第四章:サーヴァント・ガール/05
「……ミシェル、お前だったか」
「おう、また会ったなフィーネ。面白いことになってるんじゃねぇかと思ってな、ちぃと様子を見に来てみりゃあ……コイツは一体なんの騒ぎでい?」
と、ミシェルは悲惨なことになっている店内を見渡しつつ困った顔で問う。
それにフィーネは「私に聞かれても分からん」と肩を竦めて返すと、
「だが……何となく察しはついているがな」
さっき奪ったピストルを――弾切れのそれを投げ捨てながら、溜息交じりに言った。
ミシェルはそんな彼女に「まァな」といつものキザな笑みで返しつつ、
「しっかし……おめえさん、なんでいその格好は?」
メイド姿のフィーネを見ながら、今更な疑問を口にする。
「色々あってな、羽衣涼音に無理やり……というかお前、アイツがここで働いていること、知っていて私たちをけしかけたな?」
「くくくっ、そうさその通り大正解だぜぃ。おめえさんらと会わせたら、面白いことになると思ってな……どうでい、面白かったろ?」
「全く、驚いたぞ本当に……」
「……そういや、ウェインの野郎はどうしたんだい?」
この場にウェインが居ないことに気付いたのか、ミシェルは不思議そうな顔で首を傾げる。
そんな彼の疑問にフィーネが「ああ、それなら――」と答えようとした矢先、
「――――俺ならここだぜ、旦那」
と、彼女の背後から近付いてきたウェインがそう、ミシェルに声を掛けた。
「……あァん?」
ミシェルは話しかけてきた彼を見て、一瞬戸惑ったように首を傾げる。
が、すぐに合点がいくと……。
「くっ、くくくっ……お、おめえさん、とんでもねえ格好になってんなァ……?」
やって来たウェインを見ながら、必死に笑いを堪えはじめた。
と、いうのも――今のウェインはメイド服、つまりは女装しているのだ。
その完成度の高さからか、最初こそミシェルは彼が彼だと気付かなかったようだが……しかし、一度分かってしまえばこのありさま。今にも腹を抱えて床を転げまわりそうなほど、ミシェルは必死に笑いを堪えていた。
「う、うるせぇっ! 俺だって好き好んでこんな格好してんじゃねーよっ!!」
「くっくっくっ……い、いやあ驚いたぜ……まさかおめえさんだとはよ……」
「わ、笑いすぎなんだよ旦那はぁっ!」
「とはいえ、ミシェルの目を欺けたぐらいだ。やはりお前は素材がいいからな、次はもっとクオリティを上げてやる」
「フィーネは余計なこと言うんじゃねぇっ!」
限界ギリギリで笑いを堪えるミシェルと、顔を真っ赤にして吠えるウェイン。更に横からフィーネがいつもの調子で言うものだから、もう完全にこの場の雰囲気は緩みきってしまう。さっきまで銃撃戦が起きていたとは思えないほど、店内はゆるゆるの雰囲気に変わり果てていた。
尤も……昏倒した七人の強盗団は、そのまま床に転がっているのだが。
「――――ちょっと、ミシェル!」
と、涼音が三人の会話に割って入ってくる。
振り回していた太刀をカチャンと鞘に納めながら、ずんずんと大きな歩幅でミシェルに詰め寄る涼音。
「おう涼音、ちゃんとバイト頑張ってるみてぇだな」
「頑張ってるみてぇだな、じゃあないわよっ! アタシがここで働いてること、この二人にバラしたわねっ!?」
「くくっ、別にバラしちゃいねぇよ? おいらはただ、この店がおススメだって紹介してやっただけだぜぃ」
「そんなのバラしてるのと一緒じゃないっ!!」
がるるる、と今にも噛みつきそうな勢いで食って掛かる涼音と、それを飄々とした態度でいなすミシェル。
「……やっぱり旦那、知ってて俺らをけしかけやがったな」
そんな二人のやり取りを見て、ウェインが呆れ顔でポツリと呟いた。
するとミシェルは「まァな」と肯定の意を示した後、
