第四章:サーヴァント・ガール/04
「「「お帰りなさいませーっ、ご主人様ーっ♪」」」
……で、結局こうなったわけで。
何だかんだと涼音に乗せられるがまま、ウェインとフィーネはこのメイドカフェで給仕をする羽目になっていた。
涼音が言った通り、対外的にはお試し入店として――メイド服で接客をする二人。
「待たせたな、紅茶のセットはそっちのお客様で……いいみたいだな。しかし本当にこんな雑な接客でいいのか……?」
フィーネの方は、なんというか相変わらずだ。
店のコンセプトで、客相手にも口調は敢えて普段と同じなものの……接客の上手さは中々のもの。この間の豪華客船でのバニーガールの時もそうだったが、これで意外とフィーネは接客が上手い方なのかもしれない。
加えて、この圧倒的な顔の良さだ。普通にしていても誰もが振り向くレベルの美少女が、こんな風にメイド服で接客してくれることもあってか、訪れた客の大半がもう彼女に見とれていた。
ちなみに、涼音の方はといえば――――。
「待たせたわね、オムライス持ってきてあげたわよ! ついでに美味しくなる魔法もアタシが掛けてあげるから、ちょっと待ってなさいっ!」
こんな感じに、元気いっぱいな接客だ。
他のメイドさんに聞いた話によると、涼音はこの店でも一、二を争う人気らしい。見てくれはフィーネに負けないぐらいの美少女だし、さもありなんという奴か。
とはいえ、そんな彼女がまさか武術の達人だなんて……客の誰もが気付くまい。それぐらいに今の涼音は、学園では想像もできないぐらいにメイドの立ち振る舞いが似合っていた。
…………で、肝心のウェインだが。
「お、お帰りなさいませ……ご、ご主人様……」
とりあえず、最低限メイドさんらしくは振る舞っていた。
出来る限り声を高くしながら、引きつった笑顔でそう客を出迎えるウェイン。この辺は割とぎこちないというか、無理がある感じだが……しかしそこは容姿が良いだけに、これで意外に客受けは良かった。
客の反応を見る限り、どういうわけだか中身が男だとはバレていないらしい。
まあ、今のウェインは見た目だけなら絶世の美少女だ。フィーネや涼音、それに他のメイドさんたちの中に混ざっても違和感がないぐらい、女装した彼は普段とは別人レベルで美少女そのものなのだ。
後は普段のぶっきらぼうだったり、ガサツな立ち振る舞いを表に見せなければ……声を高めに保つ限り、とりあえず女装メイドだとは思われないだろう。引きつった笑顔も、まだ不慣れなんだな程度に認識されているらしい。
まあ……女装だとバレたとして、それはそれで時たま来店する女性客にはウケが良さそうだが。
とにかく、そんな風にウェインたちはメイドとして給仕をしていた。
「メイドカフェで働くというのも、意外に楽しいなウェイン!」
「俺が楽しそうに見えるかよ……っ!」
「ハイハイ、二人ともキビキビ働く! まだまだご主人様たちはいっぱいお帰りになるんだから、アタシたちがしっかりもてなしてあげないとねっ!」
楽しそうにエンジョイするフィーネと、かなり微妙な顔でメイドの振る舞いに悪戦苦闘するウェイン。そんな二人に言いながら、涼音は慣れた調子でどんどん客を捌いていく。
――――と、そうした時のことだった。
ドタドタと外階段を誰かが駆け上がる足音が聞こえたかと思えば、店のドアがバンッと開いて――――。
「う、動くんじゃねえぞっ!!」
明らかにマトモじゃない連中が、店になだれ込んできた。
顔は目出し帽で隠し、手にはピストルやらサブマシンガンやらの銃火器。肩に掛けた大きなダッフルバッグの隙間からは札束らしきものが飛び出している。
……びっくりするほど、ベタな銀行強盗の格好だ。
人数は七人。かなり遠くからサイレンらしき音が聞こえてくる辺り……どこぞの銀行で盗みを働いた後、必死にここまで逃げてきたという感じか。
彼らがなんでまた、よりにもよってメイドカフェなんかに逃げ込んできたのかは分からない。
だが、ハッキリしていることはひとつだけある。
この連中が――――ここで追っ手をやり過ごそうとしていること、それだけは間違いなかった。
(参ったことになったな……さて、どうしたものか)
