第八章:刹那、光り輝く神の左手/02
「んなわけ、ねえだろうが……っ!」
二振りの剣と片翼を砕かれて、膝を突いたファルシオン。
しかしウェインの心は折れておらず、強気な声でそう涼音に吠えながら……彼はゆっくりと、再び立ち上がった。
くるりと振り返り、涼音に向き直ったウェイン。
折れた両手の剣をバッと投げ捨てて、静かにファイティングポーズを取る。
「ふふっ……そう、それでこそよ。アタシが認めたアナタですもの、むしろここからが本番……そうよね、ウェイン?」
すると涼音は満足げな笑顔を浮かべながら、クリムゾンキャリバーを腰の鞘ごと消滅させて、また素手でのファイティングポーズを構えた。
「武器に頼るのもいいけれど、やっぱり基本はこれよね。いいわ……アナタに合わせてあげる」
「ケッ、余裕綽々だことで……」
「別に舐めているわけじゃないわ、むしろその逆……これはね、敬意の現れだと思ってほしいの。拳はアタシにとって最強の武器、それでアナタと正々堂々と戦い、そして勝つ――それが、アタシの正義よ」
「……ああ、そうかい。ソイツは悪かったな、すまねえ。侮辱したのは俺の方だったかもな」
「ふふっ、いいのよ別に。分かってくれればそれでいいの」
微笑み、涼音はグッと握り締めた右拳に渾身の力を注ぎ込む。
半身を引き、腰を低く落とした姿勢で、拳に注ぎ込むのは渾身のプラーナ。すると彼女の右腕に――朱雀の右拳に、紅蓮の焔が渦を巻いて纏わりついた。
〈決めるのか、主殿よ〉
「ええ、アタシは奥義で真っ正面からアイツに勝つ。それが礼儀ってものでしょ?」
〈やも知れぬな。構わぬ……主の思うがまま、戦えばいい〉
「ふふっ、ありがと朱雀」
朱雀と言葉を交わしながら、微笑む涼音。
そんな彼女の構えには、その拳に纏った焔にはウェインも覚えがあった。
間違いない、あれは天竜活心拳の奥義だ。あのフレイアをも一撃で叩き伏せた紅蓮の拳、その名は『劫火爆裂デフェールインパクト』……!
〈ウェイン……〉
どうやらファルシオンも気付いたらしく、彼らしくもない気弱な声でポツリと呼びかけてきた。
〈向こうは必殺の拳でこちらを葬るつもりのようです。しかし……プラーナウィングの片翼がもがれた今、これ以上は……〉
「まだだ……弱気になるんじゃねえよ、相棒……!」
〈ですが、ブラスターを撃てる隙など彼女には……!〉
そう、ファルシオンの言う通りだった。
確かにウェインには破壊光線『ファルシオンブラスター』という切り札がある。だがあんな隙の大きい大技を、まさか涼音が撃たせてくれるとも思えない。
現にウェインは今までの戦いの最中、ブラスターを撃つタイミングを虎視眈々と狙っていたのだ。そのために隙を作らせようとも努力した。
だが、涼音はブラスターを撃てるだけの隙を見せてはくれなかったのだ。
それほどまでに、彼女は強い相手ということになる。少なくともウェインが今まで出会ったこともないほどに、彼女は……強いのだ……!
「落ち着けよ相棒、俺たちの切り札は何もブラスターだけじゃねえ……そうだろ?」
それを思い焦燥感を抱くファルシオンに、ウェインはあくまで冷静な、しかし強い闘志を滲ませた声で諭すように言う。
〈……確かに、あの技のことを涼音さんは知りません。我々とフィーネ、それにミシェルの他には、あの技のことを知る者はこの学院には居ません……ですが〉
「通じても一回こっきり、それも土壇場での不意打ちっきゃねえ。そう言いてえんだろ?」
ええ、とファルシオンは肯定の意を返す。
〈ですが……この状況から勝利を掴むためには、それしか手がないのも事実です。しかし……本当に、いいのですか?〉
「構わねえよ、ここで何が何でも勝たなけりゃ、それこそフィーネに合わせる顔がねえ」
〈……そう、ですね。分かりました、貴方を信じましょう。勝っても負けても、恐らくこれが最後の一撃になります……ですから、ウェイン!〉
「任せろよ、外さねえって……!」
グッ、と左拳を握りしめるウェイン。
ファルシオンの言った通りだ。きっと勝っても負けても、これが最後の一撃になるだろう。それは涼音にとっても同じはずだ。
「いくわよウェイン! これで……決まりだぁぁぁっ!!」
ダンっと地を蹴り、涼音が猛スピードで突撃する。
突き出すのは、焔を纏い赤熱化した真っ赤な右手。握り締めた拳で放つのは、渾身の右ストレートだ……!
