第九章:交わし合った拳の果てに
第九章:交わし合った拳の果てに
「や、やりやがった! あの野郎……ホントに勝ちやがったぁぁぁっ!!」
ナイトメイル競技会のAブロック準決勝は、ウェインの逆転勝利という形で幕を閉じた。
そんな試合が終わった今、スタジアムの管制室には騒ぐ風牙のやかましい声が響いている。
その傍らでエイジ・モルガーナは、そんな興奮しっ放しな彼に「あはは……」と苦笑いを浮かべていた。
「しかし、本当に見事な戦いでしたね。これは歴史に残る一戦だったんじゃないでしょうか」
あくまで教師としての立場で冷静なコメントをしつつ、エイジはご満悦の顔でファルシオンを見つめる。
拳を突き上げ、勝ち誇る片翼の白騎士。その後ろ姿を眺めながら、彼が浮かべるのは……なにか強い確信を得たような、そんな笑顔だった。
(本当に、片時も目が離せないほどの激闘でした。何よりも……ファルシオン・ハンドクラッシュでしたか。初めて見る技でしたが、恐らくはブラスターと同等のプラーナエネルギーを手のひらに集中させているのでしょう。実に見事な発想です)
そんな笑顔を浮かべながら、エイジは内心で今の戦いを冷静に評価していた。
(何よりも、彼はあの涼音さんをも倒してみせた。ということは、私が思った通り……やはり彼と、あのナイトメイルは…………)
今日この時を迎えるまでは、ただの疑念でしかなかった。
しかし彼があの羽衣涼音をも打ち破ってみせた今、エイジの中にあった疑念は――確信へと変わりつつあったのだ。
「んでんで、先生的にはどうだったんすか今の勝負っ!」
と、そうした時に風牙からコメントを求められる。
エイジは「そうですね……」と思案するように前置きをした後で、
「正直に言ってしまうと、途中からは涼音さんが勝つものとばかり思っていました。ですが……結果は違っていましたね。ウェインさんの土壇場での大逆転、本当にお見事でした。教師として、何より一人の魔導士として、お二人に心からの敬意を表します」
そう、本音を織り交ぜつつも当たり触りのないコメントを返してやりながら……エイジは掛けたフレームレスの眼鏡の下、赤い双眸をスッと細めると。
(ええ、実にお見事でした……ファルシオン、やはりこれは……この世界に存在し得るはずのない、勇者の力ということでしょうか)
にこやかな顔で、しかしその瞳の奥にシリアスな色を隠しながら――遠く、グラウンドに立つファルシオンを見つめていた。
そんな中、スタジアムの観客席では。
「なるほど……お二人が仰っていた切り札とは、このことでしたか」
フレイアがそう、納得した様子でうんうんと頷いていた。
「でも、フィーネさんはともかく……どうしてミシェルさんもご存知だったのでしょう?」
すると続けて、フレイアはそう尤もな疑問を口にする。
だが当のミシェルは「ま、色々とな」と上手くはぐらかしつつ、
「しかし、あの涼音を倒しちまうたぁ、アイツもやるねェ」
と、ニヤニヤとした顔を浮かべながら――わざとらしいほどに、話題を逸らした。
そんな彼にフィーネが「うむ」と腕組みをしながら相槌を打つ。
「……フィーネさん、行ってあげなくていいのですか?」
するとフレイアはそう、今度は彼女に向かって問うてみる。
――――ウェインのところに、行ってあげないのか。
彼女なら、いの一番に駆けつけるとばかり思っていた。しかしフィーネは特に何のアクションも起こさないまま、観客席からじっとグラウンドの方を見つめているのみ。
そんなフィーネが意外で、フレイアは思わず問いかけたのだが……しかしフィーネは一言。
「ん、別に構わんよ」
なんて、あっけらかんとした顔で答えた。
「この程度はあくまで通過点にすぎん。私にとっても、ウェインにとっても……この先が本番なのだからな」
「ああ……そうでしたね。お二人にとっては、次の決勝戦こそ本番なのですものね」
うむ、とフィーネが頷く。