咄嗟に物陰に隠れたフィーネは、そんな強盗団の様子を伺いながら頭を悩ませる。
フィーネならば、実際のところ奴らの制圧は容易い。たった一人でも数分あれば全員叩きのめすことは造作もないのだ。
しかし、ここで変に動けば……こちらの素性を涼音に悟られる恐れもある。
彼女が例の内通者でないと、まだ決まったわけじゃない。そんな中で大立ち回りをするのは、確かなリスクでもあるのだ。
(とはいえ、ウェインがこのまま黙っていられるかというと……無理、だろうな)
だが同時に、フィーネはそうも考えていた。
そんな彼女の予想が正しいかどうかは、ほんの数秒後――――。
「――――オラァァァッ!」
ウェインが強盗団に飛び蹴りを仕掛けたことで、正しいと証明されたのだった。
あまりに予想外の不意打ちを喰らった強盗の一人が、無防備なままウェインの飛び蹴りを喰らって吹っ飛んでいく。
「やっぱり、か……全く、お前は本当に……」
〈まあ……絶対にこうなるとは、思っていましたけれどね……〉
そんな奇襲を仕掛けたウェインを遠巻きに見ながら、フィーネは呆れたように深い溜息をつき、ジークルーネは苦笑い気味に呟く。
実際、これは予想の範疇だった。
ウェインの性格を考えれば、これは絶対に大人しくしていられる場面じゃない。百パーセント確実に殴り掛かるだろうな……と、フィーネは最初から思っていた。
それに……理由は、もうひとつ。
「へへっ、こうなっちまえば後は何もかもうやむやに出来るってもんだ……!!」
〈ああ……よほど嫌だったんですね、その女装〉
「ったりめえだろうがっ!!」
……と、いうのが飛びかかった二つ目の理由だ。
ここで大暴れしてしまえば、本当に何もかもをうやむやのままに出来る。こんな騒ぎが起きてしまえば、女装して給仕どころではなくなるはずだ。後はこの連中を片付けた後、どさくさに紛れて着替えてしまえばいい。
そんな彼の意図が容易に汲み取れたからか、返すファルシオンの声も何ともいえない感じだった。
「なっ……! 何しやがる……って、男ぉっ!?」
「うるせえっ! 好きでこんな格好してるわけじゃねえっ!!」
「畜生、このっ!!」
「遅せえんだよ、てめえっ!!」
そんな、急に飛び蹴りを仕掛けてきたウェインを見た強盗団は――最初こそ唖然としていたが、しかしハッと我に返るとすぐに銃口を彼に向ける。
が、強盗たちが撃つよりもウェインの方が早かった。
ウェインは手近な椅子を引っ掴むと、それをブンッと振り回して二人目を叩きのめす。
激突した瞬間、その衝撃で椅子が砕けるほどの勢いだ。
そんな殴打を喰らった二人目の強盗もまた、店の中を大きく吹っ飛んでいく。
〈えっと、お姉様……どうします?〉
「こうなった以上、我々もやるしかないな――エクレールウィップ!」
ジークルーネの声にそう返しながら、バッと身を翻して飛び出したフィーネは――その左手から稲妻の鞭を放った。
それは彼女の得意技、雷属性の魔術『エクレールウィップ』だ。
稲妻の鞭を放ったフィーネは、それで強盗の一人の右手からピストルを絡め取り……手元に引き寄せて、自分のものにしてしまう。
「飛び道具というのは、あまり好きじゃないのだがな……!」
奪ったピストルを左手一本で構え、続けざまに発砲。フィーネは次々と強盗たちの手から銃を弾き飛ばしていく。
「フィーネ!」
「いいから、お前は前だけ見ていろウェイン! ただしやり過ぎるなよ、死なない程度に留めておけ!」
「――――あいよ!」
頷き合い、再び次の相手に飛びかかるウェイン。
そんな彼の背中を、フィーネが射撃で上手くフォローする。
「な、なんなんだよ一体……!」
「ふざけやがって……! 構うことはねえ、やっちまえっ!!」
店の中、大立ち回りするメイド二人。
それを見た強盗団は戸惑いながらも、まだ銃を持っている奴はそれを構えて……ウェインに殴られた連中も起き上がり、こちらは折り畳みのナイフを抜いて二人に飛びかかろうとした。
だが――――そんな連中の横から、迫る影がもうひとつ。
「――――でやぁぁぁっ!!」
無論、それは羽衣涼音だった。
涼音は強盗団に横から飛びかかると、目にも留まらぬ早業で一気に数人をまとめて叩き伏せる。
