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ダイバージェンス・フィーネ  作者: 黒陽 光
Chapter-04『正義に燃えよ烈火の拳』
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第八章:刹那、光り輝く神の左手/01

 第八章:刹那、光り輝く神の左手



「ああくそ……おい、大丈夫か相棒……」

〈ええ、なんとか。しかし手痛い一撃でした〉

「ホント、嫌になっちまうぐらい強いぜ、アイツ……」

 スタジアムのグラウンド、晴れていく砂煙の中から、ファルシオンがよろよろと立ち上がる。

 あの流星イズナ落としを喰らっても、ファルシオンはどうにか無事だった。

 が……負ったダメージは手痛いなんてものじゃない。落下した時の衝撃があまりに大きかったせいか、身体のあちこちが軋み、どうも動きが鈍く感じる。

 それぐらいの、とんでもない威力の技だったのだ。

 それは――今まさに立ち上がったファルシオンを中心に、地面が大きなクレーターのように凹んでいることが何よりもの証明。ファルシオンだからどうにか耐え切れたのであって、普通のナイトメイルであったら……今頃、もう勝負はついているはずだ。

〈我らの流星イズナ落としを喰らって、まだ立ち上がれるとは……ファルシオン、噂通りの恐るべきナイトメイルのようだな〉

「きゃはっ! ほんっと最高よアナタたちっ!! アタシの流星イズナ落としを浴びても立ち上がれたのは、アナタが初めてよっ!!」

 と、そんな彼の対面で――朱雀は驚いた声を上げ、涼音は心底嬉しそうにはしゃいでいる。

 もちろん、朱雀は無傷のままだ。自爆技というわけでもないから当然だが、これで状況はよりウェインにとって不利に傾いたことは間違いない。

 かたやボロボロのファルシオン、かたや無傷のまま余裕を見せる朱雀――――。

 勝機がどちらにあるかなんて、誰が見ても明らかだろう。

 まさに絶体絶命、ウェインは今まさに崖っぷちの窮地に追い込まれていた。

〈余裕ですね。流石はあのデュランダルを相手に四度も勝利しているだけのことはある、ということでしょうか〉

「むしろ、フレイアの方がスゲえよ。よくこんな化け物相手に二回も勝ちをもぎ取れたもんだぜ……」

 苦い顔でファルシオンとそう言葉を交わし合いながら、ウェインはバッとかざした左手にバトルキャリバーを再召喚。それを再び両手で構え直した。

〈弱気ですね、貴方にしては珍しい〉

「ハッ、俺のどこが弱気だって? 諦めの心があるってんなら、こんな風にまた剣を構えちゃいねえよ……違うかい、相棒よ?」

〈いえ――そういう貴方だからこそ、私も今まで無茶に付き合ってきたのですから〉

「なら、今回も無茶に付き合ってもらうぜ」

 ニヤリとしながら言って、ウェインは涼音をキッと睨み付ける。

 刺すような彼の視線と、向けられた剣の切っ先。

 しかし涼音は一切臆することなく、ふふっ……と笑って右手を天にかざすと。

「いいわ、付き合ってあげる! どうせならもっともっと楽しまないとねっ!!」

 その右手の中に、彼女は武器を生成した。

 涼音が呼び出した柄の長いそれは、長槍――いいや、薙刀(なぎなた)だ。

「っ、スカーレットグレイヴか……!」

 ウェインはすぐに、その薙刀の名を思い出していた。

 ――――スカーレットグレイヴ。

 徒手格闘を基本とする朱雀にとっての、数少ない武器のひとつ。ここまで格闘戦に徹していた彼女が、ここに来て遂に武器を手にしたのだ。