「ま、おいらの思った通りに面白いことにゃなったみてェだが……コイツはちと想定外だ。この場はおいらが上手く処理しといてやるから、おめえさんらはとっとと裏口からトンズラしな」
言って、ひょいひょいと追い払うように手を振る。
「おめえさんら三人とも、面倒事は御免だろ?」
「……うむ、それはそうだな」
続けてミシェルが言えば、フィーネは納得した風にコクリと小さく頷き返す。
……確かに、ここに留まると面倒なことになりそうだ。
遠くからは段々とサイレンが近づいてきている。恐らくはここの騒ぎを聞きつけたのだろうが……しかし、ウェインもフィーネも学園に潜入中な身の上だ。ここで警察とあれこれ面倒なことになるのは、少し困る。
そうならない内に早くこの場を離れろと、ミシェルは暗にそう二人に言っているのだ。彼が上手く処理をする……というのも、恐らくはニールに連絡を取って、細かいことはスレイプニールの方で揉み消してもらうつもりだろう。
何にしても、ここは彼に任せて離れるのが賢明だ。
「なら話は早い、我々はここから消えるとしよう。……ウェイン、それに涼音もいいな?」
「おうよ」
「分かった、ここはミシェルに任せるわ」
「んじゃあ、後処理は任せたぜ旦那」
「あいよ、これで貸しひとつだな」
「おい!」
「くくっ、冗談だよ……ほら、早く行きな」
ミシェルに見送られながら、ウェインたち三人は店のバックヤードに消えていく。
そうすれば、この場に残されたミシェルは十手を肩に担ぎながら。
「ま……捕り物の始末はおいらの役目さね。そうじゃねえかい、相棒よ?」
〈うむ。しかし後処理の手間は覚悟しておけよ。まずは局長に話を通しておくべきだと、俺様は思うがな〉
「分かってらァ、皆まで言うんじゃねえよ」
ソードブレイカーとそんな言葉を交わしつつ、床に転がる気絶した強盗たちを……何とも言えない表情で、ぼうっと眺めるのだった。
「ここまで来れば、もう大丈夫なはずよ」
「ったく、二重にひどい目に遭ったぜ……」
「うむ、まさかこんなことになるとはな」
それは、空がすっかり茜色に染まった夕暮れ時のこと。
あの場を任せたミシェルと別れてから少し後、ウェインたちは近くの公園に集まっていた。
店を裏口から抜け出して、ここまで走ってきたのだ。とはいえメイド服のままってわけじゃなく、ちゃんと着替えてから抜け出してきた。
だから涼音やフィーネは元より、ウェインも女装じゃなく元通りの格好に戻っている。
……それにしても、よく考えれば涼音の私服姿を見るのは初めてだ。
深紅のジャケットに黒のブラウス、下は白黒チェック柄のスカートと黒いニーハイ。背中には相変わらずあの太刀を背負っているが、なんというか……制服とはまた別の印象を抱かせる。
「なによ、アタシの顔になにか付いてるの?」
と、そんな彼女をウェインが何気なく眺めていると、視線に気づいた涼音がそう不審げな顔で問うてくる。
ウェインはそれに「いや……」と視線を逸らしながら返しつつ、
「制服じゃないお前を見るの、初めてだからよ。つい珍しくってな」
ありのまま、正直に答えてやった。
すると涼音は「ふーん……?」と、どこか興味深げな反応。
「いいわ、そういうことなら許してあげる。女の子をそんな風にジロジロ見るものじゃないけれど……アタシに見とれてたっていうのなら、話は別なのよ」
「そういうわけじゃねえって!」
ふふん、と自慢げに鼻を鳴らしてご満悦そうな顔の涼音と、それに思わず突っ込み返すウェイン。
「……なんだウェイン、私以外の女がそんなに気になるのか?」
とすれば、いつの間にかウェインの背後に回っていたフィーネがそう、聞いたこともないぐらいに低く唸るような声でボソリと呟く。
「フィーネまで何言ってんだ……っていうか怖ええよ!? お前そんな声低かったか!?」
