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ダイバージェンス・フィーネ  作者: 黒陽 光
Chapter-02『金色の姫騎士』
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第二章:ムーンライト・デュエル/05

 窓の外に見えるのは、雄叫びを上げる巨大な影。

 それは間違いなく、偵察画像で見たあのDビースト……不可視超次元獣インヴィジリアだった。

 音もなく、あの巨体はどこからともなく現れた。窓越しに見える不気味なそれを前に母子は恐怖し、ウェインたちは苦い顔でじっと見上げている。

 ――――気配すら、感じなかった。

 まさか本当に瞬間移動でもしてきたのか、それとも単に透明化したままじっとしていただけなのか。どちらにせよインヴィジリアは長い沈黙を破り、今再びこの村に現れていた。

「ッ……来るぞ、二人を早くっ!!」

「わーってらい!」

 二度目の咆哮、その後にブンっと巨体の尾が揺れる。

 それを見たフィーネがハッとして叫び、直後にウェインはへたり込んでいた母親と……男の子も一緒にガッと担ぎ上げると、全速力で玄関の方に駆け出していく。

「うおらぁぁぁっ!!」

 バンッと力任せにドアを蹴破って、フィーネも一緒に外へ。

 その数瞬後――――上から叩きつけられたインヴィジリアの尻尾が、家の半分をぺしゃんこに叩き潰してしまった。

 ……あの辺りは、丁度さっきまで母子が居た場所だ。

 もう少し遅かったら、今頃あの家と一緒に母子もぺしゃんこになっていただろう。それを思えばウェインは背筋を震わせる思いだったが、しかし足を止めるわけにはいかない。

「あ、危ないところを……」

「いいから、あんたらはあっちに逃げてろ!」

「ここは我々に任せて、二人は一刻も早く安全な場所に!!」

「…………はい!」

 肩に担いでいた二人を下ろしてやると、早く逃げろと言うウェインたちに母親はぺこりとお辞儀をしてから……男の子を連れて逃げていく。

 そんな二人を庇うように、ウェインとフィーネはサッと背中からピストルを抜いて……連射。

 ガンガンガンッと乾いた銃声が轟き、パッと銃口から火花が散る。スライドが激しく前後し、金色の空薬莢が蹴り出される度に放たれるのは……スレイプニール謹製、5.7ミリ口径の特殊拳銃弾。

 ちょっとした防弾チョッキぐらいならブチ抜けるほどの高貫通力を誇る弾だが、しかし……相手は40メートル級の化け物だ。あの巨体が相手では殆ど効果なんてない。体表で多少の火花が弾ける程度で、インヴィジリアはまるで意に介していない様子だった。

「効くはずもない……か! 何がお守りだ、全然役に立たないじゃないか……!!」

「ったりめえだろうが! 相手を考えろってんだ相手を! ハンドガン如きでどうにかなる相手じゃねえだろうがっ!!」

「……だが、こちらに注意は逸らせたな!」

 フィーネは隣のウェインと言い合いながら、効果がないと見るやすぐにピストルを戻し、バッと両手を振り被る。

「ならば、これならどうだっ!! ――――タイフーンエッジ!!」

 クロスした両手をバッと振り抜いて、放つのは大きな三日月型の風刃。

 放つそれは風属性の攻撃魔術『タイフーンエッジ』。フィーネの身の丈を遙かに超える二つのクロスした風刃がインヴィジリア目掛けて飛翔する。

 すると――――今度は効果があったようで、直撃した風刃は奴の体表に浅くだが十字の傷を刻みつけた。

 タイフーンエッジを喰らったインヴィジリアは苦悶の唸り声を漏らし、僅かにたじろいだ様子を見せる。

 ――――Dビーストは、プラーナに弱い。

 だから拳銃弾で効果が無くても、攻撃魔術を……プラーナエネルギーの塊を喰らえば、このようにある程度だがダメージを与えることが出来るのだ。

 とはいえ、生身で撃てる魔術ではたかが知れている。

 可能な限り早めにナイトメイルで戦う必要があるが……しかし、今はあの母子が逃げる時間を稼ぐ方が優先だ。ナイトメイルとDビースト、せめて巨体同士が殴り合う中でも安全な距離に逃げてくれるまでの間は……生身でも、不利を承知で戦うしかない。

