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ダイバージェンス・フィーネ  作者: 黒陽 光
Chapter-02『金色の姫騎士』
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第一章:少女の抱く想いと、月夜に祈る願いと/01

 第一章:少女の抱く想いと、月夜に祈る願いと



 それから、遡ることおよそ三日前のこと。

「ふっ……!」

「ん、ウェイン……動きが見え見えだぞ」

「分かってらぁっての!」

 まだ日も昇って間もないような早朝、国立エーリス魔術学院の学生寮。その広い屋上で……ウェイン・スカイナイトとフィーネ・エクスクルードの二人は組手をしている真っ最中だった。

 シュッと拳を突き出して、互いのそれを上手に受け流し、時に足技も交えながら互いに拳を交わし合う。ウェインの結んだ黒髪の尾が激しく揺れて、フィーネの銀髪はきらきらと朝日に煌めきながらふわりと舞い踊る。

「よし、捉えたぞ……でやあああっ!!」

「おおっと……っとっと!」

 幾度となく交わす格闘の最中、隙を突いてフィーネは回し蹴りを仕掛けてきたウェインの足首を掴み、そのままテコの要領で彼の身体をぐわんっと大振りに投げ飛ばす。

 華奢なフィーネからは想像できないほどの強い力で投げ飛ばされたウェインは、空中をくるくると回りながら体勢を立て直して着地。そのままタンっとバネのように地面を蹴れば、弾丸みたいな勢いで再びフィーネの懐に飛び込んでいく。

 繰り出すのはストレート、横から薙ぐフック、搦め手の蹴り技。

 それら全てをフィーネは上手く受け流せば、全く同じことをウェインに向かって繰り出していく。

 ウェインもまた、それを完璧なタイミングで躱し続ける。

 ――――阿吽(あうん)の呼吸、という言葉がある。

 二人の交わす組手は、まさにその言葉に相応しいほどピッタリ息の合った、見るものを圧倒するほどに見事なコンビネーションだった。

「ふっ……!」

「おらぁぁぁっ!!」

 そしてまた幾度も拳を交えて、最後に二人が繰り出すのは全く同じタイミングでの回し蹴り。

 互いに高く振り上げた脚がバシンと音を立ててぶつかり合えば、それが終わりを告げる合図。脚を振り上げて、互いの足首を触れ合わせたまま、数秒間だけ残心しつつ……二人は無言でアイコンタクトを交わし合うと、ほぼ同時に構えを解いた。

「よっし、いい汗かいたぜ。久し振りに気持ち良かったな」

 うーんと伸びをしながら言うウェインに、フィーネも腕組みをしながら「うむ」と満足げに頷き返す。

「今まではこれが日課だったからな。最近は立て込んでいて出来なかったが……やはり朝に一汗流すと心地が良いな」

「全くだぜ。にしたって寮の屋上とはねえ……フィーネ、お前こんな穴場よく見つけたよな?」

「ここの屋上は基本誰も寄り付かない、とフレイアに聞いてな。私たちの日課に丁度いい場所だと思ったんだ」

「なるほどねえ、良いこと聞いたじゃないの」

「そうだな、これで毎日心置きなく出来るというものだ」

 傍らのベンチに置いていたタオルを投げ渡しながら、フィーネに浮かぶのはご満悦といった表情だ。

 ……彼女が言った通り、この学生寮の屋上には基本的に誰も近寄らない。

 一応こうして開放はされているのだが、しかし昼休みの憩いの場となっている校舎の屋上と違って、ここはあくまで学生寮だ。自分の部屋があるのに、わざわざこんなところに寄り付く者はそう居ないだろう。こんな早朝なら尚更のことだ。

 ならば、こうして日課の組手を交わすには丁度良い場所かもしれない。良いところに目を付けたな、とウェインは内心でフィーネに感心していた。

「さてと、そろそろ良い頃合いだ。ウェイン、部屋に戻ってシャワーでも浴びようか」

 タオルを首に掛けながら振り返ったフィーネに言われて、ウェインも「んだな」と頷きつつ、彼女と一緒に部屋へと……学生寮の203号室へと戻っていく。

 流石に汗だくのまま教室に行く、というのは避けたい。幸いにして学生寮から校舎は目と鼻の先ぐらいの距離だから、ゆっくりシャワーを浴びてからでも朝のホームルームには十分間に合う。通学時間なんてゼロに等しい学生寮暮らしは、これが出来て良いのだ。