〈素手がメインの彼女が、武器を抜いた……つまり、本気で来るということでしょうね〉

「だろうな……!」

 それを見て冷静に分析するファルシオンと、苦い顔で返すウェイン。

 そんな彼の対面で、涼音はまた嬉しそうに笑顔を浮かべれば。

「行くわよ、ここからは――――全力で!」

 ダンっと力強く大地を踏み締め、凄まじい勢いで飛び出した。

 身を低くして、一気に潜り込む先は――当然、ウェインの懐だ。

〈ウェイン、来ます!〉

「っ……!」

 突っ込んでくる涼音を前に、ウェインはとりあえず回避を選択。背中の羽をはためかせ、後方に飛んで間合いを取ろうとするが。

「逃がさない! ――てりゃぁぁぁっ!!」

 しかし、涼音の突っ込みのスピードの方が速かった。

 逃げるウェインの懐に潜り込み、涼音はスカーレットグレイヴを振り上げる。

 ひゅんっと風切り音がするほどの速さで、振り上げられた薙刀は――ウェインに回避を許さず、その切っ先で胸部の鎧を斬りつけた。

 胸で激しい火花が散り、鋭い衝撃が彼を襲う。

「うおおおっ!?」

 その一閃でバランスを崩したウェインは、飛び続けられずにダンっと背中から地面に落ちる。

 だが涼音に容赦はなく、仰向けに倒れたウェインに向かって――今度は鋭い突きを放ってきた。

「んなろ……っ!」

 無論、それをむざむざ受ける彼じゃない。

 ウェインは倒れた格好のまま、咄嗟に左手のバトルキャリバーで刺突を防御。迫る薙刀の切っ先を、剣の刀身でどうにか弾いて受け流すことで事なきを得る。

〈無防備なままでは……ウェイン、退避を!〉

「言われんでも分かってらぁっ!!」

 そうして二撃目の刺突をどうにか凌いだウェインは、倒れたままで涼音を横一文字に斬りつける。

 当然その程度の攻撃ぐらい、涼音は難なく飛び退いて避けてみせるが……ウェインは彼女が間合いを取った隙を突いて、飛ぶような勢いで起き上がった。

 今の一閃は当てるのが目的じゃなく、起き上がる隙を作るためだったのだ。

「へえ、やるじゃない!」

 そうして立ち上がった彼を前に、涼音はまた楽しそうな声を上げる。

 ぐるぐると右手の中でスカーレットグレイヴを回しながら、バッとファイティングポーズを構える涼音。そんな楽しげな彼女とは真逆に、ウェインの顔にはさっきから苦い表情ばかりが浮かんでいた。

 …………本当に、恐ろしい一撃だった。

 見切ることは出来た。しかし踏み込みの速度も、斬撃のスピードも速すぎて……ファルシオンの機動力を以てしても、ウェインはあの最初の一閃を避けきれなかったのだ。

 このまま正面から戦って、果たして本当に勝てるのか――――。

 弱気じゃない、とファルシオンには強がってみせたが……でも実際のところ、そういう気持ちは一秒ごとにウェインの中で強くなっている。実際に涼音とこうして手合わせをして、余計に感じるものがあったからだ。

 羽衣涼音は、冗談みたいに強い。

 それを身体で感じ取ったからこそ、ウェインの中に再びそんな弱気な心が浮かび上がっていたのだ。

 だが、かといって負けられる戦いじゃない。

 そもそも、ウェインにとって負けていい戦いなんてひとつもないのだ。こういう試合だけじゃない、Dビーストとの戦いの時だってそうだ。負ければ後がない、常にそんな戦いを彼は続けてきた。

 でも、そんなウェインをして弱気にさせる相手――それがこの、羽衣涼音という少女だった。

「…………」

 ウェインは剣を構えたまま、チラリと観客席の方を見る。

 すると観客席の片隅で、他の二人と一緒にじっと自分の方を見つめる彼女の姿が、不思議なぐらいパッとすぐ目に飛び込んできた。

(フィーネ……)

