第二章:ムーンライト・デュエル/07
「ウェイン……」
と、そんな彼の戦いを――――村から遠く離れた小高い丘の上から、フィーネは見つめていた。
母子を引き連れて、どうにかここまで逃げてきたのだ。これだけ離れればDビーストとの戦いに二人を巻き込む心配もないだろう。
村を見渡せる小高い丘の上から、炎に包まれて燃え盛る村と……そこで戦うファルシオンを遠くに見つめながら、フィーネは小さく目を細める。
「あの時も……復讐の鬼になろうとしていた私を引き戻してくれたのは、お前だったな」
呟きながら、思い出すのは遠い日の記憶。家族を目の前で奪われて、ゲイザーに対する強い復讐心だけで生きていた頃の自分と、そんな自分を引き戻してくれた幼い彼の……ウェインとの記憶。
何もかもが信じられなくて、ただゲイザーを滅ぼすことだけが生きる意味だった頃。家族の仇を討つ、それだけに囚われて生きていたフィーネを……救い出してくれた、彼の思い出。
「今も昔も、お前の心は眩しくて仕方ない。そんなお前の優しさに……勇気に、私はどうしようもなく心奪われてしまったのだな」
真っ赤な炎に包まれた村の中、インヴィジリアと必死に戦うファルシオン。
激闘を繰り広げるその姿を見つめながら、呟いたフィーネはふと背にした母子の方に振り向く。
振り向いたフィーネの、ルビーのような真っ赤な瞳が見つめる先で……燃える村を、母子は不安そうな顔で見つめていた。
そんな二人に「心配するな」とフィーネは微笑みかける。
「後のことは、私たちに任せてくれればいい」
「……勝てるんですか、あんな怪物に?」
不安に満ちた瞳を震わせながら、母親がフィーネに問う。
それにフィーネは「勿論だ」と即答すれば、チラリと男の子の方に視線を向けて。
「見ているがいい、そして……決して忘れるな! 闇があれば光もまたあるように、災厄を振りまく悪魔が居るのなら――――それを倒す希望もまたあることを!」
ウェインと似た風を感じる男の子に、その幼い心に託すようにフィーネが言葉を紡げば。
「……頑張って、お姉ちゃんっ!」
幼心でその意味を汲み取ってくれたのか、彼もまた真っ直ぐにフィーネを見つめながら呼びかけてくれる。
その顔に、さっきまでの不安そうな色はどこにもない。理屈じゃなく心で理解し、そして信じてくれたのだろう。二人が……ウェインとフィーネが、きっとあの化け物を倒してくれるのだと。
だからフィーネは「……ああ!」と力強く頷き返すと。
「準備は出来てるな……ルーネ!」
〈ええ! ファルシオン兄様にだけ任せてはいられません……私たちも参りましょう、お姉様!〉
「結構! では参るとしよう!」
ジークルーネの声に応えながら、フィーネは首から下げた銀のペンダントをそっと握り締めた。
――――瞬間、彼女の周囲に猛烈な疾風が吹き荒れる。
ぶわあっと、まるで竜巻のような激しい暴風の渦がフィーネの身体を包み込めば、長く美しい銀色の髪がふわあっと激しく靡いて揺れる。
そんな吹き荒れる疾風に、母親は思わず顔を背けながらぎゅっと男の子を抱き締めた。
だが――抱き締められた男の子は、激しい嵐の中でも目を逸らすことなく。今まさに戦いに赴こうとしている彼女の、フィーネ・エクスクルードの背中を真っ直ぐに見つめていた。
「――――ウェイクアップ・ジークルーネ!!」
叫んだ瞬間、フィーネの身体は竜巻の中に包まれて……風とひとつに融け合って消えていく。
吹き荒れ続ける竜巻は、そのまま加速度的に強さを増して、高く大きく膨らんで。数十メートルの高さまで伸びたそれが、ある時ひゅんっと晴れれば――――現れるのは、真っ青なナイトメイルの巨大な背中。
夜風に背中の長いマントを靡かせる、細身なシルエットの青い騎士。ギュンと鋭角に尖った騎士甲冑を身に纏った、風の化身のような気高い姿の魔導騎士。
その名は――――ジークルーネ。
「わあ……!」
「なんて美しい姿……これが、あの方のナイトメイルなのね」
現れたその気高い後ろ姿を見上げながら、男の子は目を輝かせていて。それを抱き締める母親もまたジークルーネに目を奪われていた。
そんな二人の方に小さく振り向いて、最後に小さく親指を立ててサムズアップしてやると――ダンッと地を蹴って急加速したジークルーネは、まさに突風のような勢いで瞬時に母子の傍から離れていった。
青い軌跡を描いて、流星のような勢いで飛んでいくジークルーネ。
そんな彼女を見送りながら、男の子を抱き締めたまま……祈るような口調で、そっと母親は呟くのだった。
「どうか……頑張ってください。信じていますから、きっと勝ってくださると……」




