第六章:茜色の神鳥
第六章:茜色の神鳥
そして、遂にAブロック準決勝の日が訪れた。
試合が始まる直前、ここはアリーナエリアのスタジアム。入場ゲート前の廊下で、ウェインは壁にもたれ掛かりながら開始時刻を待っていた。
そんな彼の隣には、同じように壁に背中を預けたフィーネも居る。
廊下の片隅に横並びになって、二人はただじっとその時が訪れるのを待っていた。
「さて……もうそろそろ時間のはずだが」
と、フィーネが呟く。
ウェインは「んだな」と短く返し、
「そいじゃあ、行くとするか」
と言って、預けていた壁からスッと背中を離してゲートの方に向き直った。
そのままウェインは歩いていこうとするが、しかし「待て」とフィーネは呼び止めると。
「自信を持て、お前とファルシオンなら必ず勝てる。例え相手が……あの、涼音であってもだ」
そう、彼の目の前に回り込みながら言う。
〈大丈夫です、兄様とウェインならきっと勝てますよ〉
すると同時に、ジークルーネもねぎらいの言葉を掛けてくれた。
それを聞いたウェインはフッと小さく表情を綻ばせて、
「へいへい、お前にそう言われちゃ仕方ねえよな」
〈フィーネ、それにルーネもありがとうございます。必ず勝利を勝ち取ってみせましょう、私とウェインで〉
と、ファルシオン共々そんな言葉を彼女たちに返した。
そんな彼を――いつものぶっきらぼうな態度で言った彼を見て、フィーネはふふっ……と微笑めば。
「いい子だ、なら私から最後におまじないを掛けてやろう――――」
そう言って、彼の頬に手を伸ばし――そっと、唇を触れさせた。
ほんの一瞬、それは一秒にも満たないほどに短い触れ合い。
フィーネはすぐに触れさせた唇を離すと、キスをした彼の頬に手を添えたまま、至近距離から瞳を覗き込んで。
「私を一人にしてくれるなよ? ――――必ず勝て、ウェイン」
と、頬から話した手でそっと彼の鼻先に指を触れさせながら、悪戯っぽい笑顔を浮かべて言う。
「……おうよ」
ウェインはそれに短く、ただそれだけを……いつものぶっきらぼうな態度で返すと、今度こそゲートの方に向かって歩いていった。
…………ほんの少しだけ、照れくさそうな顔を浮かべながら。
それと同じ頃、涼音も反対側の入場ゲート前でじっと時を待っていた。
〈いよいよだな、我が主よ〉
「ええ、そうね朱雀。ふふっ……楽しみだわ、遂にアイツと戦えるのね」
〈あの男のこと、本当に気に入っているのだな〉
「当然じゃない? でなきゃアタシがあそこまでしないわよ、普通」
〈うむ、確かにな〉
壁にもたれ掛かり、腕組みをしながらじっと時を待つ涼音。他に誰もいないこの廊下で、話し相手といえば相棒の朱雀だけだ。
右手首に着けた深紅の数珠を見つめながら、ふふっと楽しげに笑う涼音。まるで遠足前の小さな子供のような、そんな屈託のない笑顔を浮かべる彼女に、朱雀はあくまで冷静な声で返していた。
…………と、そんな時だ。
一人と一騎が話している最中、近づいてくる足音がひとつ。
チラリと涼音がその足音の聞こえる方に視線を流してみれば、やって来たのは――意外や意外、あのミシェル・ヴィンセントだった。
「あら、お見送りかしら? 嬉しいけれど、でもアナタが来てくれるとは思わなかったわ」
「なァに、チョイと暇を持て余してたんでな。おめえさんの面を拝みに来てやったってわけよ」
「相変わらず口の減らない男ね、アナタは」
「ソイツぁお互い様だろぃ?」
笑顔の涼音に、くくくっと皮肉げな笑みで返すミシェル。
「おめえさんの自信のほどを聞いてみたくなった、それが本音だな」
「ふぅん……? アナタ、前からそんなに他人が気になるタイプだったかしら?」
「ちょっとした心変わり、って奴かもなァ」
言って、ミシェルは涼音とは反対側の壁にもたれ掛かる。
「で、どうなんでい?」
そして改めて訊いてみれば、涼音は「当然、アタシが勝つわよ」と即答した。
するとミシェルはくくくっ……とまたおかしそうに笑い、
「果たして、そう簡単にいくかねえ……?」
なんて風に、どこか含みを持たせたことを――いつもの皮肉げな口調で言った。
「ふぅん? なんか引っ掛かる言い方してくれるじゃない。アタシが負けるって言いたいの?」
「別にそういうわけじゃねぇがね……ま、精々気張るこったな」
「はいはい、じゃあ時間だからアタシはそろそろ行くわね?」
言って、涼音は後ろ手を振りながらゲートの方へと歩いていく。