 と、部屋に戻った二人は交代でシャワーを浴びて汗を流してから、ブレザー制服に着替えて……二人で部屋を出ると、校舎を目指して歩き始める。

 校舎に入って階段を昇り、廊下をある程度歩いた先にあるのがウェインたちの教室だ。

「――――おう、今日もお揃いだねえご両人」

「ふふっ、おはようございます」

 ガラリと戸を開けて教室に入っていけば、出迎えるのはいつもの二人だ。

 雪城(ゆきしろ)風牙(ふうが)とフレイア・エル・シュヴァリエ。特に風牙とはひと悶着あったが、決闘を経た今ではもう善き友人同士。だからウェインは「へいへい」とぶっきらぼうに、フィーネは「うむ」と普段通りの調子で挨拶を返してやる。

「そういやお二人さん、この間の中間テストの結果ってどうだったのよ?」

 二人揃って席に着けば、フレイアと一緒に近づいてきた風牙がそんなことを二人に訊く。

 中間テスト、そう中間テストだ。中間と期末の二回、学年末だけ一回の……計五回の筆記テストが行われるのは、例えエーリス魔術学院といえども普通の学園となんら変わりない。その中間テストが、ついこの間あったばかりなのだ。

 結果そのものは先週末にもう返ってきている。新顔のウェインたちの成績がいかほどのものか、何となしに風牙は気になったのだろうか。

「ああ、そういえばそんなものも返ってきていたな……別に隠すものでもないし、見たければ構わんぞ」

 と言って、フィーネは鞄の中に入っていたペラ紙一枚の成績表をひょいと風牙に手渡してやる。

「……うおすげえ、オール満点かよ。流石フィーネちゃんだ」

「わあ、これは見事に百点ばっかりですね」

 それを受け取った風牙と、横から一緒に見るフレイアの反応といえばこんな感じ。

 二人が口にした通り、フィーネの成績は全教科パーフェクトの百点満点。彼女のイメージ通りといえばその通りだが、でも実際にこんな圧倒的な成績を見せられると、風牙もフレイアも思わず感心してしまう。

「で、ウェインよお? おめーはどうなんだよ、えぇ?」

「んだよ、俺のも見たいのか?」

「ったりーめだろ、っつーかお前のが目当てだっての。どうせボロボロなんだろ? 分かってっから恥ずかしがらずにお兄さんに見せてみなさいって、ほれ」

「……ったく、しゃーねえな」

 妙にうっとうしいノリの風牙に急かされて、ウェインも渋々ながら成績表を見せてやる。

 すると、ウキウキしながら受け取った風牙の反応といえば――――。

「……………………は?」

 と、まず最初はぽかーんとした顔になって硬直し。

「おま、えっ……は? お前が? お前がこーんな良い点数なの??」

 次にこんな風に目をぱちくりさせながら、ウェインの顔と成績表を交互に見比べて。

「――――ふっざけんなああああっ!!」

 最後には、怒りとも悲しみともとれる複雑な叫び声すら上げていた。

「んだよ、俺の成績が良くっちゃ悪いのかよ!?」

「バカヤロー、お前のイメージと違うんだよこの野郎っ!!」

「イメージと違うって、てめえオイそりゃあどういう意味だ!?」

「言ったまんまじゃアホたわけぇっ!! おま、お前みたいなガサツな奴は成績ボロボロなのが定番ってモンだろぉ!? なのに、なのにお前、全教科パーフェクトってお前……イメージと違いすぎんだろうが!?」

「ワケの分からねえ文句言ってんじゃねえよ!?」

「いやフィーネちゃんなら分かるよ? フィーネちゃん可愛くて強くてオマケに賢いもんね? 文武両道の才色兼備って感じだよね? うん分かるよ、それは分かるよ? でもお前はぜってーそういう感じじゃねえって!」

