エピローグ:Kiss me...Dear my princess.
エピローグ:Kiss me...Dear my princess.
「――――ってことで、どうにか決闘にゃ勝ってきたぜ」
「相変わらず、無茶ばかりだったがな」
「そう言うなよ、多少の無茶はしないと勝てねえ相手だったんだよ」
『はっはっは……ま、とりあえず勝てたんなら良かったじゃないか。これで俺も一安心だよ』
それから数時間後の夕暮れ時、学生寮の203号室で……ウェインとフィーネの二人は、通信機を使ってニールに結果報告をしていた。
通信機のモニタの向こうでホッと胸を撫で下ろし、安堵しながら言うニールに、ウェインが「なんでおっさんがホッとしてんだよ」と言えば、ニールはそれに『当たり前だろ』と返す。
『俺はな、これでもお前たち二人の親代わりのつもりなんだ。ましてフィーネが他の誰かに取られかけたなんて……気が気じゃなかったんだよ、俺としてはな』
――――ニールが、二人の親代わり。
言われなくても、二人ともよく分かっているつもりだ。家を飛び出してきたウェインと、家族をゲイザーに奪われたフィーネ。そんな二人にとって、ニール・ビショップは実の親も同然な……そんな男なのだから。
「……悪かったよ、俺たちのせいでおっさんに要らん心労かけちまったな」
だから、ウェインは素直すぎるぐらいにニールに詫びる。
そんな彼の謝罪に、ニールはフッと小さく笑うと。
『勝ったならチャラだ、気にするな』
と、口角を緩ませながら言う。
『ただし! 次はもう勘弁してくれよ? 俺の胃と毛根もそろそろストレスで限界かも知れんからな』
「あってたまるかってんだ。あんな意味分かんねえ喧嘩吹っ掛けてくるような馬鹿、風牙の野郎以外に居てたまるか」
続けてニールが冗談っぽくうそぶけば、ウェインも参ったように大きく肩を竦めて返す。
そんなウェインの横で、フィーネもうむと小さく頷けば。
「私だって勘弁して欲しい。表には出さなかったが、私だって気が気じゃなかったんだ」
「っておい! そもそもフィーネが受けちまったからこうなったんだろ!?」
「うん、そうだったか?」
即座に突っ込むウェインに、首を傾げてとぼけるフィーネ。
わざとらしいにも程がある彼女に「ったく……」とウェインが呆れて頭を抱えれば、フィーネは表情を緩ませて。
「ふふっ、冗談だ」
と、彼の肩をポンっと叩く。
「私はお前が勝つと信じていたし、初めから分かり切っていた。だから心配など微塵もしていない。でなければ、あんな勝負……初めから受けはしないさ」
「ホントかよ、それ……?」
「私がウェインに嘘をついたことがあったか?」
ジトーっとした疑り深い目で見てくる彼に、フィーネが堂々と訊き返すと。するとウェインはうーんと少しだけ思い悩んだ後で。
「…………ねえな」
頬杖を突きながら、ぷいっとそっぽを向きながら答えた。
『はははは、相変わらずだなお前らは』
そんな二人のやり取りを見てニールは笑えば、コホンと咳払いをして。続けて二人にこうも言う。
『とにかく、決闘は無事に片付いたんだ。この後はバッチリ学生生活をエンジョイして貰いたいところだが……あくまでお前たちはエージェントだ。例の任務の方も忘れるんじゃないぞ?』
「わーってるよ、忘れちゃいねえって」
「それはそれ、これはこれ。学業は学業、任務は任務だ。心配しなくても本業だってちゃんとやる」
『なら結構。んじゃあ今日はこの辺でお開きだ。二人とも、今日はご苦労だったな』
最後にそう言って笑うと、ニールは通信を終えた。
プツンと通信機のモニタが暗くなれば、ウェインはふぅ、と疲れたように深く息をつく。
隣のそんな彼を見て「疲れたか?」とフィーネが問うと、ウェインは「まあな」と頷き返す。
「…………」
頷くウェインに、フィーネは何も言葉を返さないまま……隣に座る彼の横顔を、じっと見つめ続ける。
そうして見つめられること数分。流石に気になってきたウェインが一言。
「……んだよ、俺の顔に何か付いてるのか?」
と怪訝そうに訊いてみると、フィーネはいいや、と静かに首を横に振る。
そして、フィーネはもう一度ウェインを真っ直ぐ見つめると。
「いや……そういえば、続きがまだだったと思い出してな」
「続き、って――――――っ!?」
