第32話 もう二度と違わぬ誓い④
〜*〜*〜*〜*〜*
「……センサ、これは何だ。お前は、何をやっているんだ!」
光の粒子が舞い踊る幻想的な景色の中、カグさんはセンサさんの手を取り必死に呼び掛ける。その光景をただ見守る私はふとナラさんの言葉を思い出す。
『魔法は何でも出来る。それが出来るのは、世界中であんただけだよ。それか、自分の命を気にしないやつだけだね』
「これは……、生命の……」
もしこれがセンサさんの生命を賭したものなら、あの時の同じ光景は誰が……。
「センサ、私にはお前がと……」
「これ……」
カグさんの呼び掛けに応じるようにセンサさんが何かを渡した。それは歪な穴が空いた石で、受け通ったカグさんは声もなく何度も首を振った。
「いっ…………しょ……」
そして、センサさんの腕がだらりと落ちた。光りの粒子も同時に消え去り、私はもうセンサさんから何の生命力の気配も感じ取ることが出来なくなった。
「センサ……、センサぁぁ!!」
カグさんの慟哭が辺りに響き渡り、私は居た堪れなくなって目を瞑る。
「カグ!」
そして直ぐにこの人がどこかからやって来てカグさんに歩み寄ろうとするから止める。
「今は……」
そう言って手を伸ばして歩みを止めさせた私に向かって、この人は悲痛に苦しむように表情を歪めた。その顔を見て私は無意識に身体が動いてしまう。
「……ちょっとこっちに来て」
そう言って強引に手首を掴んでカグさんとは離れた距離で立ち止まる。
「ルル? なにを……」
「何で貴方がそんな顔するの?」
困惑するこの人に私は感情のままの言葉をぶつける。
「わたし、いっぱいセンサを傷付けたから……。だから……」
この人はそんなことを言い出す。まるでセンサを殺したのは私だとでも言うようで。
「関係ない! あいつが悪い。自業自得だよ。勝手に暴れて、勝手に死んだだけ」
「ルル……? そんなこと……、それにあいつって……」
私の言葉に困惑しきったこの人はそう戸惑いを隠せない様子だ。この人はきっと私を善人か何かだと思い違いをしている。私はそんなのではない。
「むかつく。そうやって自分だけが悪いって態度が。今回は何も悪くない」
私はそう言いたいだけ言い捨てて、その場を後にする。
(……分かった。この人が嫌いな理由)
この人と話すといつかの私が顔を出す。あの火に燃え捨てたはずの醜い私を思い出す。あの夢の中で私に話し掛けてくるあれは、昔の憐れな私だったと思い出してしまう。
そうして私は、視線の先でカグがセンサを抱き締めて泣いている姿を無心で眺める。私たちに今のカグに掛ける言葉なんて何もなくて。
少しずつ戻って来た村人たちも、目の前の山火事なんてなかったような景色よりも、ただ泣き叫ぶカグを静かに見守るだけだった。
〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆
もうすっかり日も暮れて、わたしの目の前には大きな焚き火の灯りが辺りを照らしている。カグが言うには故人を弔うための火らしい。今回の件もあって参加は自由と聞いてたけど、見る限りは大体の人たちが参加していることが分かる。
「フェム様」
声に振り向くとカグがこちらに歩み寄って来た。目は腫れていて、顔色にも疲れが見える。
「改めてですが、ありがとうございました」
わたしが何か声を掛けるよりも先に、カグがそう頭を下げた。
「……うん。カグは、わたしのこと……恨んでない?」
「恨むですか?」
カグは本心からその真意が分からないというような目をわたしに向ける。その目を見るのが怖くて、わたしは視線を外して話す。
「わたしは、センサをたくさん傷付けたから」
あの時はルルを守りたい一心だったけど今になって思う。きっともっとやりようがあった。
「恨むなんてとんでもない。お二人が居ても居なくても、きっと結果はこうでした。でも、お二人のお陰で私はセンサと本音で話すことが出来ました。それに、ここにいる彼らを救えたのはお二人がここに居たからですよ。私ではきっと、こうはならなかった。だから誇って下さい。少なくとも、フェム様が悪いと思うことは何もないですから」
カグはわたしにそう穏やかに言う。その声に少しの敵意も感じられなくて、恐る恐る振り向く視界に優しげに微笑むカグの表情が映った。
「ルルにも、そんなこと言われた」
あの時はルルらしくない言葉に驚いたけど、ルルなりの気遣いだったのかもしれない。
「仲直りは出来ましたか?」
そんなカグの言葉にわたしはどう言ったらいいか、きっと変な顔をしてしまった気がする。少し間を開けてしまってから、わたしは正直に話すことを決めた。
「わたしたち、仲良くはないんだ。わたしがルルに酷いことをしたから、ただ嫌われているだけ……」
だから、わたしとルルには直るような仲なんてそもそもない。わたしはルルを傷付けたから、ルルはわたしを同じように傷付けていい権利がある。そうしてルルと同じ痛みを知れたわたしじゃないと、ルルに向き合う資格なんてきっと……。
