第五章:雷鳴の貴公子/02
しかし、突然の出来事が起きたのはそのすぐ後のことだった。
「――――――決闘だ!」
ホームルームが始まる寸前、ガラリと教室の戸を開けて……珍しく遅刻してきた風牙は、教室に入ってくるなり突然ウェインに迫りながら、そんな突拍子もないことを叫んでいた。
「…………はぁ?」
フィーネやフレイア、他の着席したクラスメイトたちに、教壇に立つエイジまでもが唖然とする中、迫られた当人たるウェインの反応は至極真っ当なもので。
「んだよ藪から棒に、意味分かんねえよ」
ウェインは怒るよりも、むしろ呆れ返っていた。
すると彼の前までズンズンと大股で詰め寄っていった風牙は、ギリッと睨みつけながら一言。
「フィーネちゃんを賭けての決闘を……お前に申し込む!」
「はぁっ!?」
「俺が勝ったらフィーネちゃんは俺が貰い受ける! 一目惚れだった……俺にはあの娘が女神に見えた! フィーネちゃんは必ず俺のモノにする! だから……俺と決闘しろ、ウェイン・スカイナイト!!」
「野郎、ふざけたこと抜かしてんじゃねえっ!」
あまりに意味不明な風牙の発言に、ウェインは思わずガタッと立ち上がり。眼前に立つ風牙の胸倉をグッと掴み上げれば、至極真っ当な反論を至近距離から吠える。
「てめえが誰に惚れようが俺の知ったこっちゃねえ、だがなんだって俺が負けたらフィーネがてめえのモンになるんだよ!? 一切筋が通ってねえだろうが!」
「お前自身の胸によーく聞いてみやがれこのアンポンタンが!」
「誰がアンポンタンだとこの野郎ぉっ!!」
怒りを露わに吠えるウェインに、風牙は胸倉を掴まれたまま怯まずに吠え返す。
そうすれば、二人の口論は更にヒートアップ。いつぞやのように一触即発の、今にも殴り合いの喧嘩が始まってもおかしくないような雰囲気に陥っていく。
そんな二人を見かねたフレイアが「風牙、いい加減に……!」と席を立って二人の間に割って入ろうとしたが。
「フレイアは黙ってろ!」
と、風牙はそんな彼女をバッと振り払う。
「っ……!?」
「俺は欲しいモンは全部手に入れてきた……例え力づくでもだ! 俺は雪城風牙だ、雪城風牙なんだよ! だから……だから今度も手に入れるんだ! 手に入れなくちゃ……なんねえんだよ!!」
フレイアを力任せに振り払い、また意味の分からないことを口走る風牙。
そんな彼を見て、彼の胸倉から手を離したウェインは参ったように大きく肩を竦めて。
「んだよ、結局はボンボンのお坊ちゃまの癇癪ってことかよ」
と呆れ返るが、しかし後ろからポンっと彼の肩を叩いたフィーネがそっと一言、ウェインに囁きかける。
「ボンボンのお坊ちゃまとは、お前が言えたことではないがな」
「それを言うなよフィーネ……それを言っちゃあおしまいだ」
言われたウェインがまた参ったように肩を竦める中、フィーネはクスッと笑い。そして一歩前に出て彼と風牙との間に入っていくと。
「――――分かった、その決闘を受けてやろう」
と、涼しい顔で……さも当然のように言ってみせた。
聞いたウェインが「フィーネぇっ!?」と思わず素っ頓狂な声を上げて驚くが、しかしフィーネはあっけらかんとした態度で続けて言う。
「お前の言う通り、ウェインが負けたらお前のモノにでもなんでもなってやる。煮るなり焼くなり好きにするがいい」
「な、何考えてんだよお前!? 正気か!?」
「ちょっ、フィーネさん!? こんな馬鹿げた賭けに乗る必要なんてありませんよ!?」
躊躇なく決闘を了承したフィーネに教室中がざわめき、ウェインだけでなくフレイアまでもが驚き戸惑う中。フィーネは「本人が良いと言っているのだから良いだろう?」と涼しい顔で言いながら……ウェインの耳元まで顔を寄せて、そっと彼にだけ聞こえるように囁きかける。
「それに……私はお前が負けるだなんて一ミリも思っていない」
「フィーネお前、馬鹿言ってんじゃねえって……!」
「ほう、まさか自信がないのか? お前とファルシオンが、あの程度のお坊ちゃまに負けるとでも? だとしたら残念だ……お前の実力を過信した私は、哀れにも奴の横恋慕の餌食となってしまうのか……」
と、わざとらしいにも程がある口調で悲しんだ風に、挑発するように囁くフィーネ。
そんな彼女の言葉に、ウェインは小さく表情を緩めて。
「…………へッ、分かったよ。お前にそこまで言われちゃあ、後には引き下がれねえよな」
と囁き返すと、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべながら風牙の方に向き直り。
「良いぜ、受けてやるよお前の決闘!」
バンッと手のひらに拳を打ち付けながら、堂々とした態度で言う。
すると風牙もニヤッとして「よっしゃ決まりだ!」と言って……教壇の方に振り返り。
「構いませんよねえ、先生!」
そう問いかけると、呆然としていたエイジはハッと我に返り。少しの間「ふむ……」と顎に指を当てて思案した後。
「……まあ、構いませんよ」
と言って、意外にもあっさりと承諾してしまう。
「形式上はナイトメイルの授業の一環、生徒同士の模擬戦ということにでもしましょうか。今のお話について、お二人の賭けについては、本来なら教師として見過ごすわけにはいかないのですが……お二人の対決というのも面白いですし、今回だけは聞かなかったことにします」
続けて、エイジは二人に向かってそうも言ってみせる。
……エイジ・モルガーナという教師、意外にも融通の利くタイプらしい。
爽やかだがどこか真面目そうというか、堅物っぽいイメージを抱いていただけに、続くこの彼の発言はウェインもフィーネも意外だった。しかも授業の一環という建前にして、段取りまで組んでくれるとは……もしかしたら、意外とノリが良いタイプなのかも知れない。
「では、お二人の決闘は一週間後ということで。使用するアリーナエリアに関しては……場所が取れ次第、追って連絡することにしましょうか。
…………はい、ではこの話はこれで終わり。さあ皆さん、席に着いてください。ホームルームを始めますよ」




