第三章:……私はお前の剣であり、盾なのだから/05
「うお…………」
学生寮の203号室に戻ってくると、途端にウェインは猛烈な眠気に襲われていた。
とりあえず最低限シャワーだけは浴びて汗を流した後、続けてフィーネがバスルームに入っている間……限界を迎えたウェインは、壁際にもたれ掛かるように座り込む。
こっくりこっくりと、揺れる頭は船を漕いでいて、今にもぐっすり寝入ってしまいそう。
「――――おい、起きろ」
と、そんな船を漕ぐ彼を……シャワーから出てきたばかりのフィーネが揺り起こす。
「こんなところで寝るんじゃない、風邪ひくぞ?」
「んああー……」
言われて、大あくびをするウェイン。
まるで大きな子供だ。図体だけ一丁前な、眠そうな子供に等しい呑気すぎる彼に、フィーネは小さく肩を竦めて。
「疲れているのは分かるが、寝るならせめてベッドにしろ」
と言ってから、フィーネは「仕方ないな……」とウェインの手を取ると、よっこいしょと彼を引き起こし。ふらふらと千鳥足を踏むウェインの手を引いて、ベッドのある方まで連れて行ってやる。
で、フィーネはそのまま彼を寝かしつけようとしたのだが。
――――あまりに眠すぎたのか、ウェインはそのままフィーネの手も引っ張って……彼女の身体ごと、がっくりとベッドに倒れ込んでしまった。
「お、おい……!?」
自分から引きずり込むことはあっても、その逆は滅多にない。
だから一緒に引きずり込まれたフィーネは流石に戸惑った反応を見せたのだが、しかしウェインはというと。
「うあー……」
……といった具合に、完全に意識朦朧とした様子。もう意識が落ちる寸前といった感じで、マトモなコミュニケーションなんて取れるはずもない。
「全く……本当に世話の焼ける奴だな、お前は」
だから、フィーネは引きずり込まれたことに驚きながらも、仕方ないなと言った様子でひとりごちると……そのまま彼をぎゅっと抱き締めてやる。
フラフラの頭をぎゅっと柔らかな胸に抱いてやりながら、細く囁くような声で、静かに子守歌なんか唄ってあげて……そっと頭を撫でてやれば。聞こえるフィーネの澄んだ声と、感じる温もりで安心したのか、ウェインはすぐに寝息を立て始めた。
「今日はよく頑張ってくれたな、偉いぞ……?」
そんな彼の頭を撫でながら、フィーネは眠るウェインの耳元で囁きかける。
「あの時……もしもお前が居てくれなかったらと、考えるだけでも恐ろしいよ」
囁きながら、スッと目を細めたフィーネ。胸の中で静かに眠るウェインの体温を感じながら、素直な気持ちをそっと打ち明けてみる。きっと聞こえてはいないだろうけれど……でも、彼に聞いて欲しくて。
「昔も今も、私を絶望の淵から救ってくれるのは……いつだってお前の、その真っ直ぐな勇気なのだな」
フィーネの中で、過去と現在の景色がひとつに重なり合う。
家族を目の前で奪われて、復讐だけが生きる意味に成り果てていた幼い頃。そして……再び目の前で生命が奪われかけた、今日の出来事。
でも、どちらもウェインが救ってくれた。真っ直ぐすぎる彼の勇気が……二度、フィーネの心を絶望から救い上げてくれた。
そのことを思い出しながら、フィーネは呟いて。
「そんなお前だから、私はずっと傍に居ようと決めたんだ。お前と共に戦う剣となり、お前を守る盾になろうと……そう、思えたんだ」
すぅすぅと穏やかな寝息を立てる彼に、そっと囁いてみる。
「何があっても、私がお前を守ってみせる。だから今は安心して眠るといい。今日は好きなだけ甘えていいんだ……私はお前の剣であり、盾なのだから」
赤子をあやすように頭を撫でながら、そっと大切に彼を抱き締めながら……心を込めて、静かに囁くのは……たった一言。
「…………おやすみだ、ウェイン」
安らかに寝息を立てる彼をぎゅっと胸に抱き寄せると、フィーネもまた……静かに、瞼を閉じるのだった。
(第三章『……私はお前の剣であり、盾なのだから』了)




