第26話 決別の火
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「……何かあった?」
大樹の中から戻って直ぐに二人の姿を見つけたけど、カグもルルも何とも言えない表情をしている。ルルと目が合うけど何か言いたそうに口が半開いたのみで続く声はなかった。
「すみません、フェム様。実は———」
わたしはカグから話を聞いた。センサが突然決闘を申し出してきたと。
「決闘って?」
「この村では一番強い者が族長の座につくのです。決闘は族長を決めるための一対一で戦い合います」
「それを、センサが?」
「……はい。なぜに突然そのようなことを言い出すのか分かりませんが」
カグは本当に戸惑っているようで、どこか心ここに在らずな虚な表情をしている。ルルはその様子に心配そうに声を掛けた。
「受けるのですか?」
「はい。族長たる者、その誘いを無下にすることは許されません」
そうはっきりと告げたカグの声がいつもより弱々しく響く。
ルルは何か言いたそうな顔をカグにも向けて、また口が迷うように小刻みに開閉させていた。でも意を決したように強くカグに目を向ける。
「センサさんは、人間を好んでいるのですか?」
ルルの問い掛けにカグは首を傾げた。心の底からルルの言っていることが分からないというように言葉を返す。
「えぇ、そうですよ。彼女には幼い頃から人間のことを聞かされてきましたから。ただ私たちはこのような見た目なので、人間から敬遠されてきた歴史があるのです。だから、私たち以外の皆は人間に対する感情はよくありません」
カグは寂しそうに話す。
昨日、カグはセンサのことでこの村では生きづらいって話していたけど、それはきっとカグもそうなんだって思う。じゃあこんな村なんて放っといて二人で飛び出したらいいじゃんなんて、わたしは言える立場じゃない。
「私たちの考えは、この村にとっては異端なのですよ。私は強かったから良かった。でも、センサは……」
カグはそこで口を閉ざし俯いた。その先の言葉は容易に分かってしまうから、わたしも何も言えない。少し気まずさが漂う空気をルルの声が遮る。
「あの、本当にセンサさんは今も人間を好んでいるのですか?」
ルルの声色は普段よりも語気が強く思えて、まるでなんで分からないのかと問うような呆れのような感情が見えた。
「……もちろんだ。あいつはそういう子だ。他の奴らとは違う」
カグは強くルルを見つめ迷いなく答えた。その張り詰めた空気にわたしは思わずルルを庇うように前に出てしまう。
「……すみません。余計なことを聞きました」
背後からそんなルルの声が聞こえて、カグも気を取り直すように表情を和らいだ。
「いえ、こちらこそ申し訳ない。つい熱くなってしまいました」
カグもそう言って頭を下げた。わたしはその様子に胸を撫で下ろしてしまう。
「カグはセンサのことが大事なんだね」
「そうですね、私にとっては光のようなものです」
カグは穏やかにそう告げて、身体中の空気を吐き出すように大きく息を吐いた。
「フェム様、巡礼の程は大丈夫でしたか?」
「……うん、多分だけど」
わたしは中で話を聞いただけだから頼りなく頷いてしまう。でもあの様子から元々大樹を診るっていうのも建前のようだと感じた。
後ろから視線を感じて振り向くとルルが直ぐにそっぽを向いてしまった。聞きたいことがあるなら遠慮せず聞いてほしいけど、昨日のこともあるからきっと何も言わないし答えてもくれなそうだ。
「すみません。出来ればお二人を麓までご案内したかったのですが、私は決闘を受けなければいけません」
カグはそう話してまた頭を下げてしまった。正直、カグのことが気になるからまだ少しここに残りたい気持ちもある。でも、関係のないわたしたちが踏み込んでいいことなのか迷うわたしの目にルルの顔が写る。右腕から仄かに感じ取れるじんわりとした急かすような小さな鼓動に思わず頬が緩む。
昨日のペンダントを探していた男の人に会った時も感じた感覚。ルルは、本当に心優しい人なんだって思う。
「わたしたちもついて行っていい?」
「え? いえ、私は構いませんが、あまり見て楽しいものでもありませんよ」
「センサが、何か悩んでそうだったから、何か力になれたらなって。余計なお世話かもしれないけど」
「いえ、その心遣いに感謝致します」
「カグは大丈夫?」
わたしはカグを見遣って気遣うように声を掛けた。
「大丈夫、ですか?」
私の問いにさっぱり意味がわからないというようにカグが声を漏らした。でも一瞬困惑するように顔が歪んだのをわたしは見過ごせなかった。
「センサは小さい頃からの友達なんでしょ? 決闘なんて、したくないでしょ」
「……こればかりは致し方ありません」
カグは毒でも吐くように呟き声を零す。そして誤魔化すように咳払いをして、凛とした表情をわたしたちに向ける。
「では、村に戻りましょう」
そうして村まで戻ってみれば、村の空気がピンと張り詰めていた。多くの村人が集まっている様子で、族長のカグを見るや皆手に持つ槍を正面で縦に構えて道を作るように整列した。その先にセンサが立っていた。