「冗談だ」
「いや冗談に聞こえねえって……背筋が震えたわ……」
本当に、もう冗談には聞こえなかった。
とはいえ、彼女がそう言うなら本当に冗談なのだろう。現にさっきと違い、いつもの声のトーンに戻っている。
そんな二人のやり取りを横目に見つつ、涼音は近くにあったベンチに腰掛けた。
ふぅ、と小さく息をつきながら、ウェインたちを見上げる涼音。
「……でも、アナタたちやっぱり只者じゃないみたいね」
そうしながら、涼音は何かを察した顔で二人に言う。
「ウェインの方は薄々分かってたけれど、フィーネ……アナタも相当みたいね」
「……涼音、それはこっちの台詞だ。実力もそうだが、あそこで何のためらいもなく戦えたことの方が驚きだ」
「そうしたかっただけよ。気付いたら身体が勝手に動いてただけ」
横目にフィーネを見上げながら言うと、涼音はグッと握りしめた拳に視線を落とす。
「――――弱き者を、力なき者を守る拳であれ」
すると涼音はそう、自らの拳を見つめながら……真剣な顔で、ポツリとひとりごちた。
ウェインがそれに「何のことだ?」と首を傾げると、顔を上げた涼音は彼を見上げて。
「天竜活心拳の教義よ。アタシの流派のこと……きっとミシェルから聞いて知ってるんでしょ?」
と言うから、ウェインはまあな、と肯定の意を返す。
「これがアタシの流派、天竜活心拳の芯たる教義なの。アタシはその教えに従っただけ。ううん……そんなのなくたって、アタシの身体は動いてたはずよ」
「ま、そうだろうよ……お前の戦い方を見てたら、なんとなく分かる気がするぜ」
「弱き者を、力なき者を守る拳であれ――か。確かにいい言葉だな」
フィーネが呟くと、涼音は「ありがと」と短くお礼を言う。
「正義とは何なのか……それを考え、悩むときもあるわ。けれど答えはいつも一緒なの。アタシの拳は弱い誰かを、力のない誰かを守るための拳なの。だから……アタシは絶対に悩まない。アタシはアタシ自身の正義を示すために戦うの、いつだってね」
続けてそんなことをひとりごちると、涼音はベンチから立ち上がり、うーんと大きく伸びをする。
パキポキと骨を鳴らして、凝っていた身体がほぐれたとき。涼音はくるりと踵を返すと、ウェインたちに背を向けた。
「でも、アナタたちも見事だったわ。あそこで皆を守るために戦ってくれたこと、その勇気にアタシは敬意を表するわ」
「褒めてもなんにも出ねえぜ?」
「ふふっ、別に何か欲しくて褒めてるわけじゃないわ。ただ素直な気持ちを伝えたかっただけ」
いつものぶっきらぼうな態度で返すウェインに、涼音は楽しそうに笑いかける。
「ウェインと、それにフィーネも……アナタたち二人とも、認めてあげるわ。このアタシと戦える日が来るのを、楽しみに待ってなさい?」
じゃあ、アタシは行くから。またね――――。
最後にそれだけを言って、涼音はそのまま二人の前から去っていった。
「……ふむ、思いのほか面白い女だな」
そんな、遠ざかっていく涼音の背中を見送りながら……フィーネがポツリと呟く。
ウェインがそれに「へえ、意外だな。気に入ったか?」と問えば、フィーネはうむと頷き肯定しつつ。
「向こうも、私のことを気に入ってくれたらしい」
と、腕組みをしながら呟いた。
「ただし、お前をくれてやる気はないがな」
「おいおい……冗談キツいぜ」
更に続けてそう言う彼女に、ウェインは引きつった顔で肩を竦めてみせる。
すると、フィーネは横目の視線を流しながら。
「……本気、なのだがな」
と、彼にも聞こえないぐらいの小声で……ポツリと呟いていた。
「おい、何か言ったか?」
当然ウェインはそれを聞き取れず、彼女に訊き返してみる。
しかしフィーネは「いや」と首を横に振るだけで、何も答えようとはせず。
