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ダイバージェンス・フィーネ  作者: 黒陽 光
Chapter-04『正義に燃えよ烈火の拳』
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第七章:正義に燃えよ烈火の拳/02

「ウェインが踏み込んだぁっ! しかし涼音はそれに素手で立ち向かう! さあ盛り上がって参りましたこの勝負……どっちが勝ってもおかしくない一戦だぁっ! これは……これは、一体どうなってしまうのかぁぁぁっ!!」

「ええ、本当に緊迫した戦いですね」

 そんな二人の激闘を、エイジ・モルガーナはスタジアムの管制室から静かに見守っていた。

 隣では実況役の風牙がやかましい声を上げて試合を盛り上げ続けている。そんな彼の賑やかすぎる実況をすぐ真横に聞きながら、エイジはじっと二人の戦いを遠くに見つめていたのだった。

「いやあ、ホントにどうなるんでしょうねぇこの戦い! モルガーナ先生はどう思いますぅ?」

「こればかりは、私にもなんとも。近接戦闘の実力では、やはり涼音さんが圧倒しているでしょう。しかしウェインさんのファルシオンには特筆すべき空戦機動力がありますし、何よりファルシオンからは底知れない力を感じますから。どちらが勝ってもおかしくない、というのが素直なところですね」

「ですよねえ。ちなみにどっちに勝って欲しいです?」

「うーん、一応は審判なので、立場的にはちょっと申し上げにくいですね。何より涼音さんもウェインさんも、どちらも私のクラスですし……どちらにも勝って欲しいけれど、どちらにも負けて欲しくない、というのが本音でしょうか」

「まー、先生からしたら複雑ですよねえ」

 風牙に求められた通りにコメントしつつ、エイジはニコニコと笑顔を絶やさずに試合を見つめる。

 と……そんな折、試合に動きがあった。

「おおっと!? 涼音がウェインの斬撃を……止め、止めたぁぁぁっ!?」

 隣で風牙が驚愕の声を上げる中、エイジは表情こそ変えなかったが……しかし、驚いているのは同じだった。

 ――――涼音が、ウェインの剣を素手で止めたのだ。

 パンっと合わせた両の手のひらで刀身を挟み込み、受け止める技。その名は真剣白刃取り――――。

 涼音はついさっきまで、ただウェインの斬撃を受け流しているだけだった。ウェインが攻勢に転じ、涼音は回避に専念し続けるのみ。彼がバトルキャリバーを抜いたことで、試合展開が一気にひっくり返ったと……誰もが思った中で、涼音は急にその達人芸を披露してみせたのだ。

『嘘だろ、俺の剣を止めやがった……!?』

『きゃはっ! 驚いた? 驚いたわよね? アナタの驚いた反応が見たかったの!』

 ウェインが驚く中、涼音はまるで悪戯に成功した子供のように無邪気な声で笑う。

『さっきまで避けてたのは、アナタの太刀筋を見ておきたかったから。やっぱり良いセンスしてるわね、見切るのに随分掛かっちゃった。でも……もうアナタの太刀筋は完全に見切ったわ!』

 合わせた手のひらでバトルキャリバーの刀身をしっかり固定しながら、ふふんと鼻を鳴らす涼音。

 そんな二人を遠くに見つめながら、その時になってハッとエイジは全てに合点がいった。

「真剣白刃取り……そうか、フレイアさんの時とは違って、ウェインさんの剣を知らないから……!」

「えっと、どういうことっすか?」

 きょとんと首を傾げる風牙に「言葉通りですよ」とエイジは返し。

「フレイアさんは涼音さんにとって、もう何度も戦った間柄です。だから彼女の剣はよく心得ている……前の試合でああも簡単に白刃取りをしてみせたのは、そういうことでしょう」

