第四章:茜空、終わる日と始まる日々/03
「お先だ、ウェイン。ニールとの定時連絡は終わったのか?」
「ん、もう終わったぜ。俺から全部おっさんに話しといた」
「そうか、じゃあ早く入ってこい。折角の風呂が冷めてしまうからな」
バスルームから出てきたフィーネは、振り返って頷くウェインと言葉を交わしつつ、ベランダの窓の傍に座っていた彼の近くにとことこと歩いていく。
風呂上がりのフィーネはラフな部屋着の格好。肌はほんのり上気していて、綺麗な銀髪はまだしっとりと水気を含んでいる。そんな彼女はウェインのすぐ隣に立つと、ふと彼の様子が……ぼうっと窓の外の夜景を眺めているのが気になって、
「何をボーっとしているんだ、珍しく物思いにでも耽っているのか?」
なんてことを、何気なく訊いてみる。
するとウェインは「珍しいってのは余計だ」とフィーネを見上げて言うと、また窓の外に視線を戻して。
「……平和なモンだな」
と、遠くに見える街並みを見つめながら、小さく呟いた。
それにフィーネは「……そうだな」と腕組みをしながら頷き返して。
「奴らの、超次元帝国ゲイザーの魔の手がすぐ傍に迫っているなんて、誰も思ってもみないのだろうな。……当たり前か」
知っての通り、ウェインたちが追う超次元帝国ゲイザーの存在は秘匿されている。
だから、その存在を知るのは限られたごく少数のみ。大多数の一般人はそのことを知らないのだ。
当然、遠くに広がる街並みの……そこに住む人々もまた、誰一人として知らないだろう。学院に通う風牙やフレイアのような生徒だって同じことだ。
それを思えばこそ、ウェインは憂いていたのかも知れない。この平和な景色も、いつ壊されてしまうのか分からないからこそ……ウェインの横顔には、どこか影が差しているのかも知れない。
そのことを暗に察すればこそ、フィーネはほんの微かに表情を緩めて。
「ま、とりあえず今ある生活を楽しむことだ」
と言いながら、すぐ隣に座るウェインの頭を小さく撫でてやる。
「ニールも言っていただろう、任務は任務として、花の学生生活も楽しんでこいとな」
「……そりゃあ、そうだけどよ」
「なんだ、私と一緒では不満か? 私は楽しみにしていたんだがな……お前と二人、年相応の青春を謳歌するのを。しかし肝心のお前がそうじゃなかったとは、少し残念だ」
「そうじゃねえって!」
慌てて言い返すウェインに、フィーネはまたクスッと小さく笑んで。
「冗談だ」
なんてことを言えば、また彼の頭を撫でてやる。
「任務だからな、お前が気を張っているのはよく分かる。だがこの部屋の中でぐらい気を緩めたって良いはずだ。あまり無理をするな、私と二人きりの時ぐらい……肩の力を抜けばいい」
それは、きっとフィーネなりの優しさなのだろう。
だからウェインはほんの少しの間だけ目を伏せて、小さく息をつくと。
「……そうだな」
と、そっと肩の力を抜きながら、彼女に頷き返すのだった。
(第四章『茜空、終わる日と始まる日々と』了)