正拳、裏拳、肘打ち、回し蹴り――――。
その猛烈な勢いは、まさに烈火の如し。あの時フレイアとの戦いで見たのと同じように、今度は生身で……しかも多数の敵を相手に、涼音は凄まじい勢いで暴れまわる。
「ま、また増えやがった……!?」
「なんなんだよ、なんなんだよこの店――ぐわぁっ!?」
「よくもアタシのお店で無礼を働いてくれたわね! そのツケはきっちり払って貰うわ――アナタたちにねぇっ!!」
暴れまわる涼音に慄く強盗団と、そんな彼らを恐ろしいほどの勢いで叩きのめす涼音。
そんな最中、店の奥から別のメイドさんが飛び出してきて――――。
「涼音ちゃん、これーっ!」
と、手に持っていた刀を涼音に投げ渡した。
学園でいつも涼音が背中に担いでいる、あの紅い太刀だ。
「ありがと、助かるわ!」
受け取った涼音はすぐに抜刀し、その太刀を構えてみせる。
〈我が主よ、峰を返すのだ。この程度の相手……主が斬るほどの価値もない〉
「分かってるわよ朱雀、言われなくたって!」
朱雀に言われるまでもなく、涼音はカチャッと太刀の峰を返す。
刀身を逆向きにした、いわゆる峰打ちの構えだ。
これならば相手を斬る心配はない。とはいえ……長い刀身は超高密度の金属の塊だ。そんなもので殴られれば、死にはしなくても手痛い一撃には変わりない。ましてそれを振るうのが涼音であるのならば、尚更だ。
「とぉりゃぁぁぁっ!!」
峰を返したその太刀を振るい、涼音は残った強盗たちをあっという間に叩き伏せてしまう。
目にも留まらぬ太刀筋、まさに神速の剣だ。殴られた強盗たちは何が起こったのかも分からず、次々と気絶して床に崩れ落ちていく。
「すげえ……」
「これは、恐ろしいな……」
それを横目に見ていたウェインとフィーネにさえそう言わしめるほど、涼音の刀捌きは尋常じゃなかった。
羽衣涼音、やはり只者じゃない。
分かり切っていたことだが、しかし直にこうして目の当たりにすると……恐ろしいほどの強さだ。銃を持った相手を、素手と刀でこうも圧倒するとは……やっぱり彼女は只者じゃない。
だが、そう思うのは何も二人の方だけじゃなくて。
(さっきの戦いぶり、見事なものだったわ。アイツの方は分かってたとして……フィーネもかなりの手練れね……二人とも、ただの魔導士ってわけじゃなさそうかも)
涼音もまた、二人の実力を暗に見抜いていた。
太刀を振り回して次々と叩きのめす傍ら、チラリとウェインたちを横目に見ながら涼音は思う。
ウェインとフィーネも、そして涼音も。お互いに只者ではないと――この短い間で悟っていたのだ。
「な、なんなんだよ……なんなんだよ、お前らぁっ!?」
そうして、涼音がほぼ全ての強盗を叩きのめしてしまった時だ。
出入り口の方に居た最後の一人が、恐怖を滲ませた声でそう叫びながら――手に持っていたサブマシンガンを構える。
マズい、このままでは他の客たちに当たってしまう――――。
「うわああああああっ!!」
そう思ったウェインたちが動くよりも早く、奴は叫びながらサブマシンガンのトリガーに指を触れさせた。
しかし、その銃口が火を噴くことはなく。
「――――おおっと、慌てるんじゃねえ!」
どこからか聞こえてきた、しゃがれた声とともに飛んできた何かが――撃つよりも早く、強盗の手からサブマシンガンを弾き飛ばしてしまった。
チャリンチャリン、と強盗の足元に小さな何かが転がり落ちる。
それは薄っぺらくて丸い、銅製のコイン。帝国のフェリア硬貨だ。
一体、何が起こったのか――――。
手からサブマシンガンを弾き飛ばされた強盗が、唖然とした顔で足元のコインを見下ろすと……直後にゴンっと背後から硬い何かで殴られて、そのまま昏倒してしまった。
がっくりと膝を折る最後の一人と、それを呆然と見つめるウェインたち三人。
すると、崩れ落ちた強盗の後ろから現れたのは――――。
「おいおい、チョイとからかいに来てみれば……とんだ捕り物騒ぎに出くわしちまったみてぇだな」
十手を肩に担ぐ、藍色の着流しを粋に着こなした金髪の青年。
そこに立っていたのは――どういうわけだか、ミシェル・ヴィンセントだった。