そんな涼音の背中を、この場に留まってミシェルは見送りながら……。
「で、おめえさんはどう思うよ?」
懐から取り出した十手に――ソードブレイカーにそう、何気なく訊いてみる。
〈おおよそ五分の勝負、といったところか。どちらが勝利するか、それは我にも正直読めん〉
「ま、だろうな……」
よっこいしょとミシェルは十手を肩に担ぎ、遠ざかっていく涼音の背中を見つめながら。
「さあて、今度の相手は一筋縄じゃいかねぇぜ。ウェイン、おめえさんは一体どう戦ってくれるのかねえ……?」
と、ニヤリとした期待の笑みを浮かべていた。
――――スタジアムを、大歓声が包み込む。
詰めかけた大勢の観客に囲まれた、ここはスタジアムのグラウンド。そのド真ん中でウェインと涼音、二人がじっと真っ正面から向かい合っていた。
「来たわね、ウェイン! 今日ここでアナタに勝って、アタシの虜にしてあげるんだから!」
「ああそうかい! だが……そう思い通りにさせるかってんだ!」
「きゃはっ! それでこそアタシが認めた相手だわっ!! それじゃあ楽しみましょう、アナタとアタシ――二人っきりでっ!!」
向かい合って言葉を交わしながら、ウェインは白い短剣を、涼音は右手首の紅い数珠を構える。
〈ウェイン、今回はかなり強敵です……デュランダルと同等と思い、警戒を!〉
「分かってらい! そいじゃあ行くぜ……相棒!」
〈イエス・ユア・ハイネス!!〉
「――――ファルシオンッ!!」
白い短剣をバッと天高く掲げた刹那、ウェインの身体が眩い閃光に包まれる。
その一瞬の閃光が晴れた先、ふわりふわりと白い羽根が舞い散る中に現れたのは、天駆ける白き翼の魔導騎士――ファルシオン。
現れたそのナイトメイルを、待ち望んでいた相手を見上げながら、涼音はふふっ……と心からの楽しそうな笑顔を浮かべていた。
〈ほう、これがファルシオン……実に美しい立ち姿だ〉
「もう待ちきれないわ! アタシたちも行きましょう、朱雀っ!!」
〈承知した。しかし油断は禁物だ、我が主よ……手加減抜き、全力で行くのだ!〉
「あったりまえよっ!! 手加減なんて失礼な真似、アイツに出来るもんですかっ!!」
ウェインが融合したのに呼応するかのように、涼音もバッと右拳を力強く突き出した。
それはまるで、正拳突きを繰り出すように。
そうして拳を突き出した瞬間、手首の紅い数珠から真っ赤な焔が噴き出した。
熱く激しく、燃え滾るその焔は渦を巻いて、涼音の右拳を――黒い指ぬきグローブに包まれた拳を這い回り、そのまま右腕を伝って彼女の全身に纏わりつく。
涼音が身体に纏った真っ赤な焔は、周りの空気すらもチリチリと焦がすほどに……熱く、熱く燃えていた。
〈では――――我らも参ろう、主よ!〉
「剛烈……合身ッ!!」
唸るような雄叫びを上げた涼音が、ガンッと両手の拳同士を打ち付けた瞬間――ぶつかり合った拳の合間から、一際激しい焔が噴き出した。
それは彼女の身体を瞬時に包み込んで、火柱となって一気に天高く突き上がり。やがてその火柱の中から、ゆらゆらと巨大な影が姿を現す。
焔の向こう側から現れたのは、深紅のナイトメイル。研ぎ澄ました鋼の肉体のような、細身なシルエットの魔導騎士。鋭く尖った鎧を身に着けた、そのナイトメイルの名は――朱雀。
羽衣涼音と融合した、彼女のナイトメイルが今、灼熱の焔の中からファルシオンの前に姿を現したのだった。
『さぁぁていよいよ準決勝だぁぁっ! 勝つのはウェインか、それとも涼音かっ!? これは読めない試合展開になりそうだぁぁぁっ!!』
『ええ、本当に楽しみです。ウェインさんも涼音さんも、どちらも実力のあるお二人ですから。この対戦カードは私も注目していたんです……っと、審判の立場でこんなこと言うのは、少しマズいでしょうか?』
『いーえいえいえ! それはそれ、これはこれってことで! イイ感じに期待も高まってきたところで……そいじゃあモルガーナ先生、いつもの頼んます!』
風牙の相変わらずやかましい実況の声がスタジアムに木霊する中、呼ばれた審判役のエイジ・モルガーナはこほんと咳払いをすると。
『それではお二人とも、騎士として、魔導士としての誇りある戦いを期待します。どうか善き戦いを。
――――――戦闘開始!!』
彼が告げる試合開始の号令を合図に――ウェインと涼音、ファルシオンと朱雀の戦いの――Aブロック準決勝の火蓋が、遂に切って落とされたのだった。
(第六章『茜色の神鳥』了)




