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ツーボンド  作者: 夕目 ぐれ
1章 奴隷の少女と大樹の王女
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第5話 穏やかな淡い日々②

〜*〜*〜*〜*〜*


「……やっぱり、おかしいよ」


 アナセン邸の庭の外、調査用に切りそろえられた枝木に腰を下ろして、独り言をこぼす。

 祈り子の件やアナセン様、ここでの生活も何もかも。忙しなくも穏やかな日々でも、私の心は繽紛ひんぷんとして荒立っているようだった。


「……何がだ?」


「っわぁ!」


 突然の声に思わず声を上げてしまい振り向く。そこには見知ったマゼルの顔があった。


「マゼル、来てたの?」


「仕事でな。ルルとも話したかったから、結構探したぞ」


 マゼルはそう言うと私の隣に腰掛けた。

 マゼルはここに来た半年前と比べて随分と顔色が良くなった。相変わらずせ細っている身体付きだけど、少し肉が付いてきているのが分かる。


「元気か? ルル」


 すっかりと定型になったそのマゼルの挨拶あいさつのような文言に、私は軽くうなずいて答える。


「それで、おかしいって何かあったのか?」


 いつも通り変わらないマゼルの平坦とした声色に、私は隣のマゼルを盗み見るように視線を向ける。以前と比べて血色の良くなった顔付きのマゼルを、じっと瞳の中に捉える。


「どうした?」


 目があったマゼルはどこか心配そうに私を見つめる。

 マゼルは私に気を遣っている。私は至って普段通りなのに、変なことだと思う。私が悪いみたいだ。


「……ううん、何でもないよ。ただ、あの八枝区(しく)の処理をどうするのかなって考えてた」


 そう言いながら私は上空を仰ぎ見た。そこにはこの前、私が調査で立ち寄ったあの寂しい場所がある。


「……もう、駄目そうなのか?」


「うん、流石にね。……本当にどうするんだろう」


 適当に切り出した話題だけど、ずっと気になっていることだった。枝と呼ぶには余りにも桁違い大きさのあれを、この上空でどうやって処理しているのだろう。


「そういうこと、何も初めてではないだろ。今まではどうしてたんだ?」


「それが、誰も知らないの」


「……そんなことがあるのか?」


「うん。流石に屋敷外の人にも聞き回ってはいないけど。でも例え管轄外のことだとしても、この仕事柄記録もないのはおかしいと思わない?」


 私がそうマゼルに聞くと、口元に手を当てて何やら考え込んだ。


「……俺も、気になることはいくつかある」


 マゼルはそう述べた後、再び考え込むように黙ってしまう。私は取り敢えずマゼルの言葉の続きを待ってみた。ずっと難しい顔をしていたマゼルは、ふと顔を上げた。どこか遠くを見つめながらマゼルは口を開く。


「……ルル。今の生活に不満はあるか?」


(…………不満)


 ここでは、私たちも含めてみんなにまともな食事も寝床も与えられている。それどころか、仕事の報酬として金銭すらもらえた。みんな生き生きと楽しそうに働いている。

 こんな環境に不満なんてあるはずがない。だけど、私はそんなみんなを見て、どこか気持ち悪さみたいなものを感じていた。一体、この状況は何なのだろう。私の心の奥底でくすぶるもやもやは、日に日に大きくなっていっているのを感じている。


 何て言おうか言葉に詰まって、ふと前方に目を向けると、遠くにまた見知った顔が見えた。コールが庭にいる人と楽しそうに話しているのが見える。


「コールも来てたんだ」


「あぁ、二人で探してたんだ」


「……わざわざ探さなくってもいいのに。まだ仕事も残ってるでしょ」


 それは、言った後からふと悪態付いたみたいになって、どくんと心臓が大きく鼓動を鳴らした。


「別に急ぎの用件でもないんだ。偶にはいいだろう、前みたいにこうやって仕事の合間に話すのも」


 焦る私の心音をなだめるような優しい声が真横から聞こえた。その声の出元なんて分かり切っているのに、聞き慣れているはずの音色は少し弾んで聞こえて、私は疑うように視線を向けてしまう。そして私は直ぐに視線を戻した。まるで見なかったように、逃げるように、遠くのコールを見つめる。


「……コール、最近すごく生き生きしてるよね」


「そうか? どこでもあんなだっただろ」


 そう事もなげに言い放つマゼルの横顔がちらりと見える。いつからマゼルはあんな穏やかな表情をするようになったのだろう。その表情となぜかアナセン様と重なる声色に、胸の中が騒ついてくる。


「………………マゼルも」


 思わず出てしまった消え入るような呟きは、マゼルには届いていなかったようで、マゼルは何てことなく話を続ける。


「ルル。この国に何かおかしな点があるのは確かだ。だけどこの生活は今のところは充実しているし何より安全だ。もし何かが起こった時は、いつも通り三人で逃げればいい。今の俺たちには金もある」


「……うん」


「それと、ルルを探した理由はある。明日、アナセン様からお遣いを頼まれたんだ。コールと二人だと心許こころもとないし手伝ってくれないか? 確か明日は休みだっただろ」


「……うん、分かった」


 私がそう答えた後、しばらくお互いに何も話さない静寂が続いた。いつもは何も思わなかったこの時間や空気を、今はなぜか息苦しく感じてしまう。


「……ルル」


 その空気を引き裂くように、マゼルの落ち着いた声が私に届く。それは昔からよくあったマゼルの探るような、人の悩みの核心を突いてくる時の感じで、私の心臓は飛び跳ねるように騒いだ。


「お前は、今の何が不満———」


「久しぶりだね! 三人で過ごすの」


 それは私の心や感情が何かを発するよりも早く反射的に飛び出した声だった。思った以上の声量に自分自身でも少し戸惑ってしまう。


「……そうでもないだろう」


 一瞬驚いたように目を見開いたマゼルは、取りつくろうように微笑を顔に貼り付けて言った。


 私は一体一人で何をしているのだろう。急に自責の念に駆られこの場から立ち去りたくなって、マゼルに背を向けるように立ち上がった。


「ルル?」


 背中越しに心配するようなマゼルの声が聞こえた。


「…………仕事。もうそろそろ戻らないと」


 私はマゼルに振り返って精一杯の笑顔で答えた。告げて直ぐに逃げるように歩き去る。


 私がちゃんと笑えてなかったのは、マゼルの顔を見れば分かった。

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