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「もうこの中途半端なのは嫌なんだ。アナ・ベイア子爵令嬢、どうかこの俺、ロビン・マグダレアと結婚してくれ! すぐにでも!!」
――衝撃の、発言の後。
ベイア邸内の応接室に招かれたロビンは、何故そのような行動に出たのかを語り始めた。
「……先日、叙爵の件が進まない中で騎士としても体を動かさないのは辛いだろうと、王弟殿下が狩猟にお誘いくださったんです」
そしてどのような縁なのかロビンにはわからないが、そこにモーリス・モルトニアの姿があったのだという。
貴族出身の騎士らしく洗練された動きに振る舞い、普段ならば尊敬だけで済む話だが、今のロビンにとっては劣等感が刺激されるものでしかなかった。
なにせ、そのモーリス・モルトニアこそが彼の前にアナの婚約者だった相手なのだから。
「狩猟の間に、少しだけ……言葉を交わしました」
別にアナの元婚約者だから何かを言ってやろうだとか、鼻を明かしてやりたいだとか……ロビンにそんなつもりはなかった。
できるだけ視界に入れないように、招いてくれた王弟の顔を潰さないように、そこに集中してやり過ごすつもりだったのだ。
だがたまたま他の参加者が彼らの傍を離れた瞬間だった。
『……アナ・ベイア子爵令嬢と婚約が内定したと伺いました。おめでとうございます』
どこか寂しそうに、そして嬉しそうにそう告げる男にロビンは腹が立ったのだ。
彼女を手放した張本人のくせに、彼女を悲しませた張本人のくせに。
まるでさも自分は傷ついた、幸せを願っていたと善人ぶるその姿に腹が立ったのだ。
ロビンの目から見てもモーリス・モルトニアという男は清廉な男なのだと思えた。
少なくとも騎士として振る舞う姿は、きちんと分別のある行動だった。
だからきっと、彼のその言葉は真摯なものだったのだろう。
けれどロビンはもう、アナという一人の女性と出会い、彼女の傷ついた姿もそこから立ち直ろうとしている姿も、心の傷が癒えない姿も知っているからこそ腹が立ったのだ。
そしてなによりロビンの神経を逆撫でたのが『内定』の一言である。
そう、内定だ。
叙爵の件が進まないロビンは平民で、だからこそアナと正式な関係を結べずにいる。
見合い当初はのんびり構えて彼女の心の傷が癒える良い時間になるだろうなんて思っていたロビンだが、今はもう違うのだ。
アナのことを素直に好きだと思っているし、妻になってくれることが嬉しいとそう感じている。だというのに、それが進まないことに焦りを覚えているのだ。
勿論、ロビンだけではなくこの叙爵が遅れている件についてはベイア子爵も心配しているし、後見人を紹介してくれたヴァンダ書記官もどうしたことかと働きかけてくれているという。
何よりも王弟殿下が貴族になった後は自分の家にも遊びに来てくれとまで言ってくれているのだから、さすがに反故にされることはないと信じたい。
だが延び延びになる叙爵の件だけでなく、醜聞に加えて貴族令嬢としての適齢期を費やされるアナの気持ちを考えると、ロビンはいても立ってもいられなかった。
「万が一、叙爵されなかったら……俺は騎士でもないただの平民だ。そうなったら王弟殿下が俺をまた騎士に取り立ててくださるかもしれないけど、それだってわかったもんじゃない」
モーリス・モルトニアは侯爵家の出身だったから、アナとすぐに婚約できた。
彼女に縋るかつての幼馴染みとやらだってそうだ。
だが、ロビンはどうだ。
婚約を結ぶことすら、身分の壁が立ち塞がる。
「こんな状態で結婚してほしいだなんて言葉を口にするのは無責任極まりないと思っている、だが……」
しょぼくれるロビンに、ベイア子爵もヨハンもかける言葉が見つからない。
夫人も、自身が平民の出身だけにその苦労がわかるのか神妙な面持ちだ。
そんな中、アナはすっくと立ち上がりロビンの傍らに膝をつき、彼のきつく握りしめられた拳に手をそっと添えた。
「します」
「え?」
「結婚、します。貴方の妻になります」