「喰らいやがれ! プロミネンス……バァァァァストッ!!」

 逃げていく母子の背中を横目に見つつ、ウェインも間髪入れずに攻撃魔術を発動した。

 雄叫びを上げながら突き出した左の手のひらから放つのは、燃え滾る真っ赤な焔の奔流『プロミネンスバースト』。超強力な灼熱の焔がウェインの左手からぐんぐんと伸びて、そのままインヴィジリアの身体に突き刺さる。

 ウェインの放った焔はそのまま奴の身体を焼き焦がし、手傷を負ったインヴィジリアの体表からバチンと火花が散る。

 だが流石にあれだけの巨体が相手とあっては、特殊合金も一瞬で溶かし尽くすプロミネンスバーストの火力といえども焼け石に水。インヴィジリアは声を上げて苦しみはするものの、やはりそこまでのダメージは負っていない様子だった。

「ッ! 来るぞウェイン、避けろっ!!」

「おわぁっと!?」

 無論、インヴィジリアの方もやられっ放しとはいかない。

 三度目の咆哮を上げると、奴はぐんっとその巨体を動かし……長い尻尾を横薙ぎに、力任せに振り回す。

 ハッとして警告したフィーネと一緒に、ウェインも咄嗟にバッと地面に伏せる。

 そうすれば、二人の頭上を巨大な尻尾がブンっと激しい風切り音を立てながら通り過ぎて……軌道上にあった家や瓦礫をめちゃくちゃに叩き壊し、吹き飛ばしてしまう。

「やりたい放題やってくれやがるぜ……!」

「気を抜くんじゃない! 見ろ……奴の背中が光り始めている!」

「ッ! 坊主が言ってた例のレーザーか!?」

 尻尾を振り終えた直後、今度はインヴィジリアの背中が青白く光り始める。

 それを見た二人の脳裏によぎるのは、ついさっき男の子から聞いた話。

 ――――奴は背中にレーザービームか、それに近しい熱光学系の攻撃器官を持っている。

 そんな男の子の話を事前に聞いていたからこそ、二人は先んじて動くことが出来ていた。

「……来るぞ!」

「こうなりゃ度胸一発だ! ――――フォトンシェェェェドッ!!」

「防ぎ切れるかが問題だがな……!」

 バッと立ち上がって、二人がバッと突き出した左手から同時に展開するのは光のバリア。

 光属性の防御魔術『フォトンシェード』だ。それを二人は最大限の大きさと分厚さで展開し、二人分を二枚重ねにして攻撃に備えた。

 すると直後、遠吠えのような声を上げたインヴィジリアの背中から無数の光柱が打ち上がった。

 間違いない……レーザービームだ。何百という青白い光線が、どういうわけかぐにゃぐにゃと蛇のように曲がりながら、村のあちこちに降り注ぎ始める。

 無論、その大半はウェインたちを狙ったものだ。頭上から降り注ぐレーザービームの雨を、二人は重ね合わせたフォトンシェードで受け止める。

「っ、流石に重いな……!!」

「気ぃ抜くんじゃねえぞフィーネぇっ!! 気持ちで負けなけりゃ勝ち目はあるってもんだ!!」

「フッ……お前に言われるまでもない!」

 降ってくるレーザービームの流れ弾は、まだ無事だった家屋を一撃で叩き壊し……いや、それすら通り越して跡形もなく消滅させてしまうほどの威力だ。

 しかし相対するウェインとフィーネは二枚重ねにした光のバリアで真っ向から受け止め、どうにか防ぎ続けている。

 二人が重ね合わせたフォトンシェードは何十、何百というレーザーを弾き飛ばしていた。バリアの表面は僅かにひび割れ始めていたが……それでも、重ねた光のバリアはあの超強力なレーザービームを前にしても破れずに、どうにか防ぎ切ってみせたのだ。

