第十章:ファルシオン/01
第十章:ファルシオン
「――――ウェインっ!」
気付けば、フィーネは無意識の内に叫んでいた。
風牙が放った大技――『ディスチャージ・アロー』の直撃を喰らい、閃光の中に消えていったファルシオン。
アイツがやられるはずがない、この程度でどうにかなるはずがない。
頭ではそう思っていても、しかし心が勝手に叫んでいた。
「おい、ウェインっ! 聞こえているのか!? 聞こえているのなら……返事をしろぉぉっ!!」
傍に居たエイジの頭から強引にインカムを引っぺがせば、そのマイクに向かってフィーネは叫ぶ。
スタジアムの管制室に響く、焦燥に満ちたフィーネの叫び声。
明らかに彼の身を案じての行動だけに、インカムをもぎ取られたエイジは……それを傍で見ていたフレイアは面食らいこそすれども、しかし咎めることはせず。ただ黙って彼女と、彼女の見つめる先を眺めるのみ。
そして、経つこと数秒。短くも長く感じられた沈黙の後、稲妻のような閃光が晴れると――――。
『――――聞こえてるっての、そう大声で叫ぶなよ』
収まった閃光の先には、空に浮かぶファルシオンの健在な姿があった。
五体満足、そこまでのダメージを負わないままにファルシオンは空中に浮かんでいる。背中のプラーナウィングで身体を包み込むように、まるで……己が翼で身を守るかのような格好でだ。
見ると、プラーナウィングの一部に少しだけ黒く焦げたような跡がある。
恐らくはあの焦げた辺りがディスチャージ・アローの着弾点なのだろう。それが示す意味は、即ち――――ウェインはあの全力の大技を、翼で受け止めてみせたということ。
『おいおい、マジかよ……』
その事実に気付いたらしく、風牙の戦慄した声が聞こえてくる。
『悪りいなあ、俺の翼にゃこういう使い方もあるんだよ』
ともすればウェインはそう、ニヤリと挑発するようなことを言う。
――――プラーナウィングは、ただ羽ばたくための翼じゃない。
攻撃のための激しい空戦機動にも、防御のためのシールド代わりにも使える、まさに攻防一体の翼。それがファルシオンの持つ四枚の翼、プラーナウィングの真の能力だった。
フィーネとて、何もそのことを失念していたわけじゃない。ただ……幾らファルシオンの硬さでも、あのディスチャージ・アローの威力に耐えられるかどうか、それが不安だったのだ。
だからこそ、無意識の内に彼女は叫んでしまっていた。
しかし、どうやらそれも杞憂に終わってくれたらしい。フィーネはホッと胸を撫で下ろすと、インカムのマイクにそっと囁きかける。
「……全く、心配させてくれるなお前は」
『大丈夫だっての。ま……ギリギリだったがよ』
実際、かなりギリギリのタイミングだった。
避け切れないと判断したウェインがプラーナウィングを前面に出し、防御姿勢を取ったのは着弾のコンマ数秒前。もしあとほんの少し遅れていたら、今頃やられていたことだろう。
「無茶もほどほどにしてくれ、見ている方はヒヤヒヤしてたまらないんだ」
『そうでもしなきゃならねえ事情があんだろうがよ、まあ黙って見てなって』
「……そうだな」
小さく肩を揺らしながら、フィーネは管制室の向こう側に見える彼と――遠くに浮かぶファルシオンと、そっと視線を交わし合う。
そうして互いに見合って数秒、少しの間だけ目を伏せていたフィーネはそっと閉じていた瞼を開くと。
「ならば、私はもう何も言うまい。お前の好きなように暴れてみせろ」
口元にあるインカムのマイクを通して、彼に呼びかける。
「だから、ウェイン――――手加減抜きでやってしまえ! そして私に捧げてみせろ……お前の勝利を!」
『――――あいよ!』
堂々としたフィーネの言葉に、空の向こうでウェインもニヤリとして応えると。プラーナウィングをはためかせた彼は急降下し、地上に居る風牙に向かって一気に攻勢を仕掛けていく。
『そういうワケだ、こっからが本番だぜぇぇぇっ!!』
『んにゃろ……っ!』
ウェインの仕掛ける猛攻に、防戦を強いられる風牙。
そんな二人の戦いを見守りながら、安堵した表情でフィーネは着けていたインカムを外すと、隣に立っていたエイジにそっと返しつつ。
「すみません、咄嗟のこととはいえ……失礼な真似を」
と、突然の非礼を彼に詫びた。
するとエイジは「は、はい」と戸惑いがちにインカムを受け取ると、それを頭に着け直し。
「構いませんよ、フィーネさんのお気持ちは私にも分かる気がしますから」
いつものように爽やかな笑みをニッコリと浮かべて言う。
「しかし、雪城さんのディスチャージ・アローを防ぐとは……」
そう言いながら、エイジは激戦を繰り広げる二騎のナイトメイルをじっと見つめる。
(ディスチャージ・アローの威力は私もよく知っています。あれを正面からマトモに受けて無事で済むナイトメイルが存在するなんて……信じがたいことですが、事実は事実として受け止めなければなりませんね)
目元に掛けるフレームレスの眼鏡の下、スッと細めるのは赤い切れ長の双眸。その顔に浮かぶのはさっきまでの爽やかな笑顔ではなく、氷のような……どこか冷たい真顔の表情。
(ファルシオン……やはりただのナイトメイルではないようですね。あんなものが存在していいはずがない……ですが、だからこそ興味深いというもの)
そんな表情を見せるエイジの関心は、ただ一点……ファルシオンと、それを駆る彼に注がれていた。
(さてこの戦い、果たしてどちらが勝つのやら……お手並み拝見といきましょうか、ウェイン・スカイナイト)
内心でそう思いながら、浮かび上がる微かな笑みは隠せずに――――エイジ・モルガーナはあくまで教師として、彼ら二人の戦いをじっと見守るのだった。




