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ダイバージェンス・フィーネ  作者: 黒陽 光
Chapter-02『金色の姫騎士』
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プロローグ:コードD発令

 プロローグ:コードD発令



 それは、とある真夜中の出来事。

 静かな夜の真っ暗闇の中、月明かりだけが薄ぼんやりと照らす真っ暗な夜空の中を、風を切り裂く銀翼が飛んでいた。

 大型の、艦上戦闘機。ノーティリア帝国海軍に所属する戦闘機だ。シートが前後に着いた複座型のそれは、次元湾曲現象が観測されたとの報せを受けて、洋上に浮かぶ航空母艦から緊急発進してきた機体だった。

「次元湾曲現象……ホントなんすかね、大尉?」

「分からん、実際に見てみないことにはな。今は任務に集中しろ」

 そんな真っ暗な夜空を飛ぶ戦闘機の中、言葉を交わすのは後席のRIO(リオ)(レーダー迎撃士官)と、大尉と呼ばれた前席パイロットの二人だ。硬い口調のパイロットはともかく、どこか半信半疑な様子のRIOも……抱く緊張感は同じだった。

 ――――次元湾曲現象。

 普通ならあり得ないそれが観測されたということは、つまり今から向かう先には……。

 ……それを思えばこそ、二人の表情は自然と硬くなる。操縦桿を握るパイロットの右手にも、自然と力が籠もっていた。

「ウェイポイント・ブラボー通過。目標空域に到達しました」

 と、計器盤のモニタと睨めっこしていたRIOが告げる。

「方位290トゥー・ナイナー・ゼロに転針を」

「分かった」

 RIOに応えながらパイロットがクッと操縦桿を右に動かし、機体は緩やかに旋回を始める。

 とはいえ、こんな真っ暗闇の中だから視覚的な変化は全くない。操縦桿から伝わる感覚と、後はADI(姿勢指示器)の示す機体の傾き具合だけが頼りだ。

 …………夜間飛行は、目隠しをして飛んでいるのと同じだ。

 キャノピーの外に広がる景色は、右を見ても左を見ても真っ暗闇だけ。こんな中だと生身の平衡感覚なんてアテにならない。極端な話、地面に向かって真っ逆さまに落ちていたとしても……感覚的には普通に水平飛行している、と勘違いしてもおかしくないのだ。

 上も下もない中に、目隠しをした状態で放り込まれるのと同じこと。上下左右、自分がどこにいるか全く分からない状態は……言葉では言い表せないほどの、本能的な気持ち悪さがある。

 そんな中で頼りになるものといえば、正面にあるHUDに表示されている高度と速度に機体姿勢。後は……計器盤のHSI(水平位置指示器)が示す方位ぐらいなものだ。

 計器飛行とはよく言ったもので、この夜闇の中で頼れるものは肉体的な感覚よりも、こうした計器の示す機械的な数値のみだ。

 そんな危うい綱渡りの夜間飛行を、しかしパイロットは臆した様子もなく、慣れた調子でその銀翼を自在に羽ばたかせていた。

「これより偵察行動を開始する。……少尉、TARPS(タープス)を起動しろ」

「イエス・マイロード、TARPS(タープス)起動します」

 そうして転針を終えた頃、パイロットに言われたRIOがTARPS(タープス)――腹下に積んだ偵察ポッドを起動。高精度カメラを使っての地上偵察を始めた。

 と、偵察を開始して数秒が経った頃。

「…………なんてこった、これが現実なのか?」

 後席から聞こえてきたのは、絶句するRIOの声だった。

 それを聞いて、パイロットの方も計器盤にあるモニタのひとつに後席と同じ画面……つまりTARPS(タープス)のカメラが捉えた地上の様子を映し出す。

 パチンとスイッチを弾いて画面を切り替えて、まず最初に映し出されたのは……モニタいっぱいに広がる炎。

 炎に包まれているのは、奥深い山中にある小さな村。のどかな田舎だったのだろう村一面が、真っ赤な炎に覆われていた。

 ……だが、問題はそこじゃない。

 そんな炎に焼かれる村のド真ん中に、巨大な影がうごめいていたのだ。

 この世のものとは思えない異形、とんでもない大きさの怪物。巨大な四本足で炎の中を闊歩するその姿は、もはや怪獣と喩えるしかないような……そんな、あまりに現実感のない光景がモニタの向こう側に広がっていた。

「信じられない……こんなの、まるで映画かテレビ番組じゃないか。昔の特撮映画で見た怪獣そっくりだ……」

「…………Dビースト、やはりか」

 ひどく狼狽しているRIOとは裏腹に、呟くパイロットの声は落ち着いていた。

 ……が、動揺しているのは後席の相棒と同じだ。ただこの機を預かる者として、冷静であろうと努めているだけ。あまりに現実感のない、しかし気味が悪いほどに現実味のある光景に戦慄しているのは、彼とて同じことだった。

 だからパイロットは微かに声を震わせつつも、しかし動揺を表に出さないようにしつつ無線通信の回線を開く。

「マスタング、マスタング、こちらゴーストライダー。現在偵察行動を実行中、目標エリアにDビーストの姿を確認した。次元湾曲現象の観測は誤報じゃない、コードDの発生を認める」

