エピローグ:黒翼、来たるとき
エピローグ:黒翼、来たるとき
そんな準決勝の激闘から、少しの時間が経ったある日のこと。
遂に待ちに待ったナイトメイル競技会の決勝戦、その日が訪れていた。
「……ようやく、この時が来たな」
「あん時の決着がやっと着けられるってこったな。楽しみでしょうがねえぜ――なぁ、フィーネよ?」
「フッ……ウェイン、それは私の台詞だ」
エーリス魔術学院のアリーナエリア、そのスタジアムのグラウンドで――ウェインとフィーネ、ここまで勝ち残った二人がじっと真っ正面から向かい合っていた。
穏やかな風が吹く中で、睨み合う二人。まだ試合こそ始まっていないが、しかし二人の間では既に見えない火花が激しく散っていた。
全ては、あの日の決着をつけるために――――。
そのためだけに、ここまで必死に勝ち進んできたのだ。二人が待ち望んだ戦いが、今まさに始まらんとしている。それだけに二人とも……表情こそ平静だが、しかし内に秘めた興奮を隠しきれていなかった。
『さぁぁぁぁて! 長かった競技会も遂に今日でラストの一戦だぁぁぁっ!! 対戦カードはウェイン対フィーネちゃん! 果たしてこの決勝戦に勝ち、最強の名を手にするのは……どっちなんだぁぁぁっ!!』
『ええ、本当に楽しみです。ここまで勝ち上がって来られたお二人ですからね。一個人として私も期待で胸がいっぱいです』
スピーカーから響くのは風牙のやかましい実況と、対照的に穏やかなエイジの声。とはいえ興奮しているのは何も風牙だけじゃなく、エイジも……そして観客席から見守るフレイアやミシェル、そして涼音を始めとした観客たちも皆、同じことだった。
そんな皆の視線を浴びながら、ウェインはニヤリと笑い。
「さあ、決着をつけようぜ――フィーネ!」
バッと振り被って、懐から白い短剣を抜き放つ。
「ああ! 忘れられない戦いにしよう――いくぞ、ウェインっ!!」
フィーネも首に掛けた銀のペンダントを引っ張り出し、それを左手で強く握り締めた。
〈相手にとって不足なし! 行きましょう……ウェイン!〉
「――――ファルシオンッ!!」
〈これが最後の戦いです……全力で参りましょう、お姉様っ!!〉
「――――ウェイクアップ・ジークルーネ!」
眩い閃光とともに、白い羽根が舞い散る中から現れるのは、天翔ける白き翼の魔導騎士。
そして吹き荒れる嵐の向こう側から姿を見せたのは、青き神速の騎士。
ファルシオンと、ジークルーネ。この決勝戦の舞台で、遂にこの二騎が顔を合わせるのだった。
『それではお二人とも、騎士として、魔導士としての誇りある戦いを期待します。ウェインさんもフィーネさんも、どうか善き戦いを』
そんな二騎が現れると、エイジが審判としての定型文じみた言葉を口にする。
間もなく、決勝戦の幕が上がる。待ちに待った戦いの火蓋が、遂に切って落とされるのだ。
改めてそれを実感すれば、ウェインもフィーネも、そしてファルシオンやジークルーネでさえも……高まる期待と、燃え上がる闘志を実感せずにはいられなかった。
『――――では、戦闘開……っ!?』
そうしてエイジが試合開始の号令を告げようとした刹那、しかし事態は思わぬ急転を見せた。
警報が――――あまりに突然に、けたたましいアラート音が鳴り始めたのだ。
号令と同時に踏み込もうとしていたウェインとフィーネが寸前で踏みとどまり、観客席の皆が何事なのかと不思議そうな顔でざわめいている。
『ありゃりゃ? 一体なにが起きたってのよ?』
それは風牙も同じことで、完全に実況を放り出した素の声色で首を傾げていた。
これが一体なんの警報なのか、何が起こっているのか。この場に居る誰一人としてそれを理解していなかった。
――――ただ一人、エイジ・モルガーナを除いては。
『これは……次元湾曲警報…………っ!?』
マイクが繋がっていることも忘れて、エイジが血相を変えて呟く。
次元湾曲警報、と彼は口にした。
ということは即ち、次元の穴が――ワームホールが、開こうとしている……!?