言って、きょとんとしたウェインを突然バッと押し倒せば――――彼に覆い被さるように、有無を言わさずに……フィーネはその唇を奪い取る。
ふわりと銀色の髪が揺れて、鼻孔をくすぐるのはクチナシにも似た甘い匂い。すぐ目の前に急接近してきたのは、思わず呼吸すら忘れそうになるほどに美しい彼女の顔。
今度は決闘前に見送った時みたいに、頬への軽いキスなんかじゃなく……あの日のように。皆の前で堂々と宣言した時のように――――唇を押し付ける、熱い口付けをフィーネは交わす。
互いの呼吸が、鼓動すらもが伝わりそうなほどの至近距離で、唇同士を触れ合わせて……伝わるのは微かな息遣いと、どうしようもなく甘く切ない感触。
遠くに聞こえるのは、放課後の喧騒。それ以外は奇妙なまでに静かな、しんとした穏やかな時間の中……互いに身体の芯から融け合うような甘い感触が続いたのは数秒か、数十秒か、それよりももっとずっと長い間か。
永遠にも思えるほどに引き延ばされた、甘く切ないひとときは……しかしすぐに終わってしまって。そっと唇を離したフィーネは、頬を少しだけ朱色に染めた顔で……ウェインをじっと見つめる。
「……なんだよ、いきなり」
見つめられながら、ウェインの口から出てきたのはいつも通りのぶっきらぼうな台詞。でもきっと顔はほんのり赤くなってしまっているはずだ。今目の前に居る、フィーネと同じように。
「知らなかったか? 私はいつだっていきなり仕掛ける女なんだ」
そんな彼に、フィーネもまた普段通りの自信たっぷりな表情で言う。少しだけ照れくさそうに、頬を朱色に染めたまま。
「知ってるよ……知り過ぎてるよ、お前のことは」
「なら驚くな、この程度のことで。これはさっきの続きで、そしてお前へのご褒美なのだからな」
「ご褒美……ねえ?」
ウェインを床に押し倒したまま、彼の腰辺りにぎゅっと馬乗りになったフィーネ。
そんな彼女の顔を見上げながら、彼女と同じように頬を微かに赤くして、どこか照れくさそうにしながら……ウェインは呆れたように言う。
すると、フィーネは「ふふっ……」と小さく微笑んで。
「お前以外に私の剣を預けるつもりはない、キスを奪わせるつもりもない。そして……お前は誰にも私を奪わせなかった。それがどうしようもなく嬉しくってな、ついご褒美をあげたくなってしまった……それだけのことだ」
「……ま、いいけどよ」
「――――ウェイン」
フィーネは立ち上がり、馬乗りになっていた格好から少しだけ退くと。仰向けに寝転がったままのウェインにそっと手を差し伸べる。
「私はお前の剣であり盾なんだ。お前は何があっても私が守る……だから、不安がる必要なんてどこにもない。どれだけ難しくたって、出来て当たり前なんだ。今回の任務だってそうだ、きっと無事に完遂できる。私とお前が一緒なら……出来ないことなんて、何もないんだ。違うか?」
自信満々、当然だと言わんばかりの顔で言って、そっと手を差し伸べてきたフィーネ。
ウェインは彼女の顔を見上げながら、少しだけ驚いたような顔をすると……すぐにフッと小さく笑い、差し伸べられたフィーネの手をそっと握り返す。
「そうだな――――俺とフィーネなら、二人でなら何だって出来る。今までだって……そうだったよな」
フィーネは彼の手をぎゅっと握り締めて、彼の身体をグッと引き起こし。そしてウェインの顔をすぐ目の前で、真っ直ぐに見つめながら……いつも通りの、どこまでも彼女らしい……自信満々な笑顔で言う。
「やるぞウェイン、私とお前の二人で。ここからが――――本当の始まりだ」
「…………あいよ」
この先、どうなるかなんて誰にも分からない。
でも、やるべきことはハッキリしている。スレイプニールのエージェントとして、一人の魔導士として。そして何よりも……他の誰でもない、自分自身として。
茜色に染まる夕暮れ時の空、西の彼方から窓越しに夕陽が差し込む中、ウェインとフィーネは真っ直ぐに視線を交わし合い……互いにコツン、と小さく拳同士をぶつけ合う。
そんな二人を、机の片隅に置かれていた白い短剣と銀色のペンダントが……夕陽に照らされ、重なり合った二騎のナイトメイルが静かに見守っていた――――――。
(Chapter-01『天翔ける白き翼の魔導騎士』完)