 マスタングというのは母艦に、ゴーストライダーはこの機体に割り振られたコールサイン……交信中の識別名みたいなものだ。

 そして、コードDが示す意味は――――次元災害の発生。

『――――マスタングよりゴーストライダー、状況は理解した。可能であれば偵察情報をデータリンクで送信せよ』

 数秒後、無線が返ってくる。空母からの指示だ。

 パイロットはそれに「了解」と返しつつ、後席のRIOに短く指示する。

「少尉、聞いていたな?」

「イエス・マイロード。データリンク接続、確認……リアルタイムでの送信を開始します」

 戦術データリンクシステムを通じて、機体のTARPS(タープス)が映した偵察映像が空母に送信され始める。

 そうして送信を始めて数秒後、空母から返答が返ってきた。

『……確認した。ゴーストライダーは引き続き偵察活動を続行せよ。信じられない状況で動揺しているだろうが、今は君たちだけが頼りだ。どうか気を引き締めて当たってくれ』

 平静を装っているが、返答の声もやはり微かに震えていた。

「イエス・マイロード。こちらはターゲティングポッドも携行している、必要であれば爆撃照準用のレーザーを照射することも可能だが」

 だからパイロットもあくまで冷静な声で、事務的に訊き返してやる。

『いや、その必要はない。Dビーストは通常兵器で効果のある相手じゃない……そのまま偵察を続行してくれ』

「ゴーストライダー、了解した」

 短く言葉を返して通信を終え、ふぅと小さく息をつく。

 だが、それから数分後……空母から更なる通達が飛び込んできた。

『――――マスタングよりゴーストライダーへ通知する。現時刻を以て、本件は皇帝陛下の直轄となった。以降は最高レベルのセキュリティ・レベルが与えられる。分かっているとは思うが、本件に関しては一切他言無用だ』

「皇帝陛下が直々に、って……!?」

 驚いた様子のRIOに「だろうな」とパイロットは返しつつ、空母に了承の意を返す。

 当たり前といえば、当たり前の話だ。

 Dビーストや、超次元帝国ゲイザーに関しての話は……一般には完全に秘匿されている。帝国軍でも知る者はほんの一握りなのだ。それほどまでの事態、あらゆる権限をすっ飛ばして皇帝が自ら指揮を取ったとしても何らおかしくはない。

 だから、パイロットの彼は驚きはしなかった。

「っ――――大尉!?」

 そんなやり取りの直後、後席からRIOの戦慄した声が聞こえてくる。

 パイロットも「分かってる」と頷き返し、ぱちくりと瞬きをした後で……改めてモニタに視線を落とす。

 ――――消えている。

 消えているのだ、あの巨大なDビーストの姿が。

 慌てたRIOがカメラのズーム倍率を変えてみたり、あちこち探し回っているが……しかし燃え盛る村のどこにも、あの巨体の姿はない。

 消滅した、と言ってもいいだろう。

 それとも瞬間移動でもしたのだろうか。どちらにせよ、あの巨大な怪物が瞬きする間に姿を消したこと……それだけは、事実だった。

「消えた……そんな、あり得ない!?」

「少尉、落ち着け! 可視光で見えなくなっただけかもしれん……サーマルを試してみろ!」

「やってみましたよ! 赤外線も、紫外線も! あらゆるモードで捜索してみました……でも、居ないんですよ! どのモードでも反応が無いんです……消えたんですよ、あの化け物はっ!!」

「っ……! こちらゴーストライダー、マスタング聞こえるか!?」

『…………マスタングよりゴーストライダー、こちらでも状況は確認している。信じられん……こんなことがあり得るのか?』

 無論、映像はデータリンクを通してリアルタイム共有しているから、空母の方でもあの怪物が消えたことは把握している。

 だからこその、多くを聞かずしての応答。であるが故の……二人と同じように戦慄した声だった。

『こうなった以上、消えたとしか言いようがない……Dビーストは理解を超えた相手だとは聞いていたが、ここまでとは』

「マスタング、次の指示を! 一体この後どうすりゃいい!?」

『少し待て。……ひとまず、燃料が持つ限りは偵察を続行せよ。現空域に可能な限り留まって情報を集めるんだ。村の被害状況も知りたい……出来るか、ゴーストライダー?』

「……イエス・マイロード。あと一時間程度なら滞空する余裕はある。ゴーストライダーは命令を受諾、偵察任務を続行する」

 無線で応答を返した後、パイロットはふぅ、と小さく息をつく。

 そして操縦桿を握ったまま、チラリとキャノピー越しに下方を見下ろしてみる。

 広がるのは、夜闇の中にぽつんと浮かぶ赤い灯火。ロウソクのようにも見えてしまうそれは、今もまだ燃え続けている小さな村だ。ただしそこに奴の姿は……Dビーストの姿はない。

 何の前触れもなく、奴は姿を消した。まるで最初から居なかったかのように。

 とても理解しがたい状況だが、しかし現実に消えてしまった以上、認めざるを得ない。

「一体、何がどうなっているんだ……?」

 それを認識すればこそ、パイロットの口からは無意識の内にそんな一言が漏れていた。

 ――――双発のターボファンエンジンが唸りを上げて、銀翼は真っ暗な夜空を切り裂いて飛ぶ。月明かりの下、高度三万フィートの高空を。

 だが、見下ろす先にあの巨大な化け物の姿はなく。腹に抱えた偵察ポッドが捉えるのは、ただ燃え続けている、小さな村の無残な光景だけだった…………。





(プロローグ『コードD発令』了)

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