「……さて、そろそろいい時間になってきたな。私たちも帰るとしようか」
わざと話題を逸らすように、そう彼に言うのだった。
ウェインはそれに「おう」と頷いて、
「その前に、どっかで飯食ってからにしようぜ。ひと暴れしてスッキリしたはいいが、今ので腹減っちまったよ」
なんてことを言うから、フィーネも「同感だ」と微笑み返す。
「この辺りで、適当に探してみるとしようか」
「おうよ」
近所にあった適当な定食屋で夕飯を済ませてから、ウェインたちはまたモノレールに乗って帰路に就く。
いい店を探すのに思いのほか時間がかかったからか、二人がモノレールに乗り込む頃にはもう、すっかり陽は落ちていた。
閑散としたモノレールの車内、そこに居る乗客はウェインたちを含めて数人ほど。そんなモノレールの車窓に流れる夜景を、ウェインは何をするでもなくぼうっと眺めていた。
隣のフィーネも似たような感じで、朝から動き回って疲れたのか……少しだけ、眠そうな顔で窓の外を眺めていた。
「……よっぽど、今日は楽しかったみてえだな」
そんな彼女を横目に見ながら、ウェインは何気ない言葉を口にする。
するとフィーネが「うむ!」と彼を見ながら力強く頷いたから、ウェインは「なら、良かったな」と返しつつ。
「だったら……来週もこんな風に、どこかに出かけてみるか?」
なんてことを、本当に何気ない気持ちで言ってみた。
「お前からそんなことを言い出すなんて、珍しいじゃないか」
するとフィーネはそう、至極驚いた顔を浮かべる。
それにウェインは「まあな」と相槌を打ち、
「最近は……チョイと、お前を放置し過ぎてた気もするからよ。なんつーか……その、お詫びみてえなもんだ」
と、続けてそうも言ってやった。
言葉を紡ぐ最中になんだか小っ恥ずかしくなってきて、後半は思わず彼女から目を逸らしていたが……言っていること自体は、紛れもない彼の本心だった。
「……そうか! うむ、なら決まりだなっ!!」
フィーネは最初こそ目を丸くして唖然としていたが、すぐにニッコリを笑顔を浮かべて嬉しがる。
「適度に俺が面倒見てやらねえと、お前は何しでかすか分からねえからな」
そんな彼女にわざとらしく肩を竦めて、ぶっきらぼうな態度で言うウェイン。
「それはウェイン、お前の方だろう?」
「んなこたあねえよ」
「いいや、お前の方だ。ウェインは私がちゃんと見ていてやらないとな……♪」
「おいおい……」
心から嬉しそうな笑顔を浮かべて言うフィーネと、彼女の横顔を眺めながら微妙な顔で肩を揺らすウェイン。
と、そんな風に二人で言い合いながら……ウェインはふと、胸の内で思っていた。
(これで良いんだろ? なぁ……旦那よ?)
あの時、ミシェルが言っていた一言。涼音のこともいいが、フィーネのことも気にしてやれと――そんな言葉を思い出しながら、ウェインは胸の内でそう思っていた。
思いながら、隣のフィーネの横顔をチラリと見る。
本当に、嬉しそうな笑顔だ。来週の休みも一緒に出掛けるのがよっぽど嬉しいのか、あんまり見ないぐらいに今のフィーネは無邪気な笑顔を浮かべている。
(……これでいいんだよな、きっと)
そんなフィーネの横顔を、笑顔を見ながらウェインはそうも思う。
ミシェルに言われた通り、最近は涼音のことにばかりかまけていたけれど……でも、こうして隣でフィーネが笑っている時が、どうしてか一番気持ちが落ち着くような気がする。
それは、彼女が幼馴染だからが故か。それとも、互いに信頼し背中を預け合う唯一無二の相棒だからなのか。
確たる理由は、そう感じるウェイン自身にも分からない。
……けれど、分かることはひとつある。
(結局、いつでもお前は俺のすぐ近くに居るんだよな……)
それだけは――――紛れもない、真実だった。
(第四章『サーヴァント・ガール』了)