 もし自分が負ければ、次に涼音と戦うのは彼女になる。

 でもフィーネなら、例え涼音が相手でも勝ってくれるに違いない。少なくともウェインはそう確信している。

 だが……だとしても、負けるわけにはいかない。何より彼女と約束したのだ、必ず勝ってくると、決勝戦の場であの時の決着をつけようと――――。

「……負けられねえ、わな」

 その約束が、遠く観客席から見つめる彼女の視線が――弱気に傾いていたウェインの心を、再び奮い立たせた。

 フィーネの視線が、また背中を押してくれたのだ。言葉を介さずして分かる。自信を持って戦えと……そんな色をした彼女の視線が、折れかけていたウェインを奮い立たせたのだ。

「くくっ……ああそうか、そうだよなぁっ!! 俺は勝たなきゃならねえ――だったよなぁっ、フィーネぇっ!!」

 そうすれば、さっきまでの弱気な苦い表情はどこへやら。ウェインは闘志を露わに呟けば、バッと右手を虚空にかざす。

 すると、手の中にバトルキャリバーを――もう一本、追加で召喚した。

 右手と左手、二振りの剣を握り締めたファルシオンがバッと構えを取る。

「へえ、二刀流ってわけね! 面白いじゃないっ!」

「こうでもしねえと、お前にゃ勝てそうにないんでな……!」

 薙刀を手にファイティングポーズを取る涼音と、二刀流で剣を構えるウェイン。

 そうして互いに、睨み合うこと数秒。先に踏み出したのは――意外なことに、ウェインの方からだった。

「オラァァァァッ!!」

 背中の羽をはためかせて、最大加速。猛スピードで真っすぐ涼音に向かって突っ込んでいく。

 そして繰り出すのは右手と左手、二本の剣での同時攻撃だ。

「ふふっ……♪」

 だが待ち構えていた涼音は、薙刀一本でその二刀流の斬撃を捌いてみせた。

 手の中でくるくると薙刀を高速回転させながら、超人的な反応速度で二振りの剣を弾き、受け流していく涼音。それにウェインは「チッ……!」と舌を打ちつつも、果敢に猛攻を続けていく。

「うおおおおおっ!!」

 目にも留まらぬ速さでウェインが繰り出すのは、まさに斬撃の嵐だ。

 だがそれを、涼音はたった一本の薙刀で全て防いでしまう。叩きつける縦一文字も、斜めから振り下ろす袈裟懸けも、横薙ぎに払う横一文字も……ウェインが仕掛ける刃の閃きを、涼音は難なく受け流してしまった。

「アナタ、やっぱりいいセンスしてるわね。もうたまんない……♪」

「余裕ぶっこいてんじゃ――ねぇっ!!」

 ウェインの攻撃を受け流しながら、楽しそうに笑う涼音。

 そんな彼女に向かって、ウェインは渾身の一撃を繰り出した。

 バッと両手の剣を振りかぶり、二本同時に振り下ろす。

 涼音は当然、それを薙刀で受け止めたが……しかし右手と左手、二本のバトルキャリバーが叩きつける衝撃は凄まじく。受け止められこそしたものの……しかし二本の剣が激突した瞬間、スカーレットグレイヴの柄にピキッと小さなヒビが走った。