周りを威圧するような鋭い目をカグに向けている。その迫力にわたしたちは気圧されたように足を止めてしまう。それでもカグは一人ゆっくりと歩み寄って行く。
「……センサ、私は手を抜いたりはしないぞ」
構えられた槍が並ぶ道をカグは悠々と歩んで、道中一つ槍を手に取り進む。
「……連れて来たの?」
センサが遠くから突き刺すような目をわたしたちに向けてくる。思わず警戒するように全身に力が入るけど、視線を遮るようにカグの槍が間に差し込まれた。
「あぁ。彼女たちはお前のことを気に掛けて来てくれた」
「そう」
センサは心底どうでもいいような冷たい声を出した。それに納得がいかないと言うみたいにカグの声に力が入る。怒っているように聞こえるし、泣いているようにも聞こえる複雑な感情に振り回されているような声で。
「どうした? お前はあれだけ人間と———」
「構えろ! ここは決闘の場だ。談笑をする場ではないだろ、カグ!」
センサはそんなカグの声を掻き消すように槍を大きく振りかざした。カグも応じるように同じく槍を構える。
(……なんか引っ掛かる。なにか違うような)
わたしはその光景を見て違和感が拭いきれなかった。何かこのまま二人を争わせたらいけないという警告が自分の内から鳴り響いているみたいで。
「センサ! お前がカグに勝てる訳がないだろ」
「ついにここまで血迷ったか、あははは!」
向き合う二人を囲んだ村人はそんな酷い言葉を投げ掛けている。それでも二人は何も動じない。周りの声なんて聞こえてないように。
「……センサ、お前は自分が何をやっているのかを分かっているのか?」
「何度も同じことを言わせるな、カグ」
その様子を少し離れた位置から見守るわたしはやけにセンサが目立つことに気付いた。それはセンサが他よりも目立つ姿をしている訳でもなくて、ただあの群衆の中にセンサだけが浮き出て見えるようで。
(……生命力?)
その違和感に気付いて、わたしは直ぐに飛び出るように進んで二人へ届くように声を投げ掛ける。
「待って! センサは魔法を」
突然近づいたわたしを遮るように取り囲む村人たちが行く手を阻んだ。
「人間! これは我らの神聖な場だ」
「そうだ! そもそもこの場に居ること事態が許されないことなんだ。部外者は黙っていろ」
警戒するように槍を構えて警告を告げる村人たちを前にして、わたしは強引に突破しようと身を屈めた。その時誰かに手首を掴まれ後ろに引かれてしまう。誰だと顔を向けると眉を顰めたルルがいて、思わず込めていた力を抜いてしまった。
「……何、してるの?」
「ルル、センサに大きめの生命力が見えるから」
「生命力って……」
そう言ってルルは何かに気付いたように目を見開いた。
「それって」
ルルの声は突然湧いた歓声に掻き消されて、わたしたちは振り返る。
どよめく村人たちの中心で大きな火が立ち昇っている。それはセンサが持つ槍の先端を燃え上がらせるように火が点いていた。ただ燃えている訳ではない、何かの意思があるように風に逆らい揺れる火が二人の表情を浮かび上がらせている。
一人は何が起きたのか分からないように狼狽えた表情で歪み、一人は熱に浮かされたように恍惚の表情で口の端を歪ませた。
「……センサ、それはなんだ。何をやった……?」
「これは、私から貴方に送る……決別の火だ!」
赤く光線が宙を踊った。まるでその火自身が意思を持ち自立しているように、カグを多方から攻め立てた。
勝負は一瞬で、わたしが助けに行って大丈夫か迷ってしまったその間で終わってしまった。
赤く燃え上がる槍の先端をセンサはカグに突き立て静かに告げる。
「決まりだ、カグ」
「……センサ。お前は……」
周囲の村人たちも何が起きているのか茫然と事の成り行きを見守っていた。
「今、この瞬間を持って、私が族長だ」
センサはカグと取り囲む村人に言い知らせるように厳かに宣言した。反対の声は上がらなかった。だけど、周りは皆戸惑うようにひそひそと騒めく。
「強い者には従う……。お前たちが決めたことだ! お前たちが言った言葉だ! 異論などないだろう」
センサの声が怒りに満ちる。それに呼応するように槍の火は燃え上がり、誰もが黙り込んでしまう。
センサは確かめるようにゆっくりと見渡して、その手に持つ槍を構える。その矛先をわたしたちに向けて。
「この村に人間はいらない」
センサはただそれだけを発した。それだけで十分だった。周囲の村人の目がわたしたちに向かう。
「センサ! 何を言っているんだ!」
カグの制止の言葉は誰にも聞こえない。わたしももうそれで止まるなんて思っていない。
「あの白黒の化け物は私が相手する。いけ!」
そのセンサの声を合図に村人たちが一斉に襲い掛かって来る。
「ルル!」
わたしはルルの前で立ち、魔法を使うために頭を働かせた。村人たちは何の脅威でもない、問題はセンサだ。
(直接どうにかは出来ないだっけ……)
他者の生命力が混じり合うと拒絶反応が起こる。わたしの莫大な生命力でごり押す選択もあるけど力加減がまだ掴めない。だとしたら消耗させて無力化すればいいよね。
(取り敢えず、周りを蹴散らすとこから!)