「そうでしょうか? 私にはそうは見えませんよ」
「ううん、そうだよ」
わたしはカグの言葉を直ぐに否定する。そんな訳がないって、右腕にある大きくなった結びを強く握る。あの痛みを思い出すように強く。
「……フェム様。私とセンサの結末は、きっと良いものではありません。こうなってしまったのは、私が勝手にセンサをこうだと決めつけてしまっていたからだと思うのです」
カグはそう話しながら目を伏せた。そこには後悔や辛苦、様々な感情が渦巻いて見えて、でも直ぐにわたしを見つめ返した瞳には何かの強い想いを感じ取れた。カグは続けて言う。何かしらの大きな感情がこもった力強い声色が、わたしの心を揺らすように響く。
「お言葉ですが、フェム様も私のように思えます。フェム様は、私たちのようになりたいですか?」
「それは……」
わたしたちは仲良いなんて関係じゃないから、きっとこの旅を終えるともう関わることなんてない。わたしとルルの行く先なんて別離しかない。それが正しくて、現実的で、自然な結末だ。でも、わたしは……
「……いやだよ」
自然と飛び出た声に、わたしは思わずカグたちのことを思い返してしまう。
「ごめん! そういうことじゃなくて……」
「いえ、フェム様は何も間違ったことは言ってませんよ。フェム様僭越ながら助言みたいになりますが、私はセンサの為だと思いながら、その実は自分本意な考えをしてしまってたのです。自然と自分が傷付くのを避けていたと言いますか……」
「カグは、どうしたら良かったと思ったの?」
「正直正解なんて分かりません。ですが、私はセンサを思い切り殴りました。子供みたいな罵倒を言い合って、そうしたお互いの羞恥を曝け出すのも必要だったと思いました。そういうことは、歳を重ねる程に不思議と出来なくなるものですからね」
カグはそう言ってどこか憂いに満ちた顔を寂しげに綻ばせた。
「族長、そろそろ始めましょうか」
「……あぁ、そうだな」
村人の掛け声にカグがそう答える。火を囲み静かに眺めていた村人たちも静かに立ち上がり、各々槍を手に持ち出す。
「カグ、わたしたちはどうしたらいい?」
「貴方様は客人ですから見守っていてください。あとは恐縮ですが、貴方様に非礼を働いた友に、ほんの少しの慈悲を下さればと思います」
「……うん」
そうしてカグたちによるセンサを送る部族の舞が始まった。カグに聞いた話によると、ここの人たちは故人をこうやって見送る習慣があるらしい。
火を囲み槍を巧みに操りながらカグたちが見事な舞を続ける。それを茫然と見つめていると、ゆっくりとルルが少し近くに来て腰を下ろした。
「……ルル」
「なに?」
いつも通りの棘のある険しい声に、わたしは自然と出そうになったごめん、という言葉を飲み込む。
カグの言葉がぐるぐると頭を回る。ルルとは何か話す度に喧嘩みたいになってしまう。でもそれはきっとカグの言う喧嘩ではないのは分かる。どうしたら良いのか、やっぱり分からない。
「……ありがとう」
ルルにあんなことを言わせてしまってごめんを、気遣ってくれてありがとうに変える。きっとその意味は伝わってないだろうけど、長々言うのも違うと思った。
「……いえ」
そんな声が聞こえた気がしたけど、わたしは何も反応を返さずにカグたちの舞をただただルルと見守った。
〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆
「何度も言いますが、本当にありがとうございました」
翌朝、村に泊まったわたしたちはカグたちに見送られる。村人たちはまだわたしたちに気難しそうな表情を向けるけど、最初に来たような敵意はもうなかった。
「カグはこれからどうするの?」
「取り敢えずは、彼らの長として為すべきことをします。お二人のお陰で少しだけ彼らの価値観は変わりましたから」
「価値観ですか?」
カグの言葉にルルが首を傾げる。
「えぇ。我らの命を助けたのは人間のお二人ですから。我々は受けた恩は忘れません。もちろん我々の犯した罪は消えませんし、これから何をするべきか、この恩と罪をどう返していくかを話し合って決めていきます」
「うん。無理はしないで頑張ってね、カグ」
「はい。ですが、私には夢がありますから、多少は無理を通させて貰いますよ」
「……夢?」
わたしの問いにカグは顔を穏やかに歪ませる。手に持つ槍を地面に突き立てると、背後の村人たちもそれに倣った。その忠誠を誓う兵士のような立ち振る舞いに思わず背筋が伸びる。
「いつか、貴方たちと共に。それに受けた恩には献身を。我らは誇り高き戦士ですから。……あと、私はもう二度と違わぬよう、友に見せたい姿があります。その時は……、お二人に意見でも聞きましょうか」
「意見ですか?」
ルルの疑問にカグはどこか儚く、でも楽しげに笑って言う。
「いえ、いつかの話です」
 