 そう、簡潔に説明してやった。

「……ってことは、涼音が今回あんな風にずっと逃げ回ってたのは」

「ええ、雪城さんの思われた通りです。ご本人が仰るように、ウェインさんの太刀筋を見切るための、その時間が欲しかった……と、いうことでしょうね」

「なるほど……これは凄まじい展開になってきたぁぁぁっ!!」

 と、二人がそんな会話を交わしている間にも――涼音は次の一手を打っていた。

『じゃあ、ここからはアタシのターンよ! ……たぁぁぁっ!!』

 涼音は一瞬だけ刀身から片手を離せば、握り締めた拳をダァンっとバトルキャリバーに打ち付けた。

 真横から拳が炸裂し、その勢いは添えたままのもう片方の手のひらが逃がさない。

 すると、涼音が気合いの雄叫びとともに拳を打ち付けた瞬間――あまりの衝撃に耐え切れなかったバトルキャリバーの刀身が、ベキンと半ばから砕き折られてしまった。

『ああくそ、マジかよ……!?』

 瞬時にウェインは不利と判断し、一瞬のためらいもなく剣から手を離すと、背中の翼をはためかせて急上昇。一気にその場からの離脱を図った。

 が、それを許すような羽衣涼音でもなかった。

『逃がさないわよっ!』

 ダンッと地を蹴りハイジャンプ、涼音は一気に空中へと飛び上がり、逃げていくウェインに追いすがる。

 朱雀のその強靭な脚力をフルに発揮したジャンプは勢いよく、そして高く深紅の身体を飛び上がらせて……上昇し逃げるウェインと同高度まで一気に追いつかせた。

『嘘だろ、なんてジャンプ力してやがる!?』

『きゃはっ、アタシは追うのも追われるのも好きなタイプなのっ!!』

 驚くウェインに笑いながら言って、涼音はそのまま瞬時に彼の背後に回り込むと……腰に滑り込ませた両腕で、ギュッとファルシオンに力いっぱい抱き着いて。

『でも、捕まえたら逃がさないのもアタシなのよ!』

 そのまま朱雀の強靭な膂力(りょりょく)で以て、強引に上下をひっくり返し――自分ごとウェインを地面に叩きつけんと、逆さまになって急降下を開始した。

『んなろ……っ! 離せ、離しやがれっ!!』

『言ったでしょ、逃がさないって! もう離さないから……アナタの全ては、このアタシのものよっ!!』

 背中からとんでもない力で抱き着いた朱雀と、そのせいで身動きが取れないファルシオン。

 二騎のナイトメイルは今、グラウンドに向かって頭からとんでもない勢いで突っ込んでいく――――!

『喰らいなさい! ――――天竜活心拳・流星イズナ落としっ!!』

『うおおおおおっ!?』

 ウェインは身動きが取れないまま、されるがまま……そのまま、頭からダァンっと地面に叩きつけられた。

 ――――『天竜活心拳・流星イズナ落とし』。

 これぞ、天竜活心拳の持つ奥義のひとつ。その名の通りのイズナ落とし、必殺の空中殺法を……あろうことか、空を主戦場とするファルシオンが叩き込まれたのだ……!

「これは……これは、決まったか!? 決まってしまったのかぁぁぁっ!?」

 地響きがするほどの勢いで落下した二騎が、舞い上がった土煙の中にその姿を消していく。

 それを見て、風牙が興奮した声を上げる中……エイジは尚も冷静な顔のままで、じっとその様子を見つめていた。

(ウェイン・スカイナイト、そしてファルシオン……ここで涼音さんに負けるようであれば、所詮はその程度だったというだけです)

 管制室からグラウンドを見つめながら、内心でそう思いつつ……エイジは掛けたフレームレスの眼鏡を、クッと指で軽く押し上げる。

(しかし、もしもあの涼音さんをも退けられたとしたら。あるいは……やはり、あのナイトメイルは……)

