第三章:……私はお前の剣であり、盾なのだから/03
――――そんなこんなで、その日の放課後。
授業が終わり、帰りのホームルームも終わった後……そのままフレイアは風牙を連れて教室を出ると、何故か学院エリアを出てアリーナエリアを訪れていた。
アリーナエリア、言うまでもないがナイトメイル戦をするための広大な実習用エリアだ。
複数の島を跨いで構成されている広いアリーナエリアの中で、フレイアが訪れたのはその内のひとつ……仮想都市フィールドという場所だった。
――――仮想都市フィールド。
その名の通り、市街地を模したフィールドだ。
アリーナエリアを構成する島ひとつを丸ごと模擬都市に作り変えたような場所で、片側数車線の広い幹線道路や密集した街並み、オフィス街の高層ビルなんかも建てられている……文字通り、都市そのものを再現した大掛かりなフィールドなのだ。
街並みやビルといっても、流石に中身は工事中に等しいハリボテ同然だが……フィールドの広さも再現する規模も圧倒的。これほどまでに大掛かりなナイトメイル用の戦闘フィールドは、世界広しといえどもエーリス魔術学院のここぐらいだろう。
無論、その広さは決闘で使ったスタジアムとは比較にならないほど。
そんな街そのものな仮想都市フィールドに、フレイアは風牙を連れて来ていたのだった。
「……で、マジに仕込みなんだな」
「だから最初に言ったじゃないですか。地味な作業になりますけれど、我慢して付き合ってくださいね?」
で、今フレイアたちが何をしているかというと……チョークで何かを描いている真っ最中だった。
仮想都市フィールドの中心部にある高層ビル――を模した構造物の中、太い鉄筋コンクリートの柱にカリカリと白いチョークで何かを黙々と描いている。
それは――――簡単に言うと、魔術の術式だ。
基本的に魔術というのは魔導士が直接発生させるものだが、こうして物体に予め術式を描いておくこともできる。先に術式を描いておけば、後は魔導士の意志でパチンと好きなタイミングで発動させることが出来るのだ。
で、今こうしてあっちこっちに刻んでいる術式の正体だが。
――――トラップだ。
そう、これはトラップを発動するための術式。フレイアは迫るタッグマッチの模擬戦に備え、ウェインたちを追い詰めるための罠を仕掛けにわざわざ来ていたのだった。
フレイアが言った通り、まさにこれは仕込みに他ならなかった。
――――こうした模擬戦の際、こんな風に予め下準備をすることはエーリス魔術学院のルールで認められている。
年二回ある大掛かりなナイトメイル競技会でもそうだが、使用するアリーナエリアの場所が伝えられてからは、当日までにこんな風な下準備をするのはちゃんと認められているのだ。
だから、決してルール違反のズルというわけではない。
ないのだが……こんな地味で面倒なことをするのは、学院でもきっとフレイアぐらいなものだろう。少なくとも風牙は他にこんなことをしている生徒が居るなんて噂、聞いたこともなかった。
「にしたって、こんなこと意味あんのかよ? 相手はあの二人だぜ? んな小手先でどうにかなる相手じゃねえだろ」
目の前の柱にカリカリと白いチョークで術式を刻みながら、風牙がボヤく。
それにフレイアは――少し離れた場所で同じようにチョークを走らせつつ、こう答えた。
「勝利を得るために必要なことは、入念な下調べと地道な仕込みに他なりません。戦いの場での戦術は、より確実に勝利するための要素でしかない……戦いで勝つためには、まず最初に勝てる状況を演出することから始まりますから」
「……そういう用意周到なところ、ほんっとお前らしいよな」
「ふふっ、そうですか?」
「思い出してみりゃ、フレイアっていっつもこういうことばーっかやってたよな。ゲームやれば陽動に後ろからの奇襲と闇討ち、鬼ごっこやっても捕まえらんねえし、かくれんぼなんて俺がお前を見つけられた試しは一度もねえよ?」
「確かに、風牙と遊んで負けた覚えはありませんね」
「逆に俺が隠れる側だった時なんか、マジに一瞬で見つかってたしなあ……こう言っちゃなんだけど、フレイアって意外に騎士道精神とか欠片も持ってねえよな?」
「ふふっ、騎士道精神は確かに高潔ですが、それで勝てれば苦労しませんから。勝つためには手段を選ばない……それが私のやり方です♪」
「おー怖ええ……お前ならマジにあの二人に勝っちまいそうだな」
「そのためには、風牙の協力も必要不可欠です。アテにしていますからね?」
「ご期待に添えるかは分かんねーけどな」
ふふっと楽しそうに微笑むフレイアと、同じように愉快そうな顔を浮かべる風牙。
二人で幼馴染らしく昔話に花を咲かせながら、二人揃ってチョークを走らせて作業を進めていって。
「…………」
そんな作業の片手間に、フレイアはチラリと彼を横目に見る。
呑気な顔でチョークを動かして、指示通りの術式を柱に刻んでいく風牙。
そうして彼の呑気な顔を、ボケーっとした横顔を眺めていれば。フレイアの胸にふとよぎるのは――――あの日の、フィーネの言葉だった。
『私の見立てが正しければ、むしろお前の方がアイツのことを……』
あり得ない、あるはずがない。だって風牙とは単なる幼馴染で、彼に対してそんな感情なんて……恋慕の情なんて、あるはずがない。
それは間違いないはずだ。なのに……あの日のフィーネの言葉が、何故かずっと心の片隅に引っ掛かっている。まるで棘のように、彼女の言葉が……頭から離れない。
あるはずがない、あるはずがないのだ。だって……自分たちはただの幼馴染なんだから。
「んあ? どしたのフレイア、俺っちの顔になんか付いてんの?」
そうしていれば――――無意識にじっと凝視してしまっていたらしく、視線に気づいた風牙がきょとんと不思議そうに声を掛けてくる。
言われてハッと我に返ったフレイアは、一言。
「……何でもありませんよ」
と言ってすぐに笑顔を作れば、彼を――――そして自分自身を誤魔化してしまうのだった。
(そんなこと……あるはずが、ありませんから)




