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ツーボンド  作者: 夕目 ぐれ
3章 もう二度と違わぬ誓い
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第22話 嫌い

* * *


 最初は、ただ純粋に憧れだった気がする。でもいつしかない物ねだりのようになっていて、私は気付く。自分の正体はこうだったんだって。


 彼女は赤く汚れた手を私に差し出す。複雑そうに顔を歪めながら、ゆっくりと口を開いた。


「……まだ、人間は好きか?」


 それがどこか祈りのようには思えて、私は嘘を吐く。

 それは、私のためではなくて、ただただ貴方のためだけに。


 私は私が汚したそのけがれてしまった手を取る。


 きっともう私たちは、あの頃には戻れないと知りながら。



〜*〜*〜*〜*〜*


 ナラさんの家から出立して二日ほど。きっと目的なんてなくただ北東に向かって歩いた。

 目の前にそびえ立つ山々に直進し始めた時は正気を疑ったけど、文句を言う気は起きなかった。この人の魔法の力があれば魔物など脅威でなく、旅路は口惜しいことに順調だ。


(……まだ何も、だよね?)


 私の左腕にある黒い点だけの結びに目を落とす。双方の感情を様々な感覚で伝え合うという偽絆の結び。この最悪な旅路を終わらすための手段。大きな感情なら今の状態でも伝わるとナラさんは言っていた。


 山道を歩く休憩中、この人の様子を盗み見る。この人は何も感じていないように平静にしている。結びはまだ効力を発揮していないのだろうか。私のこの気持ちがその程度なんてことは考えたくもなかった。


(遠慮なんて、するわけない)


 この人の言葉を思い出す。私に気遣うように、優しく目を細めるその表情を忌々《いまいま》しいと思う。

 私が立ち上がると、この人も立ち上がってゆっくりと歩き出す。私に気遣うなんて当たり前だ。何か話す気なんてない。こんな何の楽しみも見出せそうにない旅を、この人はまだ続けたいのだろうか。この人が感じているはずの痛みなんて私には分からないけど、ずっとこのまま続けるつもりなんだろうか。


 この人の感じている気持ちなんて、分かりたくもない。でも、この気持ちが伝えられているのかは知りたい。痛いですかって問いたい。


(むかつく……)


 馬鹿みたいに気を遣い続けるこの人を見てると、胸の奥がもやもやする。自分だけが悪いからって言外げんがいに告げるその顔を私に向けないでほしい。その顔で遠慮するな、なんて……。


 不意に前を歩くこの人が立ち止まるので、私も足を止める。息を大きく吸うように肩が上下する。こういう時、この人は私に何かを話そうとする。でも、大抵は何もなく終わる。それで良かった。そうして勝手に気まずくして、この旅が嫌になってくれればいい。

 けれど、今の私は気分が悪いからこの人の少し横に並ぶ。何か小言でも不満があるなら言えばいい。痛いって少しでもあの顔が歪んででもいてくれれば、少しは気分が晴れそうだと思った。


(…………村?)


 前に出た私の視界の眼下に廃れた村の様子が見えた。今私たちがいる小山から見下ろす形で、四方八方を山で囲まれた盆地に、木造建築の残骸ざんがいが散らばっているのが見える。遠目だけど、人の住む気配はなかった。


 真横から視線を感じて振り向くと、この人の横顔が見えた。何か言おうとしているのか、半開きになっている口元を見つめて待ってみる。でも何も音を鳴らさないから、私の口から大きな息の塊が飛び出る。


 私は何も告げずに廃村を目指して、山道を降りるために歩き出す。後ろから慌てるような足跡だけを耳にしながら、歩を進めた。



〜*〜*〜*〜*〜*


 山道を降りて、山々に囲まれた村の跡地へと足を踏み入れた。

 目に映る光景は見るに無残なもので、これが自然災害によるものではないことは瞭然りょうぜんだった。焼け焦げた跡が目立つ木材の残骸や焼け焦げてしまっている草木が、風に侘しくさらされている。


「こんなところに何用だ?」


 不意に男性の声が掛かって顔を向けると、線の細い男性が木材の残骸を押し退けて顔を出していた。私を守るようにこの人が私の前に立って、警戒を含んだ声を投げ掛けた。


「わたしたちはただの旅人だよ。そっちこそ、ここで何をしてるの?」


 男性は私たちに怪訝かげんな目を向けていたが、ふと力を抜くように瞳を閉じた。


「お若い旅人だ。私は少し、……忘れ物をね」


 そう言って男性は何事もなかったように、木材の山を崩し始めた。男性の必死に何かを探す姿は、この荒れ果てた村を物色するようなぞくには見えない。だから私はそのはかなく見える背中に問い掛ける。


「ここに住んでいた方ですか?」


「……そうだ」


 男性はその手を止めずに、でも質問には答えてくれた。


「……ここで、何があったのですか?」


「見ての通りだ。近くの魔物たちの襲撃にあったんだ」


 淡々と男性は告げた。その声色には怒りのようなものを感じられなくて、ただもう何もかも諦めてしまっているようだった。何も言えなくてなった私に代わるように、この人が口を開く。


「何を探してるの?」


「変なペンダントだよ」


「変って……どんな?」


「見れば分かる」


 この人はよく分からないというように首を傾げた。


 私自身も男性の言うことに何も理解は出来なかったけど、見れば分かると言うのだからそうなのだろう。私も近くの木材の山に腰を下ろしてどかしていく。


「そんなことをされても、私は何も返せないぞ」


 男性の声に目を向ける。さっきよりも更に怪訝な目をした男性が見えて、その視界の端でこの人が私に一瞬の微笑を投げ掛けていたのが映った。この人が勝手に私を代弁するように答える。