――――そう、これはあくまで通過点でしかない。
涼音は確かに強敵だったが、それでも彼女に勝って終わりじゃないのだ。この先には決勝戦が控えている。ウェインとフィーネ、二人が真っ向からぶつかり合う……文字通り、本命の檜舞台が待っているのだ。
だからこそ、彼女はフレイアが思うほど大袈裟な反応もしないし、驚くほどに落ち着いているのだろう。そう思えばフレイアも納得だった。
とはいえ、それはあくまで表面上の話で。
(……よくやったな、ウェイン。お前なら勝ってくれると信じていたぞ? 私のお前なら、必ずな)
内心では彼のことを褒めながら、どこか安堵の気持ちも抱くフィーネであった。
――――でも、そんな内心がほんの少しだけ顔に出ていたのか。
〈……素直じゃないですね、お姉様も〉
「野郎と似た者同士、ってことじゃないのかい?」
クスッと笑うジークルーネと、ニヤニヤした顔のミシェル。察した彼らにそんなことを言われてしまう。
だから、フィーネはぷいっとそっぽを向きながら一言。
「うるさいぞ、黙っていろ」
と、照れ隠しっぽく言い返していた。
――――そして、戦い終わったスタジアムのグラウンドでは。
「…………」
朱雀との融合を解除した涼音が、脱力し切った顔でグラウンドに大の字に寝っ転がっていた。
「おう、涼音よ」
そんな彼女の傍に、同じくファルシオンを消滅させたウェインがゆっくりと歩み寄りながら、寝転がる涼音に話しかける。
すると、涼音は大の字になったまま彼に視線を向けて。
「あーあ、負けちゃったわ」
と、ウェインを見上げながら呟いた。
「凄かったわね、アタシの完敗だわ。特に最後の……ハンドクラッシュだっけ。まさかアタシの拳が打ち負けるとは思わなかったな」
「たまたまだ、次はもう通じねえだろ?」
「ふふっ、さてどうかしらね……?」
足元に立ったウェインに笑いかけながら、涼音は大きく深呼吸。その後でまた彼を見ると。
「勝負はアタシの負けよ。だから約束通り、アタシのことはアナタの好きにしていいわ。煮るなり焼くなり、好きになさい」
なんてことを、彼に向かって言った。
するとウェインは「ったく……」と参ったように大きく肩を揺らし、
「別に、何もしやしねえよ。特にこれといって考えてなかったしな」
そんな風に言うから、涼音はクスッとおかしそうに笑う。
「じゃあ、どうするかはゆっくり考えればいいわ。アナタの答えが決まるまで、これは保留ってことにしといてあげる」
「勘弁してくれよ……」
笑顔を浮かべる涼音と、また参ったように大きく肩を竦めるウェイン。
〈……ファルシオンよ〉
そんな中、朱雀がポツリと小さな声でファルシオンに話しかけた。
〈実に見事だった。これほど心躍る戦いは、私も主殿も久方ぶりのことであった。君らに感謝する……心から〉
〈いえ、それは我々も同じことです。次に機会があれば、また手合わせをしましょう……朱雀〉
どうやら、互いのナイトメイル同士も満足のいく試合だったらしい。
何にしても、これで準決勝はウェインの勝ちだ。危ういところだったが、どうにか勝利を掴み取ることができた。
だから――――次に、するべきことは。
「ほら、立てよ涼音」
そう言って、ウェインは寝転がる涼音に向かって手を差し伸べた。
「あら……何のつもり?」
「いつまでも寝っ転がってちゃあ、格好つかねえだろ?」
片手を差し出しながら言うウェインに、涼音はクスッとまたおかしそうに笑い。
「……ほんと、アナタって嫌になっちゃうぐらいにアタシ好みなんだから」
身体を起こせば、差し伸べられた彼の手をぎゅっと握り返した。
ウェインの手に引っ張られて、再びグラウンドに立ち上がる涼音。
そうした時に、またスタジアムに割れんばかりの大歓声が木霊する。
ナイトメイル競技会のAブロック準決勝は、熾烈な激闘の末に――――ウェイン・スカイナイトの逆転勝利という形で、幕を閉じるのだった。
(第九章『交わし合った拳の果てに』了)