「喰らえぇぇぇっ! 天竜活心拳・奥義……劫火爆裂! デフェール……インパクトォォォッ!!」
涼音の繰り出した必殺の拳が、ウェインに向かって飛んでくる。
だが、彼は臆することも逃げることもせず……左拳を握り締め、真っ向から立ち向かう。
〈今です、ウェインッ!!〉
「突っ込むぜ、相棒ッ!」
〈イエス・ユア・ハイネス!!〉
迫り来る涼音のデフェールインパクトに対し、ウェインは背中の片翼をはためかせ、真っ正面からトップスピードで突撃を仕掛ける。
すると左腕の装甲が割れるように開いて、手のひらに集まるのはプラーナの眩い閃光。緑色に激しく光り輝いた、臨界状態の超高密度プラーナエネルギーが……ファルシオンの左手に集まっていく。
〈ファルシオンブラスターか……!〉
「甘いわよ! 当たらないわ、そんなものっ!!」
朱雀と涼音は、それをブラスターを発射する前触れだと思っていた。
だが、これは違う――これは、ファルシオンブラスターじゃない!
〈砕けぇっ! 必ぃぃぃ殺っ!!〉
「――――ファルシオン・ハンドクラァァァッシュッ!!」
雄叫びを上げるウェインの、ファルシオンの光り輝いた左手が、涼音の赤く燃え上がった右拳と真っ正面からぶつかり合う。
真っ赤な火の粉が、緑色に光るプラーナの欠片が激しく散り、ぶつかり合う拳と手のひら。
(取った――――!)
その瞬間、涼音は己の勝利を確信していた。
だがその直後に、涼音は信じられないものを目の当たりにする。
「なん、ですって……っ!?」
ウェインの左手とぶつかった右拳が、そのまま――――砕け散ったのだ。
何が起こったのか、涼音は理解できなかった。
彼はまだファルシオンブラスターを撃っていないはずだ。彼がブラスターを撃つよりも早く、左腕を殴り砕くつもりだった。
なのに……なのにどうして、逆に自分の拳が砕けたのか?
それが理解できずに、涼音はほんの一瞬だけ我を忘れてしまう。コンマ数秒だけ、彼女は反応を遅らせてしまった。
――――だが、その一瞬が命取りだった。
〈いかん、主殿っ!!〉
「ッ――――!?」
焦る朱雀の声で、ハッと涼音は我に返る。
しかし、その時にはもう既に何もかもが手遅れで――――。
「これでぇぇぇっ! 終わりだぁぁぁぁっ!!」
涼音の右拳を砕いたウェインは、そのままの勢いで右腕を丸ごと粉砕。光り輝く左手を突き出せば、ガッと朱雀の頭を鷲掴みにする。
そうして掴めば、左手に渾身の力を込めて――朱雀の頭部を、グッと握り潰した。
――――『ファルシオン・ハンドクラッシュ』。
前にDビーストと――海魔超次元獣エーフィングと海中で戦った際に、ファルシオンが土壇場で編み出した新必殺技。ファルシオンブラスターに代わる、もうひとつの切り札だ。
だがこの技のことを涼音は知らない。学院では一度も見せたことのない技だからだ。
故に彼女は見誤った。故にほんの一瞬だけ反応を遅らせてしまったのだ。
まさに一回きりの不意打ち、この技のことを知らない相手だからこそ通じた奇襲だ。もしも次の機会があるとしたら……その時はもう、例えハンドクラッシュでも彼女には通じないだろう。
だが、それでもウェインは勝った。ウェインは、賭けに勝ったのだ。
〈……見事なものだな〉
「ええ、あたしたち……見誤ってたみたいね、アイツの底力ってのを」
頭部を砕かれた朱雀が、がっくりと膝を追って倒れる。
そのすぐ眼前で、ファルシオンは左手を突き出した格好のままパワーダウン。力を使い果たした白き翼の魔導騎士は、しばらくは硬直したまま動けない。
だが、もう動く必要もないだろう。
ウェインか涼音か、どちらが勝利をもぎ取ったのかは……誰が見ても、明らかだった。
『――――戦闘終了』
すると、スタジアムのスピーカーから聞こえてくるのはエイジの声で。
『朱雀の撃破を確認しました。よって勝者は――――ウェイン・スカイナイト』
続けて木霊するのは、ウェインの勝利を告げる彼の号令だった。
しん、と一瞬だけスタジアムが静まり返る。
『……う、うおおおおおっ! ウェインが……ウェインが決めた、決めやがったぁぁぁぁっ!!』
だがそれも僅かな間のことで、音割れを起こすぐらいに興奮した風牙の絶叫が響けば、同時に観客席からの割れんばかりの大歓声がスタジアム中に響き渡る。
「どうにか凌ぎ切ったな、相棒」
〈ええ、本当に強敵でした……今までにないほどに〉
そんな大歓声を浴びながら、ガシャンと左腕の装甲を格納するファルシオン。グッと左拳を突き上げたウェインは……こうして、辛くもフィーネの待つ決勝戦へのチケットを手に入れたのだった。
(第八章『刹那、光り輝く神の左手』了)




