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ツーボンド  作者: 夕目 ぐれ
2章 偽りの絆を結ぶ
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第21話 偽りの絆を結ぶ②

 その予想だにしない提案にわたしが何か反応を示すよりも先に、ルルが声を出した。


「何で私がこの人とそんなこと……」


「結びをする時、お互いに何か誓い合うんだけどね、こうすればいい。結びを解いたら旅はおしまいってね」


「そんなことをする利益が私には何もありません。それに、この人が結びを解くなんてするとは思えません」


「じゃあ、このまま終わりの見えない旅を続けたいのかい?」


 そう尋ねられたルルはうつむいてしまい、ぎゅっと拳を握っていた。


「……偽絆の結びって男女がするものじゃないのですか?」


「そんな決まり、私は知らないよ。それにこのお祭りの支援者は世界各国にいる上に、変に怪しまれることもなく旅が出来る。冒険者にとって良いことずくめじゃないかい」


「私にとっては何も良いことじゃないです」


「そんなこともないよ。結びはあんたのフェムに対する思いをきっと痛みとして伝えるだろうさ。それをフェムが心の底から嫌がったら、結びは本人の意思に関係なく、生存本能で解かれるだろうよ」


 その言葉を受けてルルがわたしに顔を向ける。今ルルが何を思っているかなんてわたしには分からない。だから、知りたいって思う。


「……わたしは良いよ」


 ルルの気持ちを知ることが出来るなら。わたしが傷付けた心の痛みを、少しでも分かり合えるのなら。どんな痛みもわたしは受け入れないといけないって思うから、わたしはルルに告げた。


「私は容赦ようしゃなんてしませんよ」


 ルルは優しいって思う。あんなにたくさん傷付けられた相手に、今もそうやって気遣う。


「大丈夫。ルルはわたしのことなんて気にしないでしょ?」


 わたしがそうしてしまったように、ルルもわたしにしてほしい。たくさん傷付けられたわたしでなら、きっとルルとも向き合える気がする。だから、遠慮なんてしないでよ。


「……はい」


「じゃあ、早速始めようかね。あんたたち右腕を出しな」


 ナラの言う通りにわたしたちは向き合った形で右腕を前に突き出し合う。何かの木片を握らされて、強く握り締める。それをルルと交換して再び握り締めた。そしてその木片がナラの手でわたしたちの腕に置かれると、溶けるように形を崩れ始めた。

 不思議な現象に目を奪われたわたしの耳にナラの声が届く。


「さぁ、誓いを立てな。あんたたちはそういうのじゃないしね、何でもいいよ」


 向い合うルルと目が合う。ルルの強い決意のこもった目に、わたしも逃げずに見つめ返す。


「約束して下さい」


「うん。わたしがこの結びを解いたら、ルルードゥナに戻る。ルルへの誤解もちゃんと解く。だから……」


 わたしは迷ってしまう。こんなことを今言うのは卑怯かもしれないって。でも、言いたい。


「……だから、それまでは一緒にいて」


 ルルのわたしを見つめる表情は何も変わらない。わたしに興味なんてないように、でもこの旅を早く終わらせたいって意思は強くその目に宿っていた。


「私一人で帰っても意味なんてないです。だから、その時までは近くにはいます」


 ルルはわたしにそう告げた。わたしは小さく頷く。


「こんなに微笑ましくない結びは長くやってきて初めてだよ」


 ナラはそんなわたしたちを見てそう笑っていた。

 わたしは自分の右腕に視線を落とす。手首に小さな黒い点が一つあって、ナラのと見比べるとその差は一目瞭然だった。


「あんたたち次第だけど、少しずつ大きくなっていくよ。手を繋ぎあって何かの形が出来ると本物さ。まぁ、そんなこと分からなくても、そうなったら自然と分かり合うもんだよ」


「……じゃあ、私の意思に関係なく勝手に本物になったりしないんですね。良かったです」


 ルルも左腕にわたしと同じ黒い点が出来ていた。ルルはその結びに何か念じるみたいに強く睨みつけているけど、わたしは今何も感じることはなかった。その必死な姿が少し可愛いと思ってしまって、そういうのも伝わってしまっているのかと、ルルの様子を伺う。でも、特に何も感じていない様子だった。


「少しずつ身体に馴染んでいってからだよ。最初のうちは大きな感情くらいかね。まぁないとは思うけど、もしそれが本物になったら、ガガランドに寄りな。国中があんたたちを派手に祝うよ」


「そんなこと、絶対に有り得ません」


 ルルは諦めたのか、きっとわたしを直接睨んでくる。それを嫌だと思う今の気持ちは、もしかしたらルルを傷付けることになるかもしれない。だから、わたしも気を引き締めないと。


