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ダイバージェンス・フィーネ  作者: 黒陽 光
Chapter-01『天翔ける白き翼の魔導騎士』
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第四章:茜空、終わる日と始まる日々/02

 白い湯気の立つバスルームの中、響くのは流れ落ちるシャワーのささやかな水音。頭上から降り注ぐお湯を長い銀髪に滴らせながら、フィーネは独りシャワーを浴びている最中だった。

「ふぅ……っ」

 ひとしきり身体を洗い終えた後、シャワーの栓をきゅっと締めて、ちゃぽんと湯船に浸かって一息つく。まるで一日の疲れが浴槽のお湯に染み出していくみたいで……風呂に浸かるこの瞬間を、フィーネは密かに毎日の楽しみにしていた。

〈――――お姉様?〉

 と、そうして湯船に浸かった矢先、バスルームに木霊するのは彼女とは別の声。低く落ち着いた調子の女声だ。

 その声が聞こえても、フィーネは特に不思議がることもなく。隅に置いてあった銀色のペンダント――彼女のナイトメイル、ジークルーネのスタンバイモードであるそれを手に取って。

「ルーネ、どうした?」

 と、ごく自然な調子でペンダントに語り掛けた。

 つまり――――今聞こえてきた声は、ジークルーネの声ということだ。

〈いえ、お姉様が少し疲れているみたいでしたから〉

「なんだ、心配してくれたのか?」

〈心配というほどは。ただ少し気になっただけですよ〉

 小さく笑いながら言うフィーネに、ジークルーネもまたふふっと微かに笑って返す。

〈それで、例の内通者は……って訊いても、そう簡単に見つかるものでもないですよね〉

「当然だ、すぐ見つかるようなら私やウェインが出張る必要なんてない」

〈……お姉様?〉

「ん?」

〈その、気負い過ぎないでくださいね? お姉様の気持ちは私もよく分かっています。ご両親を、妹さんを目の前で奪われて……冷静で居られるはずがない。でも無茶はやめてください、お姉様に何かあったら……悲しいですから、私は〉

「…………ルーネ」

 ポツリポツリと、少しだけ言いづらそうに呟いたジークルーネ。

 そんな彼女を――手元のペンダントを見つめながら、フィーネもまたスッと目を細める。

 ――――フィーネは、目の前で家族をゲイザーに奪われている。

 もうずっと前のことになるか。フィーネがまだ幼かった頃、突発的に発生した次元湾曲現象によって開いた小さなワームホールから、ほんの少数だがゲイザーの尖兵が現れたのだ。

 その現象……次元災害はノーティリア帝国のある小さな村を襲い、結果として村の住人の殆どが犠牲になった。機密保持のために次元災害のことは隠蔽されて、表向きにはあくまで土砂崩れによる自然災害ということになっているが……しかし、現にそういった事件は起きてしまった。

 そんな悲惨な事件の唯一の生き残りが、フィーネ・エクスクルードだった。

 彼女は目の前で両親と妹を奪われながら、運よく生き残って……更に幸運なことに、事態の収拾をつけるためにやって来たニール・ビショップに保護されて、こうして今も生きている。

 …………だが、彼女は掛け替えのない家族を目の前で無残に奪われたのだ。その体験はフィーネの心に大きなトラウマとして深い傷を刻んでいる。

 だからジークルーネは、そんな彼女が気負い過ぎていないかを案じていたのだ。

 しかしフィーネはふふっと微笑むと、

「心配するな、私は至って冷静だ」

 と言って、手元のペンダントを……ジークルーネを濡れた指先でそっと撫でる。

 そんな彼女の様子を見て〈なら、良いのですけれど〉とジークルーネは少しだけ安堵したような声で言って、

〈でも、冷静だったらあんなことはしないと思いますけどね〉

「あんなこと?」

〈今朝のことです。転入早々の挨拶で、ウェインに……その、急にキスしたじゃないですか。その上あんなことまで皆に言って……冷静な人なら、あんな意味不明なことはしませんよ〉

 小言のようなことを言うジークルーネに「うるさい」と言って、フィーネはぷいっとそっぽを向く。

 でも、向いた後で「……ただ」と呟いて。

「ただ……アイツをそういう目で見ている連中を見て、少し嫌な気持ちになっただけだ。アイツを誰にも渡したくなかったから、つい……私としたことが、あんなことをしてしまったのかもな」

 そっぽを向いたまま、細い声音でポツリポツリと言葉を紡ぐフィーネ。

 ジークルーネはそんな彼女に向かって、クスッと小さく笑いながら一言。

〈そういう直球なところ、お姉様らしいですよね〉

 と言うから、視線を戻したフィーネもふっと微かに笑って。

「……我ながら、そう思うよ」

 小さく肩を竦めつつ、彼女にそう言葉を返していた。

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