「っ――!」

 そんなヒビが柄に走るのを見たと同時に、キッと目を尖らせた涼音はその場から瞬時に飛び退いて離脱。ウェインから大きく距離を取ると――――。

「でやぁぁぁぁっ!!」

 右手に握っていたスカーレットグレイヴを、何のためらいもなく投げつけた。

 ひゅんっと風を切り、弾丸のような速さで真っすぐ飛んでくる薙刀。

「うおっと!?」

 ウェインは驚きつつも反応し、飛んできたそれをすぐさま斬り払う。

 左手の剣に弾かれた薙刀が、真ん中から二つに砕けながら明後日の方向に飛んでいく。

 だが斬り払い、ウェインが一瞬逸れていた意識を再び涼音に向け直した時には……もう彼女は、必殺の構えを取っていた。

「褒めてあげるわ! アタシにこれを抜かせたことを……ね!」

 腰を低く落として、身体を斜めに構える涼音。両手を左腰に沿わせたその格好は――間違いない、抜刀術の構えだ。

 刀を鞘に納めたまま、神速の抜刀で以て相手を叩き伏せる剣術。それが抜刀術というものだ。

 でも、朱雀の左腰には刀なんて無い。

 だがその構えは、間違いなく居合の……抜刀術の構えに他ならなかった。

〈ウェイン、これは……!〉

「ああ、マズいぜ……アイツ、何か仕掛けてきやがる!」

 涼音がその構えを取ったのを見た瞬間、ウェインは思わず身体をこわばらせる。

 が、踏み込むことは出来ない。

 ひとたび彼女の射程圏内に飛び込めば、逆にこちらがやられてしまう――彼が直感的にそう感じるほど、今の涼音には一分の隙もなかったのだ。

 だからウェインは踏み込めないまま、ただ両手の剣を防御姿勢で構えることしか出来ない。

「はぁぁぁ……っ!」

 その間にも涼音は気を練り、必殺の一閃を放たんとしていた。

「見せてあげるわ、これが天竜活心拳の極意……!」

 瞬間、パッと朱雀の左腰が閃いて。それと同時に涼音はダンっと大きく、力強く踏み込んだ。

 まるで地面を滑走するように、とんでもないスピードで瞬時にウェインの懐に潜り込んだ涼音は……その瞬間、満を持して必殺の刃を閃かせた。

天剣(てんけん)一閃(いっせん)! イグナイト――スラァァァッシュッ!!」

 キン――――ッ、と火花が散ったのは、ほんの一瞬。

 そして、涼音がウェインと交差したのも、ごくわずかな刹那のこと。

 踏み込んだ涼音が彼とすれ違い、ザァァっと滑りながら静止したとき。振り抜いたその右手に握られていたのは、一振りの太刀だった。

 握るのは、紅蓮の焔を纏いし深紅の太刀、その名は――――クリムゾンキャリバー。

 朱雀の持つ、もうひとつの武器。それを涼音はあの交差した一瞬で召喚し、そして閃かせたのだ。

 そんなクリムゾンキャリバーを振り抜いた姿勢のまま、静止し残心する涼音。その背後ではウェインもまた防御姿勢を取ったまま動かず、まるで時が止まったように二騎ともが動かなかった。

 だが、そんな静寂が続いたのも、ほんのひとときの話で。

「っ、マジかよ……!?」

 最初に静寂を打ち破ったのは、ウェインの驚愕に満ちた声と……パキンッ、と何かが砕ける音だった。

 そして、砕けた二つの切っ先がファルシオンの足元に突き刺さる。

 そう、あの一瞬の閃きで――両手のバトルキャリバーが、二本とも叩き折られてしまったのだ。

 が、それだけじゃない。

〈くっ、こんな馬鹿なことが……!?〉

 苦しげなファルシオンの声が響いた瞬間、その背中の片翼がパキンと半ばから砕け散った。

 無数の白い羽根が舞い散る中、半ばからもげて地面に転がり落ちたのは右の翼。涼音はバトルキャリバーだけじゃなく、ファルシオンの片翼をも――右のプラーナウィングをも、たった一閃で叩き斬ってしまったのだ。

 ――――『天剣(てんけん)一閃(いっせん)・イグナイトスラッシュ』。

 これもまた、天竜活心拳の技のひとつだ。魔術の焔を纏わせた刃で一気に斬り抜ける、必殺の抜刀術。それを涼音は繰り出し、ファルシオンの剣と片翼を砕いてみせたのだ。

「畜生……っ!」

 両手の剣と片翼を失い、がっくりと膝を突いて項垂れるウェイン。

 そんな彼と背中を合わせるように立ちながら、涼音はひゅんっと刃に空を切らせて刀身の焔を払い、左腰の鞘に太刀を納めた。

 カチンッ、と甲高い音が鳴り、紅蓮の太刀が腰の鞘に納まる。

 そうして納刀しながら、涼音は後ろの彼に振り返って。

「さて、これで……決着かしら?」

 と、確認じみたことを――でも、どこか期待を込めた声でそう、ウェインに問いかけるのだった。

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