「いいよ。わたしたちがそうしたいだけだから!」



〜*〜*〜*〜*〜*


「……もういい」


 私たちがペンダントを探し始めて数時間ほど。男性がそんな諦めの言葉を呟いた。


「……でも」


「いいんだ。別に大切な物だった訳ではないんだ」


 目を伏せて自分自身に言い聞かせるように告げる男性の表情は悔恨かいこんに満ちていて、私には諦めがついているようには見えない。


「……まだ日も高いです。もう少し探しませんか?」


「いや、いい。そういう物じゃないんだ。娘の物だったが、あれは形見になりようもない……、この村の奴らにとっては呪いのような物だからな」


「……呪い?」


「……いや、違うな。あれを呪いに変えたのは俺たちだった。……とにかく、もういいんだ」


 男性はそう言って私たちに微笑を張り付けた顔を向けた。隣のこの人はまだ諦めがつかない顔をしているけど、関係のない私たちが意気地になるところでもない。


「分かりました」


 隣から何か言いたげな視線を感じるけど、気づかない振りをした。


「ありがとうな、嬢ちゃんたち。そう言えば、ここからどこに向かうんだ?」


 その男性の問いに私は顔を真横に向ける。この人は私の視線を受けて、逃げるように男性に少し歩み寄り前方を指差した。

 それを受けて男性は眉をひそめてしまった。


「そっちは辞めておけ。道は整っているが、魔物が出る」


「じゃあ、それ以外の道はある?」


「かなり遠回りになるが、」


 男性が教えてくれた道は、前方の山を大きく迂回うかいするような道程だった。私は遠回りでも何も問題はないけど、この人は見るからに嫌そうに顔をしかめていた。


「じゃあな、魔物には気をつけろよ」


 そうして男性は私たちがやってきた道のりで遠のいて行った。


「…………ぁ」


 視界の外から視線を感じて、私は大きく息を吐いた。この人が言いたいことは察せられる。魔物なんて、この人にとっては何の脅威にもならないのだろう。

 私はその視線に向かって顔を向けてにらんだ。すると直ぐに目を背けられる。


(本当に、腹立つ)


 この人を見ると、心がぐらぐらとふらつく。それは水が沸騰しているみたいに、怒りの感情が溢れるよう。この人が私を身勝手に連れ去ったから、そのせいで私の大切な人たちが大変な目に合っているから。全部この人の身勝手のせい……、なんて言えない。


 ウィムを通して少し前の自分を見た。今までどんな想いで二人が私に向き合っていてくれていたのかを少し知れた気がした。分かってた。今のこの状況を招いたのは、私のせいでもあるって。


(この人だけが悪いんじゃない……)


 この人を許そうなんて気はない。でもそうやって、自分だけが悪いという態度が私の心を酷く乱れさせる。これは怒りで、後悔で、謝罪で、この人だけのものではない。


「……痛いですか?」


 この気持ちが痛みとして伝わっているのなら、それは私のものだ。私が苦しまないといけないものなのに。


「……え? 大丈夫だよ」


 この人は何もないととぼける。自分だけが悪いと苦笑のような笑みを私に向ける。それが本音なのか気遣いなのか、私には分かりようもなくて。

 心が揺れて、気持ちがたかぶって、溢れる感情で何も見えなくなる。


「本当にそれ、機能しているんですか? 私に気付かれないように解いてたり———」


「しないよ! そんなこと……。もう、絶対にしない」


「……じゃあ、痛いってことですか?」


「……全然、大丈夫だから」


 この人は目を合わせないように伏せながら、弱々しく呟いた。風が吹いたらどこかに飛んで行ってしまいそうで、その弱々しい姿が私の心を掻き混ぜる。

 こんな人のせいで私やみんながって。自分だけそんな楽をしようとしてずるいって。色々な感情が渦巻くようで。


「信じられません。貴方の言うことなんか」


 私はこの人の目に入るように左腕を差し出す。握手なんて求めた訳じゃなく、小さく汚れのように刻まれた偽絆ぎはんの結びを見せつける。


「むかつくでしょ? こんな愛想のないやつ。少しはそっちも刺したらどうですか?」


 私はまだ何の感覚も伝わって来てはいない。こっちだけ一方的に伝えていて、向こうは何もしてこないのは不公平だ。それでいて、そんな顔を向けて来ることに腹が立つ。


「しない。わたしはもう、ルルを傷付けないって約束したから」


 この人は私の目を見つめてそう言った。まるで誓うように、震える目が私を必死に捉え続ける。その瞳に映る私の顔は、酷く不機嫌なことをこれでもかと示していた。


「……嫌いです」


 この人は頷く。受け入れるように、そう言われて当然といった顔をしながら、私に向けて目を細める。それが何を言われても許すとでも告げるようで、私は声を荒げてしまう。


「嫌い、……嫌いです! 貴方なんて、大嫌いです!!」


 それでもこの人は微笑を浮かべる。何でここで笑うのか分からない。何でここで笑えるのか分かりたくない。思い切りその顔を引っ叩こうと思って、でもこの人はそれでも自分が悪いみたいな顔をすると思うと、何もする気も起こらなかった。


「……ルルは、それでいいよ」


 顔なんてもう見たくないと伏せた頭の上からぽつりとそんな声が掛かって、私は思わず顔を上げてしまう。

 もう既に歩き出す背中は、私を気遣うようにゆっくりとした足取りで、少しの距離を置いて立ち止まる。私を待つように、私が歩き出すと進み出すその背中を忌々しく見つめる。


「……何、それ」


 私はその背中に向けて呟く。嫌いだって。念じるように、何度も何度も。

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