第七章:風の牙と金色の姫騎士と/03
で、時間は流れること数時間。その日の昼休み……学食棟でのこと。
隅の方の席でウェインは箸を動かしながら、テーブルの傍らに開いたノートパソコンの画面と何やら睨めっこをしていた。
「おい、食事中にまで何をしているんだ……」
そんな彼の、あまり行儀がいいとは言えない様子を見たフィーネは――自分の分のトレイを手にすぐ隣に座りながら、なんとも言えない呆れ顔を浮かべて彼に言う。
小言じみたことを言われて、ウェインは「下準備だよ」と、やっぱり画面から目は逸らさないまま、片手間に食事を摂りながら答える。
「下準備?」
フィーネが首を傾げて訊き返すと、ウェインはやっぱり箸を動かしながら「ん」と、隣の彼女にノートパソコンの画面を見せながら言う。
「この間、おっさんに頼んだ情報がやっと届いたんだよ」
「ニールに? ……ああ、奴のナイトメイルについての調査報告か」
合点がいった様子のフィーネに「ん」と食べながら頷いて、ウェインはこう言葉を続けた。
「大雑把にゃ事前に知っちゃいたが、こう改めて詳しく見てみるとな……バケモンみてえな魔導騎士だぜ、コイツは」
箸を動かしながら、神妙な面持ちでウェインが凝視するノートパソコンの画面。
そこに映し出されていたのは……ニールから送られてきた、雪城風牙のナイトメイルについての詳細情報だった。
――――『天雷』。
どうやら、それが奴の持つナイトメイルらしい。
雪城家の一人息子で御曹司、次期当主の座が約束された風牙のために、雪城コンツェルンが最高の職人を集め、総力を結集し製作した最高のナイトメイル。雪城コンツェルンの技術の粋を集めた、間違いなく世界トップクラスの性能を秘めた魔導騎士……それが、この『天雷』だという。
戦闘スタイルは意外にも後衛寄りらしく、鋭角的で細身なシルエットも、前線で斬り合う騎士というよりも、狙い澄ました弓の射ち手といった印象を抱かせるもの。左腕の甲に装備された大型の弓……『ライトニングアロー』の存在もあって、その印象はより強くなる。
一応他の武器として、三又に分かれた穂先を持つ長槍……トライデント型の『フェイルスピア』だとか、右手の甲から射出展開する『アームブレード』といった格闘戦用のものはあるものの、やはり性質的には飛び道具での遠距離戦メインといった具合だろう。
……これは、相当厄介な相手かもしれない。
送られてきた天雷のデータを見てウェインが抱いた、率直な感想だ。
データをサラッと流し読みしただけでも、天雷がいかに優れたナイトメイルであるかはよく分かる。魔術学院に通う学生に与えるにはとんでもなくオーバースペックな代物であることは明らかだ。
だが……それ以上にウェインが危惧しているのが、これに風牙の優れた素質が合わさればどうなるか、という点だ。
風牙がいかに魔導士として優れた才能の持ち主なのかは、魔術の実技授業で嫌というほど思い知らされている。そんな彼の強力な魔術が、この恐るべきナイトメイルと組み合わさった時にどうなるか……正直、ウェインにも想像できないほどだ。
だからこそ、ウェインは天雷を『化け物みたいなナイトメイル』と称したのだ。無論……これを駆る風牙の素質も込みで。
「なるほどな」
そんな風牙の情報が映されたノートパソコンを眺めながら、フィーネも箸を動かしつつ頷く。
「流石、天下の雪城コンツェルンが御曹司のために特注しただけのことはあるな。まさに威信を懸けた最強の騎士……といったところか。お前のファルシオンほどじゃないにしろ、とんでもないナイトメイルには違いないか」
「馬鹿言うなよフィーネ、俺のは二〇年前に作りかけで放置されてた骨董品、向こうは最新鋭のスペシャルな逸品だぜ? これホントに勝負になんのかよ……」
と、ウェインが少しだけ冗談めかしつつ肩を揺らせば。
〈――――骨董品とは、いささか心外ですね〉
なんて風に文句ありげな声を上げるのは、ウェインの懐にあるファルシオンだ。
〈私の実力はウェイン、貴方が一番よく分かっているはずです。話に出ていた魔導騎士は確かに凄いのでしょうが、その程度の相手に膝を折る私ではありません〉
「悪かったよ、言い過ぎた。だからそんな拗ねるなって」
〈拗ねてなどいません、客観的な事実を述べているまでのことです〉
「いや完璧に拗ねてんじゃねえかよ……」
どう考えてもへそを曲げているファルシオンに、ウェインは詫びつつ大きく肩を竦める。
――――ファルシオンは、二〇年前の骨董品。
本人は認めたくないようだが、しかしウェインの言うことも事実だった。
ファルシオンが造られたのは今からおよそ二〇年前。未だ謎の多いプラーナエネルギーの持つ本来の力を引き出すという目的で、ギュンター・フィッツェンハーゲンという博士が主導し造り始めたナイトメイルだった。
