これできっとあちらも動いてくれるだろうとアナは予想しているが、ロビンは素直に慕う上官に祝ってもらえたらいいなあという雰囲気であった。
平民の結婚そのものは、貴族のそれよりも簡易的なものだ。
いずれロビンが叙爵され貴族となる時には、アナもまた貴族に戻すといった手続きを踏まなければならないが、やりようがないわけではない。
むしろここは『二人はこれ以上叙爵を待っていられないほど愛し合っていた』ということにして、ベイア子爵は『娘は二度も相手有責の婚約解消をしているので、いくら叙爵待ちとはいえ哀れで哀れで……』と周りに同情を訴える作戦のようだ。
実際、二人が想い合っていたことは事実であるし、アナが二度の婚約解消で打ちひしがれたことも事実、ロビンが叙爵を待っていられなかったのも事実とどれ一つとっても嘘がない。
アナの婚約解消についてはあれこれと彼女の瑕疵を疑う声も出てはいるものの、概ね貴族たちの間では『傷物にされてしまった哀れな令嬢』として知られていたため、問題はないだろう。
「新婚……新婚かあ。アナももうアナ・マグダレアなんだなあ」
「そうですよロビン様」
そして当人たちは教会で愛を誓い合い、ささやかながら家族や司祭、使用人たちに見守られて幸せに笑うのだった。