 そんな仕草をしつつ、エイジは胸の内で静かにそう考えるのだった。

 ――――フレームレスの眼鏡の奥、ほっそりとした赤い切れ長の目をスッと細めながら。





 一方、スタジアムの観客席では――その試合を、フィーネとフレイアが固唾をのんで見守っていた。

「……ウェインさん、大丈夫でしょうか」

「分からん。だが手痛い一撃なのは間違いない……」

 イズナ落としを喰らったウェインの姿は今、舞い上がった土煙の向こうに隠れて窺い知れない。

 そんな中で二人は、ただそう言葉を交わし合うことしか出来ないでいた。

「こりゃあ、随分と派手にやられちまったもんだねェ」

 と、そこにミシェルが合流してくる。

 よっこいしょ、と空席だったフィーネの隣に腰掛けるミシェル。腕組みをしながら、呑気な顔でグラウンドの方を見る彼に「お前、今までどこに行ってたんだ」とフィーネが訊けば、ミシェルはニヤリとして。

「チョイと、野暮用があったもんでねェ」

 なんて風に、彼らしく掴みどころのない言い回しで返してくる。

「んで、戦況はどうなんでい」

「率直に言えば、あまりよろしくありませんわね」

 続く彼の質問に、そう答えるのはフレイアだ。

「ご覧のように、たった今ウェインさんは……涼音さんの流星イズナ落としを叩き込まれました。並みのナイトメイルであれば、あの一撃で決着がつくほどの技です」

〈ボクたちは喰らったことはないけれど、でも彼女のイズナ落としで倒された子は結構見てきたよ。ウェインくんとファルシオンなら、流石にそんなことはないと思うけれど……〉

 冷静な声で説明するフレイアに続き、デュランダルも補足を入れる。

「ですが、仮にイズナ落としを耐えたとして、ウェインさんが圧倒的に不利なことに変わりはありません。徒手格闘は言わずもがな、剣を使っての戦いでも圧倒され、頼みの綱だった空中戦にも対応されてしまったことを考えれば……とてつもなく不利、というのが私の素直な分析です」

 更に続けてフレイアがそう、所感を交えつつ冷静に分析すれば、ミシェルは「だろうな」と納得の表情で頷く。

「ま、おめえさんが翻弄されるほどの相手だからな。涼音の奴ァ、どうにも一筋縄じゃいかねぇ相手だぜぃ」

「だが、私のウェインなら必ず勝つさ」

 うんうんと唸るミシェルに、そうフィーネは真っ直ぐ、疑いひとつない語気で言った。

 ミシェルはそれに「ほお?」と興味深げな声を上げて、

「なんでい、随分と自信ありげじゃねぇか。何か根拠でもあるのかい?」

 と問うてみれば、フィーネはフッと自信満々の笑みを浮かべて。

「私のウェインなら、勝って当然だろう?」

 なんて、どこまでも彼女らしい一言を口にした。

「……それに、ウェインには切り札がある。お前と私しか知らない、最後の切り札がな」

 その後でそう、どこか含みを持たせたことを続けて言えば――ミシェルは「……ああ、なるほどねェ」と納得した顔を浮かべて。

「確かに、アレのことは涼音も知らねぇな。だったら……勝機は、あるっちゃあるか」

「うむ」

「えっと……お二人とも、話が見えないのですが……?」

 納得した顔のミシェルと、相槌を打つフィーネ。そんな二人の話す意味がただ一人理解できず、きょとんとフレイアは目を丸くする。

 それをフィーネは「見ていれば、いずれ分かることだ」とはぐらかしつつ、同時にこうも内心で思っていた。

(だが……チャンスは一度きりだ。二度目が通じるような相手じゃない。逃がすんじゃないぞ……ほんの一瞬、刹那の先にある僅かなチャンスを)

 やがて立ち込めていた砂煙が晴れて、その向こうに涼音の朱雀と……ゆらゆらと、フラつきながらも起き上がる、ウェインとファルシオンの健在な姿が現れる。

 そんな彼を遠くから見つめつつ、フィーネはそう思い……密かに、ウェインを案じるのだった。





(第七章『正義に燃えよ烈火の拳』了)

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