「ひでえ言われようだなオイ!?」

 …………と、まあ風牙といえばこんな感じ。

 完全に意味不明にも程がある文句のつけ方だ。ウェインも言い返しながら、なんで自分は文句を言われているのだろう……と思わず首を傾げてしまうぐらい、風牙の言っていることは意味不明だった。

 ……まあ言うまでもないだろうが、ウェインのテスト結果もフィーネと同じオール満点だ。

 というか、これぐらいの成績が楽々取れなければ潜入任務なんてやっていられないし、任されるはずもない。最近はウェイン本人も忘れがちだが、これでも一応スレイプニールのエージェントなのだ。この程度は朝飯前、教科書をパラパラ捲っただけで大体は理解できる。

「まあまあ、風牙もその辺にしておきなさい」

「ウェインも落ち着け、奴のペースに乗せられすぎだ」

 二人がまたいつものようにヒートアップしかけたところで、フレイアとフィーネがそれぞれ二人を(いさ)めて止める。

「でも、お二人とも優秀なんですね。ふふっ……期末の時はお二人に教えて貰いましょうか」

「手が空いている時なら構わんぞ。……ふむ、そういえばお前たちはどうだったんだ?」

 フレイアが楽しそうに微笑む中、ふと思い立ったフィーネが訊いてみる。

 すると、二人とも今回の成績を見せてくれたのだが……結果は何というか、フレイアと風牙で対照的なもの。

 まずフレイアだが、パーフェクトには一歩届かないまでもかなり高得点揃いだ。本人曰く「私としたことが、回答欄をひとつ間違えてしまって……」とのことだから、本当なら百点を取れていた教科が幾つかあったのだろう。

 …………で、風牙の方だが。

「ふむ、なるほどな」

「お前……なんて言うか、絶妙にコメント付けづらい点数だな」

「う、うるせー!」

 小さく唸るフィーネと、微妙な顔をするウェインが視線を落とす風牙の成績表。そこに記されたテスト結果は……まあなんとも言えないような点数ばかり。

 大体は50点とか60点とか辺りで、高くて70点台、低いと30点ちょっとで赤点ギリギリ。総合的には可もなく不可も無く、まさにウェインの言った通りコメントがしづらい微妙な感じだ。

 雪城風牙は学院トップクラスの実力といわれているが、それはあくまで実技の話。こうした座学方面は何とも言えないのが実際のところのようだ。もしも彼が座学も優秀なら、きっと主席だったとは思うが。

 だから、二人の反応はこんな感じだった。

「ま、まあ……風牙は昔から勉強はあまり得意ではありませんでしたからね」

「だろうな」

「おいお前なんだその納得しましたーな反応よぉ!? 俺っち傷付いちゃうよ流石にぃっ!?」

「いや事実だろうが」

「うむ、事実なら仕方ないな」

「……えっと、その通りですからね」

「うわーんフィーネちゃんにフレイアまでぇっ! 俺っち超ショック! あーもう心折れたぁ! 辛くてもう夜しか寝れねえよこんちきしょう!!」

 ウェインとフィーネ、それに幼馴染のフレイアにまで即答された風牙がガックリと大袈裟なアクションで膝を折る。

 そんな彼の大仰にも程があるリアクションを見て、ウェインが呆れてフィーネが小さく笑って肩を揺らし、フレイアがふふっと微笑んだ頃――――鳴り響いた予鈴のチャイムと一緒に、教室の戸がガラリと開く。

「はい、ホームルーム始めますよ。皆さん席に着いてください」

 入ってきたのは担任教師エイジ・モルガーナ。きゅっと一本結びにした銀髪の尾を揺らして入ってきた彼が教壇に立ったのを合図に、皆はそれぞれ解散して席に着く。

 こうして、今日も変わり映えのない一日が始まろうとしていた。ウェインとフィーネ、二人にとってはまだまだ新鮮な……普通の学生としての、ごく当たり前の一日が。

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