「……何ですか? ナラさん」


 そんなルルの声が聞こえて目を向けると、ナラがルルの頭を撫でているのが見えた。


「ウィムのこと、本当に感謝しているよ」


 そう言って撫でていた右手をナラは急に驚くように手離した。わたしもルルもどうしたのかと心配になる。


「……今日は本当に、うるさいね」


 右腕をぎゅっと掴んだナラは、どこか嬉しそうに呟いた。


 その姿を見てわたしはふと思った。もう伝え合う相手がいないあの結びは、もうただの飾りなのかなって。


「すまないね、何でもないよ。私たちからもう一つ、これはお礼だ」


 そう言って、ナラは再びルルの頭に触れた。ナラの生命力マナが大きく動くのを感じる。ルルの頭上で桃色の粉が舞い踊って、そのままルルの髪に吸い込まれていく。ルルの灰色の髪が鮮やかに彩られていく。


「……何ですか?」


 何も分かっていないルルが何事かと頭を振っている。そんなルルをナラは見下ろしながら笑って言う。


「あんたらしくやってみただけさ」


「ルル姉ちゃん、綺麗!」


 いつの間にかレオンとウィムもやって来ていて、そんな感嘆の声をルルに向けていた。


「え? どういうこと……?」

「ウィム、鏡持ってきて!」

「うん、分かった」


「これで少しは街も歩きやすくなるんじゃないかい?」


 わたしの隣にやって来たナラがそうはにかむ。わたしはそんなナラを凝視してしまう。ナラの弱まった生命力マナはもうルルたちと大差ないように見えた。


「大丈夫さ。うちにはウィムがいるからね。魔物の心配なんてしてないよ。それに、もう私には魔法なんて必要ないからね」


「……ありがとう、ナラ」


「それは、こっちの台詞せりふさ」


 わたしたちの視線の先で子供たちとやり取りをするルルの姿がある。鏡を見て大きく口を開けて驚くルルの顔に、心臓が大きく脈打つ。わたしがいないと、ルルはあんなに表情豊かで楽しそうだった。


「勝手にすまないね、気に入らなかったかい?」


 髪を触りながら寄って来たルルにナラは尋ねた。


「いえ、別に……。でも、みんなびっくりするかもなって……」


 ルルが少し恥ずかしそうに言った時だった。わたしの右腕がどくんどくんと心臓が跳ねるみたいに鼓動を打った。それはわたしの右腕からじゃなくて、黒い点が何かに反応するみたいに。


「早速みたいだね」


 隣でナラがにんまりと笑ってささやいた。


「これが……?」


「それがどういう感情の元なのか、話し合って理解し合うんだよ。……結局、言葉なしには分かり合えないってことさ」


 いたずらに成功したみたいに、ナラは笑ってそう告げた。



〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆


「姉ちゃん、ありがとう! 良かったらさ、また遊びに来てよ」


 レオンがそう言って曇りない笑顔を見せる。


「うん。ナラとウィムのこと、任せたよ!」


「分かった。姉ちゃんみたいに強くなるよ!」


 そうしてレオンが差し出した手をわたしも握り返して笑う。


「ルルお姉ちゃん、その……、ありがとう」


 そのわたしたちの横でウィムがルルに話し掛けていた。レオンもその様子を穏やかに見守っているから、わたしもそれにならった。


「うん。どういたしまして」


 ルルは身を屈んでウィムにはにかんだ。


「……あの、またお姉ちゃんと話したい。だから……」


「うん! また来るね、約束する。いっぱい話そうね」


 そう言ってルルはウィムの頭を優しく撫でる。そして何かウィムの耳元でルルが呟いた後、ウィムがわたしに目を向ける。


「……助けてくれて、ありがとう」


「……うん! 元気でね」


 そうして子供たちとのやり取りを終えると、ナラがこちらに歩み寄る。


「何回もしつこいかもしれないけど、ありがとうね。あんたたちの旅の安全をここで祈っているよ」


「ナラさん、この髪……」


「気に入らなかったら、隣に変えてもらいな」


 そう言ってナラはわたしにからかうような目線を向けてくる。


「いえ、私らしくないとは思うけど、綺麗な色で好きです。それに、私の大事な家族の驚く顔が少し楽しみになりました」


「それは良かったよ。落ち着いたら連れておいで。何もないところだけどね」


「はい。約束もしたので必ず」


 ルルはそう告げて、ウィムに笑顔を向けた。


「フェム、気をしっかり持ちな」


「気をしっかり?」


「その結びもだけど、それ以上にあんた魔法は文字通り何でも出来るものだから気をつけなってことだよ」


「うん、分かった」


 そうして、わたしとルルは再び二人だけで歩き始めた。ルルは相変わらずにわたしの少し後ろを歩いているけど、もう気を抜くといなくなるような心配はない。


 まだ何も感覚が伝わらない結びに触れる。ルルとの正しい向き合い方なんて分からない。でも、これが何かのきっかけになってくれたら。もしそうでなくても、この結びを通してわたしをたくさん傷付けてくれたら、わたしはルルと少しは向き合える気がする。


「……遠慮しなくていいからね」


 わたしは後ろを振り返らずに声を出す。返事なんて返ってこないけど、それでいい。その調子でわたしのことをたくさん傷付けて。ルルになら、この夢を諦めさせられても、わたしは恨まないよ。


 だから、お願い。



第2章 偽りの絆を結ぶ 了

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