自分の生命力に意識を落とした時だった。遠くから大きな音が響いて、直ぐに何かが飛んできた。頭上を見上げれば火の粉が山なりにこちらに飛んで来る様子が見えて、わたしは咄嗟に魔法を防御として展開する。
「お前の相手は私だ」
声が近くで聞こえた。わたしの正面から一直線に凄まじい速さでセンサが突っ込んできた。燃え上がる槍を真っ直ぐに構えて、わたしを腹から突き刺すように。
頭上と正面の同時攻撃に魔法のイメージが曖昧になってしまう。それでもわたしは無理矢理に生命力を展開した。
「ッ!」
わたしが放出した生命力が先にセンサの槍の火に触れて弾ける。その衝撃でわたしとセンサの身体が大きく吹き飛ぶ。
(……ルルッ!)
わたしの意思を離れた生命力を吹き飛びながらも掴み直す。散り散りになった生命力の残骸を弾のように火の粉に当てることで相殺していく。ルルへの被弾だけはなんとか防ぎ切って、わたしは数メートル先の木に大きく身体を打ち付けた。
「……つッ、ルル!」
直ぐに身体を起き上がらせてルルの安否を確認する。ルルには何事もなくて安堵したけど、その手前で村人の皆が必死に火を振り払う姿が見えた。
(センサ、村人もお構いなく……)
「フェム様! ルル殿!」
カグの叫ぶ声にわたしは目を向ける。カグは思っていたよりも軽傷のようで、ルルの元へと向かうカグに声を掛ける。
「カグ! ルルをお願い!」
その声にカグは素早く反応してルルの手を引いて行ってくれた。村人たちもその後ろをぞろぞろと追い掛けていくのも見えた。
わたしはもう慣れ親しんだ火の玉を幾つも生み出して、その村人たちの群に飛ばす。だけど、どこかから飛んで来た火の粉の群れが掻き消してしまう。
わたしは忌々しく前を見据える。ゆっくりと槍を構えたままにセンサが歩み寄ってきている。
「なんで、魔法を使えるの? 偽絆の結びもしてないでしょ」
そもそも結びも消え入るくらいの生命力が二人分になるだけだからこんな芸当は出来ないはず。ナラさんの件も相手の方が命を賭したことによって増幅した生命力を共有したからであって、センサは分からない。
もし可能性があるとしたら、センサは命をかけて……。
「魔法? 違う。これは御神木から賜わった御力だ」
「御神木ってどういうこと。センサも……」
センサもあの謎の声を聞いたのかと尋ねようとした時、周囲のいくつかの木が突如燃え上がり始めた。わたしは驚いて周囲を見渡すと、この村を囲むように木が次々と燃え上がっていく姿が見えた。
「本当に、何をやってんの!」
わたしの問いにセンサは何も言葉を返さない。ただ燃え上がる森の様子を目に入れているだけで、薄らと口の端を歪めるだけだった。それはただ笑っているようには見えなくて、何を思っているのかも測り知れない。
センサの今の胸の内を叩き割るようにわたしは声を荒げた。カグの気持ちを、誰よりも知っているはずのセンサが分からないはずがないって言いたくて。
「こんなこと、カグは喜ばないよ! 人間が好きなんでしょ、カグと一緒に———」
「嫌いだ!」
絶叫だった。胸の中のドス黒い感情を全て吐き出したような憎しみの声だった。
「嫌いだ……。お前たちも、この村も、私自身も、何もかもがぁ!」
センサの叫びに呼応するように火が吹き上がる。その手に持つ槍から、周囲の木からも。
火の粉が舞う。立ち昇る炎が揺らめく。自身するも火の中に投じるように、赤い景色を背負った化け物が静かにわたしに矛先を向けている。
25と26話の間に謎の声の話を挟む予定です。(執筆中)