フィッツェンハーゲン博士が自ら設計した新型のプラーナ炉心を核としたファルシオンは、完成した暁にはこれまでのナイトメイルの常識を覆すほどの強大な力を持ちうるとされていた。
……が、半分まで完成した段階で博士が死去。その後ファルシオンは未完成のまま放置され、長い間ずっと埃を被ったまま封印されていたのだ。
それをニールの指示でスレイプニールが引っ張り出し、未完成だった部分をどうにか補うことで、ナイトメイルとして一応の体裁を整えて……今はウェインが所有している。
とはいえ不完全な状態なのは事実で、現在でも解読不能なブラックボックス化した部分が多すぎるために……ファルシオンが持つはずだった本来の力は未知数なのが現実だ。
……そういう特殊な出自のナイトメイルだからこそ、骨董品というウェインの言い方もあながち間違いではなかった。
「しかし……今更だが、ここまで詳細なデータは流石に反則じゃないのか?」
と、ウェインと一緒に天雷のデータを眺めていたフィーネがそんなことを口にする。
ウェインはそれに「反則なワケあるかよ」とすぐに言葉を返し、
「向こうは初日の模擬戦で、もう俺のファルシオンのことはある程度掴んでんだ。逆にこっちの下調べがゼロな方が、よっぽどアンフェアって奴だろ?」
「むう……? そう言われればそうかも知れんが……」
なんて言葉を交わしつつ、ウェインは尚もノートパソコンの画面を注視しながら、片手間に箸を動かし続けている。
そんな彼を横目に見ていれば、ふと何かに気付いたフィーネが急にむっとして。
「……相変わらず、だらしのない奴だ」
と言うと、おもむろにハンカチを取り出したフィーネは、ウェインが無意識の汚した口元をそっと拭ってやる。
横から拭われたウェインが「いいよ別に、こんぐらい」とぶっきらぼうに手を払い除けようとするが、しかしフィーネはというと。
「全くお前という奴は、私が居ないと本当に……」
呆れた様子でそのまま口を拭ってやった後、今度は彼の手から箸を強引に取り上げて。
「もういい、後は私がやってやる」
フィーネは何故だか箸を動かして、そのままウェインに食べさせ始めようとする。
人前でここまでされるのは流石に小っ恥ずかしくて、ウェインは「だからいいってのに」と拒否しようとする……のだが。
「まさかお前、私の言うことが聞けないのか?」
というフィーネの圧力にすぐ屈してしまい、
「……もう好きにしてくれ」
とウェインは諦めて、後は彼女のされるがままに。
「それでいい、最初から大人しくすればいいんだ」
するとフィーネは満足げに頷くと、手早く箸を動かして……分析を続けるウェインの口に運び、残りの食事をさっさと食べさせていく。
食べさせるフィーネと、食べさせられるウェイン。
一見するとまあ甘酸っぱい光景なのだが、でも二人の場合はどこか違う様子。ドキドキ胸の高鳴るような出来事というよりも、食べさせている側のフィーネは……少しだけ嬉しそうな顔をしながらも、仕方ないなといった風な……どこか雛鳥への餌付けじみている様子だ。
――――フィーネ・エクスクルードは、これでいて結構面倒見のいいタイプだったりする。
更にやたらと押しが強い性格で、ウェインが彼女に押し負けてしまい、最終的にはいっつも頭が上がらない……というのは二人の間ではよくあること。抵抗するだけ無駄だと知っているから、ウェインは早々に抵抗を諦めて、彼女にされるがままに受け入れているのだった。
〈……相変わらずですね、お二人は〉
〈いつものことです。フィーネお姉様の世話焼きっぷりは今に始まったことじゃありませんから〉
と、そんな二人の傍らで話すのはファルシオンと、フィーネが首に吊るした銀のペンダント――ジークルーネだ。
〈結構なことです。そちらのマスターはしっかり者で羨ましいですね。私の方はご覧の通りのガサツ者ですから〉
「おい、聞こえてんぞこの野郎」
続けてファルシオンがやれやれ、と呆れっぽい口調で言えば、そんな二人(二騎?)の会話を聞いたウェインが若干イラっとした様子で口を挟む。
が、ファルシオンは〈私は事実を述べているまでのことです〉なんてサラッと返し。それにウェインは「てめえ!」と思わず喰って掛かろうとするのだが。
「いいからお前はさっさと食べろ、昼休みが終わってしまうぞ」
しかし横から止めたフィーネが有無を言わさずに餌付けを続ける。
仕方なしに座り直したウェインと、そんな彼に手早く食べさせ続けるフィーネ。
〈ふふっ、本当に相変わらずですね〉
〈ええ、だってお姉様ですから〉
そんな二人の様子を見ながら、二騎のナイトメイルは楽しげに笑うのだった。