 そう、二人はどうにか無事だった。

 だが――――村中に飛び散った無数のレーザービームは、確かに逃げ道を塞いでしまっていて。

「――――きゃぁぁぁぁっ!?」

 突如として聞こえてきた悲鳴に、二人が思わず振り向いてみると。

 遠くの方に見えたのは……さっき逃がしたはずの母子が、今まさに崩れ落ちてきた瓦礫の下敷きになろうとしていた光景だった。

 レーザービームの余波で破壊された家屋の瓦礫が、頭上から母子に襲い掛かる。

 逃げられない、逃げている時間なんてない。

 それを察してなのか、せめて子供だけでも庇おうとして……母親は連れていた男の子をバッと乱暴に突き飛ばす。

 すると、その直後――――母親の姿は、崩れ落ちてきた瓦礫の中に消えていった。

「っ、おいマジかよ……!!」

 突き飛ばされた男の子は、間一髪のところで無事だった。

 でも、母親は……崩れ落ちた瓦礫の下敷きに。

 それを見たウェインがくっと顔をしかめる中、その隣で……フィーネの顔は、見る見るうちに青ざめていく。

「……な、そんな……っ」

 青ざめた顔で呟くフィーネの双眸、ルビーのような赤い瞳が捉えるのは、絶望の景色。

 土埃が晴れた先で、折り重なる瓦礫の隙間から……母親が顔と片手だけを僅かに垣間見せている。

 頭から血を流しながら、震える手を必死に伸ばして、ぱくぱくと口を動かしているのが見える。目の前で呆然とする男の子に、身を挺して庇った我が子に語り掛けているのだろうか。

 そんな母親の紡ごうとする言葉が、フィーネには……こんな遠くに居るのに、何故か分かるような気がした。

『逃げて、貴方だけでも生きていて』

 瞬間――――フィーネが強烈にフラッシュバックするのは、あの日の記憶。Dビーストの次元災害に遭い、目の前で父と母を、妹のミアを奪われたあの日の記憶。家の瓦礫に埋もれながら、フィーネに語り掛けてきた母の言葉。

 ――――逃げてフィーネ、貴女だけでも……生きていて。

「やめ……やめてくれ……っ」

 蘇る過去のトラウマ、鮮烈にフラッシュバックする忌まわしい記憶。

 フィーネの中で目の前の光景と、幼い自分が経験したあの惨劇とが重なり合い……彼女の両脚から、力を奪い取る。

 うわ言のように呟きながら、ぺたんと力なくへたり込むフィーネ。

 それを見てウェインが「お、おいどうしたってんだよ!?」と驚く中、インヴィジリアはぐるんと巨体を動かし……瓦礫に埋もれる母親と、その前で呆然とする男の子の方に振り返る。

 ――――奴は明らかに、狙いをウェインたちからあの母子に移した。

 巨大な足で大地を踏みしめて、ズシンズシンと地響きを立てながらインヴィジリアが母子に迫る。

 間違いない、奴はあのまま踏み潰す気だ――――!!

「……やめ、やめろ……やめてくれぇぇぇぇぇっ!!」

 瓦礫の下に埋もれた母親は、その前で呆然と座り込む男の子は、あのまま潰されてしまうのだろうか。あの日のように……あの、忌まわしい夜のように。

「やめろぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 思わず、フィーネは叫んでいた。

 だがしかし、Dビーストがそんな彼女の願いを聞き入れるわけもなく。インヴィジリアがまた大きく一歩を踏み出して、今にも母子を踏み潰そうと、その巨大な足を振り下ろそうとした――――その寸前。

「やらせるかよ! ――――ファルシオォォォンッ!!」

 叫ぶフィーネの横を、びゅんっと風のように走り抜けていったウェインが――懐から白い短剣を抜き放つ。

 抜き放った刀身からバッと眩い閃光が放たれて、そのまま走る彼の身体を包み込み……真っ白い流星となったそれが、超高速で母子の前まで突き抜けていく。

 すると、踏み潰そうとしたインヴィジリアの前足を……下から押し上げるように現れた純白の天使が食い止めて、そのまま奴の巨体をひっくり返してしまった。

「ファル、シオン……」

 流星のように舞い降りて、ギリギリのところで母子を助け出した白い天使。

 純白の甲冑と、鳥のような真っ白い四枚羽を持つ神秘的なナイトメイル。

 二本足で大地を踏みしめて、母子を庇うように立つ、その神々しい魔導騎士の姿を……ファルシオンの背中を、フィーネはただ茫然と見上げていた。

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