「ん、だと……っ!?」
「まさか……!?」
それを聞いたウェインとフィーネがハッとした、その直後のことだった。
彼らの頭上、スタジアムの上空が――――その空間が、ぐにゃりと歪み始めたのだ。
その光景を見上げながら、ウェインたちは確信する。間違いない、これは次元湾曲現象――Dビーストか、それとも別の何者かが次元を超えて現れようとしているのだ……!!
「なっ、なんだっ!?」
〈分かりません、ですが……警戒を、ウェイン!〉
「こんなところで、まさかDビーストが……!?」
〈気を付けてください、お姉様! なんだか恐ろしい気配を感じます……っ!〉
同時に激しい地鳴りが鳴り響けば、ウェインたちは思わず狼狽えてしまう。
それは観客席も似たようなもので、空が歪んで地鳴りが始まった瞬間、キャーキャーと悲鳴を上げて完全なパニックに陥っていた。
それでも、ウェインたちは空を見上げ続けた。あの歪んだ空間の向こう側から、一体何が現れるのか……それを確かめなくてはという一心で。
「おいおい……!?」
最初に現れたのは、両手の指だった。
ガッと突き破るように現れたその指は、渾身の力を込めて……歪んだ空間をこじ開けていく。
それは、以前に見たDビーストの出現とは全く違った光景だった。少なくともDビーストは、あんな風に無理矢理こじ開けたりはしない……!
「一体、何が起こっているというんだ……!?」
現れた両手は、そのまま強引に空間をこじ開けて――すると歪みの限界を迎えた空間が、バリンとガラスのように砕けて割れた。
そうして割れた空の向こうに広がるのは、底知れぬ闇だけが広がるワームホール。
と、こじ開けられたワームホールの奥から――――現れたのは、黒い翼。
ドヒュンッと衝撃波を鳴らしながら、こちら側に飛び出してきたのは……翼を持つ、黒いナイトメイルだった。
「…………」
上空に留まり、じっとスタジアムを見下ろすそれは……ナイトメイルで間違いない。
だが、何かが違う。ナイトメイルなのに何かが違うと――見上げるウェインにそう直感させる何かが、あの黒い翼の魔導騎士からは感じられた。
全身を漆黒に染め上げた、黒いナイトメイル。その背中には……コウモリの羽によく似た黒い翼を生やしている。
まるで、悪魔のようなシルエットだ。
黒いボディに、コウモリによく似た禍々しい黒翼。この場に居合わせた者たち全てが、まるで悪魔か死神のようなナイトメイルだと……本能的にそう感じていた。
「これは……」
そんな正体不明の黒いナイトメイルを見上げながら、観客席のフレイアがポツリと呟く。
「まるで……これはまるで、黒いファルシオン…………」
――――――黒いファルシオン。
そう、現れたこの死神じみたナイトメイルは――不思議なことに、ファルシオンとよく似ていたのだ。
見た目じゃない、雰囲気のようなものと言うのだろうか。とにかく異様なことに、それは黒いファルシオンと喩える以外にないほど、ウェインのそれとよく似た雰囲気を纏っていたのだ。
「…………」
そんな黒いナイトメイルは、ジッとその双眸で――まるで人間のような生気のある黒い瞳を宿したその双眸で、静かにスタジアムを……そこに立つファルシオンを見下ろす。
「あれが、この世界の勇者……ファルシオン」
すると、呟く声がひとつ。
それは静かな少女の声だった。恐らくは……この黒いナイトメイルと融合する魔導士の声だろう。
〈のようだな、マスター〉
と、その声に応じるのは低音の渋い男声。こちらが黒いナイトメイル自身の声であることは、もはや疑いようもなかった。
じっと静かに、値踏みするように見下ろしてくる正体不明の――黒いファルシオン。
「てめえ、何者だっ!」
「貴様は……貴様は、一体なんなんだ! 答えろっ!!」
それに向かって、地上のウェインとフィーネが叫ぶ。
すると、黒いナイトメイルは――それを操る少女は、細やかな声で呟いた。
「私? 私は……イーディス・アルケミニア。……貴方に、本当の地獄を見せてあげる」
見上げるファルシオンとジークルーネ、ウェインとフィーネを冷酷な目で見下ろす少女――イーディス・アルケミニアと、彼女の駆る謎のナイトメイル。
次元の向こう側から現れた、正体不明の黒いファルシオン。その黒く染まった悪魔の翼が現れたとき、物語は新たなる局面を迎えようとしていた――――。
(Chapter-04『正義に燃えよ烈火の拳』了)




