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「モーリス・モルトニアだ、妹が世話になっている」
「ベイア子爵家のヨハンと申します、本日はよろしくお願いいたします」
「同じくベイア子爵家のアナと申します。ジュディス様には日頃からお世話になっております」
「わたくしの兄ですし、二人とも気安く接してよくってよ。というかただの護衛どころか荷物持ちとしてこき使ってちょうだい!」
「お前なあ……」
約束の日、そこにやってきたジュディスとモーリスはよく似ていて、一目で兄弟とわかった。
年齢は今年で二十二歳、モルトニア家の三兄妹はいずれも明るい金の髪に深い緑色の目をしているのだそうだ。
王城直轄の騎士団に所属しているというモーリスはがっしりとした体つきをしており、ジュディスのことを大層可愛がっていることがすぐにわかる。
明るく笑う男性で、妹の友人たちだからとアナとヨハンにも気さくに話しかけてくれるその人柄に二人もすぐに打ち解けることができた。
「それにしても二人はこちらの商会長と親しいんだなあ。ベイア子爵家と繋がりがあるのは知っていたが、子爵は表立って商会の手を借りたりしないだろう?」
「それは父が母に求婚した際、祖父と約束したことなんだそうです」
「へえ?」
アナも母親から聞いた話だ。
王都にだけでもいくつか店舗を持つやり手の商家がアナたちの母親の実家である。
下位貴族家と商家の間で婚姻を結ぶことは、ままあることだ。
貴族家は商家からの金銭援助を受けやすくなるし、商家は貴族家の横の繋がりを利用して販路を広めることができる。
だがそれはあくまで一般の商家の話。
裕福な商家の場合は、自分たちの子供を高位貴族家の養子に出すなどして跡取りではない子供たちと縁を結んだり愛人にしたりすることも多いし、それができる。
その中で、ベイア子爵はアナたちの母親に一目惚れをしたのだ。
望めば高位貴族にだって嫁げるだけの資産に教養、そして美貌を兼ね備えた娘をたかが子爵にと最初は渋ったアナたちの祖父も、二人が想い合っていること、そして熱意に折れた形である。
「父が妻と子を祖父頼みにせずきちんと養っていけるよう努力を重ねること、それが祖父の出した条件だそうです」
「……素敵な関係だなあ」
「私もそう思います」
両親と祖父のやりとりは、アナとヨハンにとっても誇らしい話だ。
貴族としてはどうなのかとか難しい話はいくらでもあるのだろうが、少なくともベイア子爵という男は子爵として領民に、夫として妻に、父親として子供たちから誇らしく思えるだけの努力を重ねているということなのだから。
「君のその髪は、母上譲りなのかな?」
「え? あ、はい」
赤い髪は母譲りだ。
派手な色だから贈る髪飾りに困るなとかつて婚約者だったオーウェンに言われたことを思い出してしまい、アナは苦笑する。
だからオーウェンはいつだって、アナの目の色を差し色に選んでいたのだ。
派手ではないから、と。
「……鮮やかな色で目立つとよく言われます」
「そうだな、だがとても綺麗だ。今度花を贈らせてもらってもいいかな、君の髪に似た色の花を知っているんだ」
モーリスがにこりと微笑んで、アナの髪を一房とって指先で弄ぶ。
綺麗な髪だと褒められたことなんて家族と女友達からしかないアナはきょとりとしてしまった。
「アナ、アナ、これってなにかしら!」
「えっ、あ……そ、それは調味料よ、ジュディス」
「まあ、これが……?」
パッと距離を取る。
狭い店内に護衛とはしゃぐジュディス、その横で一緒に笑うヨハンに交じるためにアナはモーリスの傍を離れた。
するりと離れる髪を追うでもなく、くすりと笑ったモーリスにアナは少しだけ頬が赤くなるのを感じたのだった。